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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
15/33

  【逢瀬】残酷な夢でも。-4


 まさか……。

 まさかでしょ?

 いくら浩二でも、そんな短絡的なことするか?

 いくら、おちゃらけていたって、あれでも成人している二十五歳にもなる、大人なんだよ?

 今時、小学生でもそんな分かりやすいこと、しないぞ?

「佐々木?」

 う~、気持ち悪い。

 脳みそを使いすぎて、なんだか、朝の偏頭痛まで復活してきた。

 早く戻らないと、伊藤君に心配かけちゃうな。

 そう思うけど、立ち上がれない。

「佐々木、大丈夫か?」

「え?」

 ようやく、自分が呼ばれていることに気付いて膝に伏せていた顔を上げた私は、すぐ目の前に、本当、目と鼻の先に伊藤君のどアップがあって、全身ピキンと固まった。

 伊藤君。

 大丈夫だから、そんなに心配そうな顔をしないで。

 このまま、ちょっと休めば大丈夫……。

 そう言って、笑顔を作ろうとするけど、力が入らない。

「立てるか?」

 優しい言葉に、ようやく、コクリと頷きかえす。

 私を支えるように、伊藤君の大きな手が背中に回った。

 傷つけないようにと、そんな気遣いが感じられるその手が、ゆっくりと私を引き上げ、フワリと、鼻腔に届く微かな柑橘系の香りが、私の鼓動を早めていく。

 背中越し。薄布だけを隔てて伝わる伊藤君の体温は、なぜかヒンヤリと心地よくて。

 涙がでそうなくらい、心地よくて。

 早まる鼓動に、更に拍車をかけて、私を追いつめる。

 苦しい。

 息が、出来ないよ。

「佐々木?」

 耳に届く心地よい声に、ドクンと鼓動が一際大きく高鳴った。

 ――ああ、だめだ。目眩がする。

 たぶん。私は、立ち上がったんだと思う。

 大きな手の温もりと、甘い香りに包まれて、くらくらと、酷い目眩に襲われたことは覚えている。ただ、そこまで。

 そこから。

 私の記憶は、ぷっつりと途絶えてしまった――。


 体中が、熱い。

 手も、足も、胸も、背中も。

 頭のてっぺんから、足のつま先まで。

 全身に走るのは、痛みをともなう灼熱感。

 私は、動くことさえままならず、ただ力無く横たわっていた。ぜいぜいと、荒い自分の呼吸音だけが、世界の全てを支配している。

 息が苦しい。

 目が開かない。

 声が出ない。

 ――ああ、きっと。

 バチがあたったんだ。

 ハルカを直也を、そして、自分自身の心を、欺いた、バチ。

「佐々木――、亜弓ちゃん!」

 とぎれがちな意識の下。微かに、誰かが自分を呼ぶ声が、耳に届いた。

 優しい響きを持った、落ち着いたトーンの声には、聞き覚えがある。

 ――ああ。伊藤君の声だ。

「ほら、口を開けて」

 口元に、ヒンヤリと硬質のものがあてがわれて、私は反射的に口を引き結んだ。

「佐々木、少しでもいいから、飲んでくれ。ほら、口を開けて」

「……っう……ん」

 助けを求めて声を上げようとするけど、痛いほどに乾いた喉が掠れたうめき声を吐き出すだけで、言葉にならない。

 止めどなく流れ落ちる涙の粒が、気休めに熱を奪って、灼熱する頬を伝い落ちる。

 その頬に、ヒンヤリとした指先が触れて、涙の跡を優しく拭っていく。

 不意に。唇に、柔らかい感触が届いた。そしてすぐさま口の中に満たされる、ヒンヤリとした液体。

 ――ほんのり甘い、これは、水?

 私はその液体を、コクンと、喉を鳴らして飲み下した。飲みきれない分量が、口の両端から溢れて喉へと伝い落ちる。

 まるで、儀式のように。何度となく繰り返される動作で、少しずつ、喉の渇きが癒されていく。


 目を、開けたらいけない。

 目を開けたら、きっと全ては消えてしまう。

 そう。

 これは、夢の続き。

 残酷で、幸せな、夢の続き――。


 溢れ出す涙が頬を濡らす。

 そして。

 再び、唇に届いた柔らかい感触に包まれながら、私の意識は、深い闇の中に落ちていった。




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