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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
26/33

  【沈黙】愛は盲目。-3


 ドキドキと早まる鼓動。

 私は、動くことも振り返ることもできず、その場で立ちすくんだ。

 確かめるのが怖い。

 もしも、もしも――と、最悪の状況が浮かんでは消える。

 不意に、フワリと、大きな手が私の頭を優しく撫でた。視線を上げると、そこにはメガネ越しの直也の穏やかな瞳。

「あの、ハルカさんの容体は?」

 私たちの横を通り過ぎようとしていた看護師さんに、直也が声をかける。根性無しに、私が聞けないでいたことを、直也が変わりに聞いてくれた。

『容体は、安定されましたよ』

 看護師さんの、その言葉が耳に届いたとたん、私は、その場にへなへなーっと、座り込んでしまった。もう、腰砕け状態で、立ち上がれない。

「よか……った」

 怖かった。

 もの凄く、怖かった。

 このまま、もしもハルカに万が一のことがあったらって、本当に怖かった。

「よかったな」

 座り込んだままの私の目線にあわせて、かがみ込んだ直也が、優しい笑顔を向けてくれる。

 私は、胸がいっぱいで、ただただ、何度も頷いた。 


 ハルカの容態が安定したと聞いて、思わず腰砕け状態になったあと、 幾分落ち着きを取り戻した私は、ふと『浩二はどうしたろう?』と廊下にいるはずの浩二を捜して視線を巡らせた。

 でも、そこには誰もいない。今まで、ハルカのご両親が座っていた長イスが、ポツンと残されているだけ。

 あれだけハルカを心配していたんだから、容態が安定しましたと聞いて、『はいそうですか』と、すぐに帰るとも思えない。

「あれ……、浩二?」

「彼なら、ハルカさんのご両親と一緒に、部屋の中に入って行ったけど?」

「はあっ?」

 その状況を見ていたらしい直也に教えられて、私は思わず点目になった。

 な、なんで?

 確か、看護師さんは『ご家族の方はお入り下さい』って言ってたよね?

 なんで、浩二が当たり前のように、部屋に入って行くわけ?

 いくら面の皮が厚い浩二だって、この状況で部屋に入るか?

 っていうか、どうして誰も、それをとがめないの?

 脳内を、クエスチョン・マークが団体で駆け抜ける。

 本当に、浩二が集中治療室の中にいるのか確かめたいけど、家族じゃない私は入ることができない。ドアの前を、気を揉みながらウロウロしていると、当の本人、浩二が部屋からひょっこり顔を覗かせた。


「ちょっ、ちょっと浩二。なんで、アンタが部屋の中に入ってるのよ!?」

 伊藤君に連絡を取ろうとしないばかりか、いけしゃあしゃあと、家族だけが入れる部屋の中に入っているとは、なんて図々しいヤツ!

 佐々木家の、面汚しめっ。恥を知れ、恥をっ!

 そういう気持ちを込めて、思いっきり睨み付けてやる。

 しばらくの沈黙の後。

「……家族予備軍だから」と、

 バツが悪そうに、

 もの凄くバツが悪そうに、

 ボソリと浩二は呟いた。

「はぁ?」

 カゾクヨビグン?

 何じゃ、そりゃあ。

 学生時代、自称・文学少女だった私も、そんな単語知らないぞ?

 怪しげな単語を作るんじゃない!

 思いっきり疑惑の眼で尚も睨め付けていたら、隣でこのやり取りを見ていた直也が、助け船を出してくれた。

「亜弓。彼が言っているのはたぶん、家族になる予定の人間、つまり、婚約者だって言う意味じゃないのかな?」

 ……家族になる予定の人間?

 コンヤクシャ?

 婚約者って、

 婚約者ーっ!?

「はああああっ!?」

 言葉と言葉の意味が、脳内で合致した瞬間。私の口からは、超特大級大音量の「はあ!?」が飛び出し、病院の中を長く尾を引いて響き渡った。

 何それ?

 何それ!?

 何それっ!?

 浩二は、直也の助け船に、

「まあ……、そう言うこと」と、ウンウンうなづいた。

 なるほど。そうだったのかー。アハハハ。

 なんて、納得できるかっ!

「どう……いうことよ? 分かるように、説明してくれるんでしょうね」

 なんだか。

 脳裏を、とてつもなく嫌な予感が走って、私は低い声で呻くように呟いた。




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