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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
14/33

  【逢瀬】残酷な夢でも。-3


 せっかく海に来たんだから、やっぱり食事は『海の家』よね!

 と、探してみたものの、ちょうどお昼時でどこも満員御礼。

『二時間待ち』とかいう、とんでもない事態になっていた。

 で、結局。屋台で買ってきた、焼きそばとホットドックと焼きトウモロコシが、本日のお昼のメニューになった。

「本当に、昼飯、これでいいのか? 探せば、近くにファミレスぐらいありそうだが……」

 気を遣ってくれる伊藤君に、私はブンブン頭を振った。

「いい、いい。ぜんぜんオッケーよ。私、こういうの大好きなんだ。それに、こうして風に吹かれて食べるのも、気持ちいいし」

 伊藤君と二人。浜辺に座って、ピクニック気分で焼きトウモロコシを囓った。焼いたトウモロコシ本来の甘みを、醤油ダレが絶妙に引き出している。

 うん、美味しい!

 空は青いし、海は広いし、風は心地よいし、焼きトウモロコシは絶品。

 隣には、伊藤君。

 これ以上のご馳走なんて、きっと、どこを探しても見つからないよ。

「あ、でも、伊藤君は、こんなんじゃまずかった?」

 ホットドックを、モヒモヒ囓りながら質問したら、伊藤君はトウモロコシを豪快に囓りながら、不思議そうに目を瞬かせた。

「なんで? 俺も、こういうのけっこう好きだけど?」

「だって、プロのスポーツマンって、栄養管理も大変なんでしょ? こんなジャンク・フードでお昼をすませちゃったら、叱られない?」

「ああ。まあ、それなりにな。でも、大丈夫。叱られないよ」

 私の『叱られない?』の言い回しが笑いのツボに入ったのか、伊藤君はおかしそうにクスクスと笑い出した。それと連動して普段はつり加減の目尻が、キュッと下がる。そのとたん。鋭い感じが払拭されて、少年めいた表情がその顔に浮かんだ。

 ――ああ、この笑顔。やんちゃ盛りの少年のような、屈託のないこの笑顔が、いっとう好きだった。

 今も変わらない笑顔に、胸の奥が熱くなる。

 ついでに、目頭も熱くなる。

 ヤバっ……。

 ここで泣いてみろ。それこそ、挙動不審だ。

「でも、良かった」

「え?」

「元気になったみたいで、良かったよ」

「元気にって……?」

 伊藤君の言っていることの意味がよく分からずに、私は眉を寄せた。

 私、元気がなかった――ところなんて伊藤君に見られたことないよね?

 元気がないのを知っているのは――。

「浩二がさ、大分心配してたんだ。ものずごく、落ち込んでいるみたいだってね」

 え……、浩二?

 浩二だぁっ!?

「……伊藤君」

 アイツのへらへら顔が脳裏を過ぎり、思わず声がワントーン低くなった。

「もしかして、私を誘うように、浩二に頼まれたりした?」

「ああ。気晴らしでもさせてくれないかって。俺も、練習がオフだったし、ちょうどよかったよ」

 そう。

 そういうことか。

「……ごめん。ちょっと、トイレに行ってくるね」

 私は、ハンドバックをむんずと掴んで、ツカツカと公衆トイレに向かった。

 もちろん。

 トイレに入るためじゃない。


 この、鳩尾の底からふつふつと湧き上がる感情。この怒りを、どうしてくれようか。

 ――あんのヤロウ。

 この従姉様を、どこまでタバカれば気がすむんだっ!

 こんなことをして。裏でこそこそと画策されて。

 私が、喜ぶとでも思っているのか、あのバカはっ!?

 伊藤君から見えないところまで来て、バッグから携帯電話を取り出して、浩二の携帯へ電話をかける。

 でも電源が切ってあるのか、虚しいアナウンスが流れるばかり。すぐさま、浩二の家、おじさんちにコールする。

『はい、佐々木です』

「あ、おばちゃん! 浩二いるっ!?」

『あれ、亜弓ちゃん。浩二なら、今日は朝から出かけているけど?』

「どこに行ったか分かる!?」

『さあ……。友達の所へ行くとかいってたけども、詳しくは聞いてないねぇ』

「……そっか、分かった。じゃあ、またね!」

 逃げられた……。

 やっぱりこれは、何らかの思惑があっての、計画的な犯行ってこと?

 はあっと、我知らず大きなため息が漏れる。

 捕まえて、とっちめてやろうと思ったのに。一気に膨らんだ怒りのエネルギーのぶつけ先が、無くなってしまった。

 全身の力が、へなへなーと抜けていく。

 ジリジリと、焼け付くような太陽の強い日差しに照りつけられて、一瞬、クラリと、軽い目眩に襲われる。

 なんだか気持ち悪くなってきて、私はその場にしゃがみ込んでしまった。自分の膝に額を付けて、今の状況を考えてみる。

 その一。

 浩二は、私が伊藤君に片思いをしているのを知っている。

 その二。

 浩二が、伊藤君に私を誘うように頼んだ。

 そのココロは?

 確かに、私は元気がなかったかも知れない。

 でも、そこにでっかい拍車を掛けたのは、浩二自身だ。

 それなのに。落ち込ませた張本人が『ものすごく落ち込んでいるみたい』だって、伊藤くんに私の気晴らしを頼んだ?

 なに、この矛盾。

 いったい、浩二は何がしたいの?

 浩二の、目的は何?

 その行動が、導き出すだろう結果はどんなこと?

 頭の隅に、何かが引っかかった。

 待てよ。

 例えば、私と伊藤君が、まかり間違って、くっついたとする。その結果、何が残る? 

 私と伊藤君、浩二、そして残るのは――

 まさか。

 私は、一つの可能性に思い当たった。




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