【沈黙】愛は盲目。-3
ドキドキと早まる鼓動。
私は、動くことも振り返ることもできず、その場で立ちすくんだ。
確かめるのが怖い。
もしも、もしも――と、最悪の状況が浮かんでは消える。
不意に、フワリと、大きな手が私の頭を優しく撫でた。視線を上げると、そこにはメガネ越しの直也の穏やかな瞳。
「あの、ハルカさんの容体は?」
私たちの横を通り過ぎようとしていた看護師さんに、直也が声をかける。根性無しに、私が聞けないでいたことを、直也が変わりに聞いてくれた。
『容体は、安定されましたよ』
看護師さんの、その言葉が耳に届いたとたん、私は、その場にへなへなーっと、座り込んでしまった。もう、腰砕け状態で、立ち上がれない。
「よか……った」
怖かった。
もの凄く、怖かった。
このまま、もしもハルカに万が一のことがあったらって、本当に怖かった。
「よかったな」
座り込んだままの私の目線にあわせて、かがみ込んだ直也が、優しい笑顔を向けてくれる。
私は、胸がいっぱいで、ただただ、何度も頷いた。
ハルカの容態が安定したと聞いて、思わず腰砕け状態になったあと、 幾分落ち着きを取り戻した私は、ふと『浩二はどうしたろう?』と廊下にいるはずの浩二を捜して視線を巡らせた。
でも、そこには誰もいない。今まで、ハルカのご両親が座っていた長イスが、ポツンと残されているだけ。
あれだけハルカを心配していたんだから、容態が安定しましたと聞いて、『はいそうですか』と、すぐに帰るとも思えない。
「あれ……、浩二?」
「彼なら、ハルカさんのご両親と一緒に、部屋の中に入って行ったけど?」
「はあっ?」
その状況を見ていたらしい直也に教えられて、私は思わず点目になった。
な、なんで?
確か、看護師さんは『ご家族の方はお入り下さい』って言ってたよね?
なんで、浩二が当たり前のように、部屋に入って行くわけ?
いくら面の皮が厚い浩二だって、この状況で部屋に入るか?
っていうか、どうして誰も、それをとがめないの?
脳内を、クエスチョン・マークが団体で駆け抜ける。
本当に、浩二が集中治療室の中にいるのか確かめたいけど、家族じゃない私は入ることができない。ドアの前を、気を揉みながらウロウロしていると、当の本人、浩二が部屋からひょっこり顔を覗かせた。
「ちょっ、ちょっと浩二。なんで、アンタが部屋の中に入ってるのよ!?」
伊藤君に連絡を取ろうとしないばかりか、いけしゃあしゃあと、家族だけが入れる部屋の中に入っているとは、なんて図々しいヤツ!
佐々木家の、面汚しめっ。恥を知れ、恥をっ!
そういう気持ちを込めて、思いっきり睨み付けてやる。
しばらくの沈黙の後。
「……家族予備軍だから」と、
バツが悪そうに、
もの凄くバツが悪そうに、
ボソリと浩二は呟いた。
「はぁ?」
カゾクヨビグン?
何じゃ、そりゃあ。
学生時代、自称・文学少女だった私も、そんな単語知らないぞ?
怪しげな単語を作るんじゃない!
思いっきり疑惑の眼で尚も睨め付けていたら、隣でこのやり取りを見ていた直也が、助け船を出してくれた。
「亜弓。彼が言っているのはたぶん、家族になる予定の人間、つまり、婚約者だって言う意味じゃないのかな?」
……家族になる予定の人間?
コンヤクシャ?
婚約者って、
婚約者ーっ!?
「はああああっ!?」
言葉と言葉の意味が、脳内で合致した瞬間。私の口からは、超特大級大音量の「はあ!?」が飛び出し、病院の中を長く尾を引いて響き渡った。
何それ?
何それ!?
何それっ!?
浩二は、直也の助け船に、
「まあ……、そう言うこと」と、ウンウンうなづいた。
なるほど。そうだったのかー。アハハハ。
なんて、納得できるかっ!
「どう……いうことよ? 分かるように、説明してくれるんでしょうね」
なんだか。
脳裏を、とてつもなく嫌な予感が走って、私は低い声で呻くように呟いた。




