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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
17/33

  【計略】心の楔《くさび》-2



「どう言うつもりなの、浩二?」

 開け放たれた襖にもたれるように立つ浩二を睨み付けて、低い声音で詰問する。

「何が? 言ってる意味が、分からないな。質問は、正確にしてくれないか?」

 分からないと言いつつ、浩二の目は、全てを理解している目だ。子供の頃から、一緒に育ったんだから、それぐらいは私にも分かる。

「今日のことよ。アンタが伊藤君に、私を誘うように頼んだんでしょ?」

「ああ、そのこと。伊藤とのデート、楽しかった?」

 クスリと、愉快そうに、浩二が口の端を上げる。

 なに、その態度!?

 ムカツクったら、ありゃしない!

「だから、それがどう言うつもりなのかを、聞いてるの!」

「どう言うつもりも、こう言うつもりもないけど? まあ、強いて言うなら、ボランティア?」

 開き直っているのか、さして動じる風もなく、浩二は口元に苦笑を貼り付けて、軽く肩をすくめた。

 ボランティア?

 ボランティアって、ぬかすのか?

 ビリリ! と、私の堪忍袋の緒に裂け目が入る。

「あの写真って、ハルカよね?」

 すうっと、右手を上げて天井板の人物写真を指さし、浩二の顔を見据えて言う。

 少しぐらいは、バツの悪い表情を見せれば、かわいげがあるのに。

「ああ、良く撮れてるだろう?」なんて、ニコニコと目尻を下げる始末。

 こうなりゃ、最後の手段だ。

「一つ、質問するけど」

「ふん?」

「あんた、ハルカのこと好きなのと違う? はぐらかすのはナシね。女として、好きか、嫌いか、どっちかよ。分かった!?」

 昨日の浩二のクソ意地悪い質問を、そっくりそのまま返してやった。

 少しは、反省してみろ、おたんこナスビ!

 ぜぇはぁと、思わず、上がった息の下。『どうだ参ったか』とばかりに、浩二の反応を見つめた。でも。浩二は動じない。あまつさえ、動じないどころか、『ふっ』っと鼻で笑いやがった!

「好きだけど、それがどうした?」

 いつもよりも、低いトーンの浩二の声音に思わず息を呑む。

「なっ、なによ、開き直るの!?」

「別に。もともと閉じてないから、開けないな。俺は、オープンなのが、取り柄でね。って、そんなこと、亜弓が一番良く知ってるか」

 クスクス笑うその態度に、私の堪忍袋の緒は、もうブチ切れ寸前。

 こいつ。

 人をおちょくって、面白がってる!?

「裏でこそこそ画策して、私と伊藤君をくっつけて、それでハルカがアンタを好きになるって、本気で思ってるの?」

「さあ? 俺は超能力者でも霊能者でもないから、人の心の中までは分からないな。そんなに知りたいなら、ハルカ本人に、直接聞いてみれば?」

 ハルカ本人に?

 そんなの、聞けるわけがない。

 ただでさえ、心臓の難しい手術を控えているハルカを煩わせるようなこと、聞けるわけがないじゃない。

 コイツは。

 言えるはずがないって、黙ってるしかないって、分かっていてこんなセリフを吐いている。

 私は今まで、佐々木浩二という男の何を見ていたんだろう。 お調子者だけどお人好しな良いヤツだって、そう信じていたのに。浩二が、こんなヤツだったなんて。なんだか、怒りを通り越して情けなくなってきた。

「……アンタって、そんなに卑怯なヤツだったの? 自分が欲しいモノを手に入れるためなら、他人がどうなっても構わないって、本気でそう考えているの?」

 押さえきれない感情の波が、語尾を震わせる。

「俺が、卑怯ってか?」

 恐いくらいに、真剣な浩二の眼差しが、私を射抜く。その強い眼差しのまま、浩二はゆっくりと私の方に歩み寄ってくる。

 ――な、何よ。

 怒ったって、そんな顔したって、恐くなんかないからねっ!

 そう、心の中で虚勢をはりつつも、その迫力にたじろいだ私は、一歩、又一歩後ずさる。そしてとうとう、壁際まで追いつめられしまった私は、壁に張り付いたままキッと浩二を睨み付けた。

 ドン! と、私の顔のすぐ横の壁に浩二の拳が叩きつけられて、思わずビクリと身をすくませる。

「じゃあ、聞くが、好きでもないのに好きなフリをして、結婚しちまおうなんて根性の人間は、卑怯とは言わないのか?」

 荒げるでもなく、むしろ淡々と。浩二が放った言葉に、私はその場で固まった。

『好きでもないのに好きなフリをして、結婚しちまおうなんて根性の人間』

 これでもかと。

 心の一番もろい部分に、大きなくさびを打ち込まれた気がした。

 もうこれ以上、何を言っても、浩二は聞く耳なんか持たないだろう。それに、私が、二度と同じ手に引っかからなければ良いだけの話しだし。浩二がどうあがこうが、ハルカの気持ちが変わるとも思えない。

 いくら何でも、浩二だって、病床のハルカを傷つけるような馬鹿な真似はしないはず。伊藤君に至っては、たぶん浩二の目論見を知ったら、殴り飛ばすことぐらいしそうだし。だから、もういい。

 ――浩二とは、しばらく距離を置こう。

 そして、伊藤君のことはもう忘れよう。

 きっと。

 それが、誰にとってもいい方法のはず。

『アンタなんかとは、絶交よっ!』

 捨てぜりふを残して、浩二の部屋を逃げるように飛び出した私は、心の中で、そう決意していた。




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