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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
20/33

  【本心】もしも世界が滅ぶなら。-2


『そんなことないです。本命は、直也だけです!』

 そう言いたいのに、言葉が出てこない。

 この状況で巧く嘘が付けるほど、私は器用な人間じゃなかった。

「あ、ごめん、ちょっと言い過ぎたわ。今のは失言。私の独り言だから、気にしないでね」

 驚きすぎて、言葉もなく金縛り状態に陥った私に、礼子さんがフォローを入れてくれる。

「私って、……そんなに分かりやすいですか?」

 自分でも、よく分からない直也に対するこの思い。

 確かに。伊藤君を思うような胸の高鳴りや、苦しいくらいの切なさを感じることはないけど。

 伊藤君は、伊藤君。

 直也は、直也。

 関わり方も、関わってきた年月も違うし、比べられるようなことじゃないって、そう思ってきた。

 それが、他人の礼子さんには私の直也に対する思いが『恋愛感情』じゃなく、ただの『好意』に見える――。

 その事実に、わたしは少なからずショックをうけていた。

 ううん。

 ハッキリ言って、大ショックだ。

 ただでさえ、浩二に、心の中に秘めていたものを強引に引き出されてかなり落ち込んでいたのに、礼子さんまで同じような事をいう。

 よほど自分は分かりやすい人間なんだろうかと、そう思ってしまう。

「あのね、亜弓」

 そこでいったん言葉を切って、礼子さんはちょっと自嘲気味な笑いを浮かべる。いつも、艶やかに笑う礼子さんらしからぬその笑いに内包されるものを感じて、私は言葉もなく彼女をみつめた。

「犬や猫だって、三日世話をすれば、情がわくのよ」

 えっ?

 犬や猫って……。

 なぜ、ペットの話し?

 話の脈絡が掴めなくて、私は眉を寄せる。

 トントントン、と礼子さんは、綺麗に整えられたローズブラウンの爪の先で、リズムを取るようにテーブルの天板を叩いた後、とんでもないことをサラリと言った。

「男もね、同じよ」

「れ、礼子さん?」

 そ、そんな乱暴な。いくらなんでも、ペットと恋人を一緒くたにするのは乱暴じゃないだろうか?

 正直、そう思ったけど、言葉にはならない。

 ピンと張り詰めた痛いような空気を肌で感じながら、ただ、礼子さんの次の言葉を待った。

「女は男に対して、時を重ねた分だけ情が深くなる。それが必ずしも、愛情とは限らないのにね。本当、始末に負えない……」

 ザワザワとした社食のざわめきの中に、ポツリと、礼子さんの本音が落とされる。

 たぶん。礼子さんは、自分のことを言っている。

 いつも私から相談するばかりで、礼子さんから恋愛の相談を受けることは無かったけど、礼子さんは、苦しい恋をしているのかも知れない。

「礼子さん……」

 そう思ったのが顔に出たのだろう。礼子さんは、フフフといつもの艶やかな笑いに戻って、愉快そうに目を細めた。

「なんてね。私の持論を披露したけど、まあ、人それぞれだから。夫婦になることで、愛情を育むのも、素敵なんじゃない?」


 その夜。

 アパートで一人。

 私は、明日の直也の実家行きの準備をしながら、礼子さんが最後に教えてくれたことを、ボンヤリと思い出していた。

「亜弓の心が決まっているなら、それで良いけど、でももし迷ったときは、こう考えてみて。『もしも明日世界が滅ぶなら、自分は誰の側にいたいか』心に浮かんだその人が、あなたの本命。一番に大切な人なのよ」

『幸せになってね』

 礼子さんは、話の締めくくりにそう言って、私のほっぺたを、優しく『ぷにっ』と引っ張った。

 その感触が蘇り、荷造りする手を止めて、そっと左の頬に手を添える。

『もしも明日世界が滅ぶなら』

 静かに目を閉じ、自分の心に問いかけてみる。

 私が、世界最後の日に側にいたい人――。

 ああ……。

 私って、なんて救いがたいんだろう。

 今になって。

 明日は、直也のご両親に会いに行くという、今になって……。

「……亜弓の、バカチン」

 絞り出した言葉が、しんと静まりかえった部屋の中に、ポツリと落ちていく。

 浮かんだのは。

 私の脳裏に、浮かんだのは。

 直也じゃなかった――。


 身を焦がすような激しい思いもあれば、春の日だまりのように穏やかで温かい思いもある。

 その二つに、優劣や順番を付けられるはずなんてない。

 愛の形は、人それぞれ。

 そう思っていた。

 ううん。

 思いこもうとしていた。

 だけど――。

 ハッキリと、気づかされてしまった、自分の本心。

 私は、いったい、どうすればいいんだろう?




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