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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
16/33

08【計略】心の楔《くさび》-1



 二十五年間。

 病気らしい病気をしたことない私は、初めて『熱射病』なるものを体験した。

 熱射病とは、高温多湿な場所に長時間いたりするとかかる病気で、なんでも身体に熱がこもって体温が上がりすぎてしまうのだそう。症状としては、頻脈や頭痛。果ては、意識障害などが現れ、最悪、死に至ることもある、意外に侮れない恐い病気なんだとか。

 私の場合。一番の原因は、寝不足による体力低下。プラス。誰かさんが、虐めてくれたおかげの精神的疲労。その上、前日の八月らしからぬ冷え込みのせいで、若干風邪気味だったことも加わって、熱射病初体験と相成ったわけ。

 まあ、そんな健康状態で、真夏の砂浜でウロウロしていたんだから、自業自得といえば自業自得――、ではあるんだけれど。

 大事にならなかったのは、熱射病の知識があった伊藤君の適切な手当のおかげだ。応急処置の後、すぐに到着した救急車で病院に連れて行ってもらった私は、点滴と点滴をしている間の爆睡ですっかり元気になった。私自身は、死ぬかと思うほど苦しかったあの状態は、比較的軽い症状だったそうだ。

 こんな騒動に巻き込んで、せっかくのお休みを台無しにしてしまった伊藤君には、本当、申し訳ないって思う。

 

 夕方。

 伊藤君に実家まで送り届けて貰った私は、夕飯を食べた後、頃合いを見計らって、浩二の家に向かった。

 目的は、もちろんただ一つ。

 ったく、浩二のやつ。

 とっ捕まえて、どんな魂胆なのか、白状させてやるっ!

 ムカムカと、絶好調にむかっ腹を立てつつ。私は、浩二の部屋の襖を、力いっぱい開け放った。

 バチン! と、

 まるで今の私の心の中を表すような、派手な音を上げて襖が全開する。

 勝手知りたるこの従弟の部屋に、最後に来たのは、いつだったか。たぶん、高校の時だと思うけど、その辺は定かじゃない。久しぶりに足を踏み入れた十二畳の和室は、記憶の中にある部屋の様子と、ほとんど変わりがなかった。

 シンプル・イズ・ベストの、味気なさ漂うモノトーンの室内。壁際に置かれた、セミダブルのベッド。その脇に置かれた片袖机は、中学の入学祝いに、家の父が送ったものだ。

 壁際の本棚には、相変わらずの漫画と、サッカー関連の雑誌が乱雑に突っ込まれている。目新しいものと言えば、カメラ関連の指南書とか、写真集の類の本が増えていることくらい。

「ったく、成長がないやつだ」

 ボソリと低い呟きを漏らして、鋭い視線で部屋の中を見渡すも、肝心の本人の姿が見えない。

「浩二、いるんでしょっ!?」

 大きな声で呼んでみるけど、返事はこない。

 ……気配を察して、逃げたんじゃないでしょうね?

 見つけたら、向こうずねに二・三発、蹴りでも入れてやらなきゃ、気が収まらない。

「浩二!?」

 ツカツカと、押入れに歩み寄り、襖を勢いよく開ける。が、さすがに、ここには隠れていない。

 この部屋の中に、他に大人の男が隠れられるスペースなどないのは、分かっている。おばちゃんは、『部屋にいるよー』って言ってたし、浩二の車は車庫にあったから、少なくとも、家の中にはいるはず。

「トイレにでも、行ってるの?」

 ジロリ。

 もう一度、座った目つきで部屋の中をぐるりと見渡す。と、その視線が、ある一点で釘付けになった。

 天井だ。

 ちょうど、ベッドの真上。

 木目調の天井板に、等身大ほどの、大きな人物写真が貼り付けられている。

 澄み渡る青空の下。 一面に咲き誇る向日葵畑。

 その真ん中に、白いワンピースを身に纏った少女が、はにかむような笑顔を浮かべて佇んでいた。

 黄色い麦わら帽子の下。色素の薄い、サラサラのストレートヘアが、風に吹かれて舞っている。

 長いまつげに縁取られた、ライト・ブラウンの大きな瞳。

 丸みを帯びた白皙の頬。

 微笑を形作るのは、可憐なピンクの唇――。

「ハルカ……」

 間違いない。

 この写真の人物は、ハルカだ。

 独身男が、女の子の写真を部屋に貼る。それも、自分のベッドの天井に等身大の写真を貼る――。

 なんで? 

 なんて、聞くまでもなく明らかだ。

「――やっぱり」

 私の推理が、当たってたってこと?

「何が、やっぱり?」

 不意に、背後であがった声に思わずビクリと、体が強ばる。

 すうっと、一つ大きく息を吸って止めて。

 私は、ゆっくりと後ろを振り返った。





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