【計略】心の楔《くさび》-2
「どう言うつもりなの、浩二?」
開け放たれた襖にもたれるように立つ浩二を睨み付けて、低い声音で詰問する。
「何が? 言ってる意味が、分からないな。質問は、正確にしてくれないか?」
分からないと言いつつ、浩二の目は、全てを理解している目だ。子供の頃から、一緒に育ったんだから、それぐらいは私にも分かる。
「今日のことよ。アンタが伊藤君に、私を誘うように頼んだんでしょ?」
「ああ、そのこと。伊藤とのデート、楽しかった?」
クスリと、愉快そうに、浩二が口の端を上げる。
なに、その態度!?
ムカツクったら、ありゃしない!
「だから、それがどう言うつもりなのかを、聞いてるの!」
「どう言うつもりも、こう言うつもりもないけど? まあ、強いて言うなら、ボランティア?」
開き直っているのか、さして動じる風もなく、浩二は口元に苦笑を貼り付けて、軽く肩をすくめた。
ボランティア?
ボランティアって、ぬかすのか?
ビリリ! と、私の堪忍袋の緒に裂け目が入る。
「あの写真って、ハルカよね?」
すうっと、右手を上げて天井板の人物写真を指さし、浩二の顔を見据えて言う。
少しぐらいは、バツの悪い表情を見せれば、かわいげがあるのに。
「ああ、良く撮れてるだろう?」なんて、ニコニコと目尻を下げる始末。
こうなりゃ、最後の手段だ。
「一つ、質問するけど」
「ふん?」
「あんた、ハルカのこと好きなのと違う? はぐらかすのはナシね。女として、好きか、嫌いか、どっちかよ。分かった!?」
昨日の浩二のクソ意地悪い質問を、そっくりそのまま返してやった。
少しは、反省してみろ、おたんこナスビ!
ぜぇはぁと、思わず、上がった息の下。『どうだ参ったか』とばかりに、浩二の反応を見つめた。でも。浩二は動じない。あまつさえ、動じないどころか、『ふっ』っと鼻で笑いやがった!
「好きだけど、それがどうした?」
いつもよりも、低いトーンの浩二の声音に思わず息を呑む。
「なっ、なによ、開き直るの!?」
「別に。もともと閉じてないから、開けないな。俺は、オープンなのが、取り柄でね。って、そんなこと、亜弓が一番良く知ってるか」
クスクス笑うその態度に、私の堪忍袋の緒は、もうブチ切れ寸前。
こいつ。
人をおちょくって、面白がってる!?
「裏でこそこそ画策して、私と伊藤君をくっつけて、それでハルカがアンタを好きになるって、本気で思ってるの?」
「さあ? 俺は超能力者でも霊能者でもないから、人の心の中までは分からないな。そんなに知りたいなら、ハルカ本人に、直接聞いてみれば?」
ハルカ本人に?
そんなの、聞けるわけがない。
ただでさえ、心臓の難しい手術を控えているハルカを煩わせるようなこと、聞けるわけがないじゃない。
コイツは。
言えるはずがないって、黙ってるしかないって、分かっていてこんなセリフを吐いている。
私は今まで、佐々木浩二という男の何を見ていたんだろう。 お調子者だけどお人好しな良いヤツだって、そう信じていたのに。浩二が、こんなヤツだったなんて。なんだか、怒りを通り越して情けなくなってきた。
「……アンタって、そんなに卑怯なヤツだったの? 自分が欲しいモノを手に入れるためなら、他人がどうなっても構わないって、本気でそう考えているの?」
押さえきれない感情の波が、語尾を震わせる。
「俺が、卑怯ってか?」
恐いくらいに、真剣な浩二の眼差しが、私を射抜く。その強い眼差しのまま、浩二はゆっくりと私の方に歩み寄ってくる。
――な、何よ。
怒ったって、そんな顔したって、恐くなんかないからねっ!
そう、心の中で虚勢をはりつつも、その迫力にたじろいだ私は、一歩、又一歩後ずさる。そしてとうとう、壁際まで追いつめられしまった私は、壁に張り付いたままキッと浩二を睨み付けた。
ドン! と、私の顔のすぐ横の壁に浩二の拳が叩きつけられて、思わずビクリと身をすくませる。
「じゃあ、聞くが、好きでもないのに好きなフリをして、結婚しちまおうなんて根性の人間は、卑怯とは言わないのか?」
荒げるでもなく、むしろ淡々と。浩二が放った言葉に、私はその場で固まった。
『好きでもないのに好きなフリをして、結婚しちまおうなんて根性の人間』
これでもかと。
心の一番もろい部分に、大きな楔を打ち込まれた気がした。
もうこれ以上、何を言っても、浩二は聞く耳なんか持たないだろう。それに、私が、二度と同じ手に引っかからなければ良いだけの話しだし。浩二がどうあがこうが、ハルカの気持ちが変わるとも思えない。
いくら何でも、浩二だって、病床のハルカを傷つけるような馬鹿な真似はしないはず。伊藤君に至っては、たぶん浩二の目論見を知ったら、殴り飛ばすことぐらいしそうだし。だから、もういい。
――浩二とは、しばらく距離を置こう。
そして、伊藤君のことはもう忘れよう。
きっと。
それが、誰にとってもいい方法のはず。
『アンタなんかとは、絶交よっ!』
捨てぜりふを残して、浩二の部屋を逃げるように飛び出した私は、心の中で、そう決意していた。




