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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
19/33

10【本心】もしも世界が滅ぶなら。-1


 いつもの社員食堂の、昼食後のお喋りタイム。

 私は気分的に、かなり焦っていた。

「礼子さん、どうしよう~」

 四人掛けのテーブルに、礼子さんと向かい合って座っていた私は、食事もそこそこに切り上げると、白いテーブルの上に突っ伏して情けない声を上げた。

 明日の、土曜日。いよいよ、直也のご両親に会いに行くことになったのだ。それも、一泊二日の泊まりがけ。場所は、直也の実家がある三つばかり隣の県で、高速道路を使って車で約三時間半ほどかかるらしい。

「まあ、自然体でいきなさいよ。亜弓があせる気持ちは分からないでもないけど、今からそんなに緊張してたら、本番で胃に穴があいちゃうわよ?」

 食後のアイス・ティーを優雅に一口口に含んで、礼子さんはフフフと形の良い口の端をキュッと上げた。

 そうは思うけど。何か、とんでもないヘマをやらかしそうで、それを考えるだけで、今から心臓がバクバクしてしまう。

 礼子さんみたいに、繊細な気配りが急に出来るようになれるとも思えないし。こんな時には、大雑把な自分の性格が、本当に恨めしくなる。

 本当は、今週末も、ハルカのお見舞いに行く約束をしていた。だけど、今回は、直也の予定を優先させることにした。直也の誘いを、二回続けて断るのも気が引けたし、お盆休みで直也の妹さんも帰郷してくるそうで、顔合わせには、ちょうど良い機会だろうと言うことになったのだ。

 でも本音を言ってしまえば、今、ハルカの前で笑顔でいられる自信が、私にはなかった。

 たぶん。それが、一番の要因。

 ハルカに会えば、どうしたって伊藤君のことを思い出しちゃうし、もしも万が一、『バカ浩二と鉢合わせ』なんてことになったら、私は何を言い出すか分からない。

 ハルカに向けられる、アイツのへらへら笑いを目撃した日には、『ハルカ! こいつはとんでもない悪党なのよっ!』と、名探偵よろしく暴露大会を始めてしまうかも。

 そんなことになったら、目も当てられない。

 直也のご両親に会うことをダシに使うようで、ちょっと気が引けたけど、電話でそのことを伝えたとき、ハルカは『気にしないで、頑張ってね!』と言ってくれたし。

 ここはもう、全てを忘れて、目の前の大きなイベントに全力投球しなくちゃ!

 そうと決まれば、何事も、初めが肝心。

 ここで頑張って、『良い嫁』のイメージを作っておけば、後がらくちん。

 と言うのは、本音が半分入っていたりする。


「それにしても……」

 礼子さんが、頬杖をついてチロリンと、私に意味ありげな流し目をよこした。

「はい?」

「本当に、結婚しちゃうのねぇって思ってね」

 まるで、

 娘を嫁に出す母親のような口振りで、しみじみ言う礼子さんに、私は「はい」と会心の笑みを向ける。

 実家から帰った夜。

 直也の腕の中で、私は、心を決めた。

 直也と結婚して、一緒に生きていこうって、そう心に決めた。

 だから、もう、迷わない――。

「正直言うとね、亜弓と篠原さんが結婚まで行くとは思ってなかったのよ、私」

「はっ!?」

 な、なにを言い出すんですか、礼子さん!?

 まさか、そんなセリフが礼子さんの口から出るとは思ってなかった私は、すっ頓狂な声を上げてしまった。

 スッと一瞬だけ周りの視線が集まり、思わず『アハハハ』と愛想笑いを振りまく。

「ど、どういう意味ですか?」

 動揺しまくりの私は、礼子さんの方に身を乗り出して、声をワントーン落とした。

「だって、亜弓って、本命の男他にいるでしょう?」

『本命の男が他にいる』

 その言葉に、ドキン――と、鼓動が大きく跳ね上がる。

『ん?』と、伺うような瞳で顔を覗き込まれて、私はどういう表情をして良いのか分からず、引きつった笑顔のまま能面のように固まった。

 な、なんで、礼子さんが伊藤君のことを知ってるの?

 ってか、知ってるワケがない。

 だって。私は、この気持ちを、誰にも話したことがない。

 唯一例外は、浩二のバカだけだ。

「……どうして、そう思うんですか?」

 まさか、浩二と礼子さんに接点があるとも思えなかった。

「う~ん。根拠は別にないんだけれど、まあ、女の勘ってやつね。強いて言うなら、亜弓は篠原さんに好意はあるけど、恋愛感情はないように見える。だけど、恋する者の目をしている。で、そこから導き出される答えは、本命は他にいる。ってところかな」

 ズバリと。あまりにズバリと、核心部分を的確に言い当てられて、私はただ驚きの眼差しを礼子さんに向けた。




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