【逢瀬】残酷な夢でも。-3
せっかく海に来たんだから、やっぱり食事は『海の家』よね!
と、探してみたものの、ちょうどお昼時でどこも満員御礼。
『二時間待ち』とかいう、とんでもない事態になっていた。
で、結局。屋台で買ってきた、焼きそばとホットドックと焼きトウモロコシが、本日のお昼のメニューになった。
「本当に、昼飯、これでいいのか? 探せば、近くにファミレスぐらいありそうだが……」
気を遣ってくれる伊藤君に、私はブンブン頭を振った。
「いい、いい。ぜんぜんオッケーよ。私、こういうの大好きなんだ。それに、こうして風に吹かれて食べるのも、気持ちいいし」
伊藤君と二人。浜辺に座って、ピクニック気分で焼きトウモロコシを囓った。焼いたトウモロコシ本来の甘みを、醤油ダレが絶妙に引き出している。
うん、美味しい!
空は青いし、海は広いし、風は心地よいし、焼きトウモロコシは絶品。
隣には、伊藤君。
これ以上のご馳走なんて、きっと、どこを探しても見つからないよ。
「あ、でも、伊藤君は、こんなんじゃまずかった?」
ホットドックを、モヒモヒ囓りながら質問したら、伊藤君はトウモロコシを豪快に囓りながら、不思議そうに目を瞬かせた。
「なんで? 俺も、こういうのけっこう好きだけど?」
「だって、プロのスポーツマンって、栄養管理も大変なんでしょ? こんなジャンク・フードでお昼をすませちゃったら、叱られない?」
「ああ。まあ、それなりにな。でも、大丈夫。叱られないよ」
私の『叱られない?』の言い回しが笑いのツボに入ったのか、伊藤君はおかしそうにクスクスと笑い出した。それと連動して普段はつり加減の目尻が、キュッと下がる。そのとたん。鋭い感じが払拭されて、少年めいた表情がその顔に浮かんだ。
――ああ、この笑顔。やんちゃ盛りの少年のような、屈託のないこの笑顔が、いっとう好きだった。
今も変わらない笑顔に、胸の奥が熱くなる。
ついでに、目頭も熱くなる。
ヤバっ……。
ここで泣いてみろ。それこそ、挙動不審だ。
「でも、良かった」
「え?」
「元気になったみたいで、良かったよ」
「元気にって……?」
伊藤君の言っていることの意味がよく分からずに、私は眉を寄せた。
私、元気がなかった――ところなんて伊藤君に見られたことないよね?
元気がないのを知っているのは――。
「浩二がさ、大分心配してたんだ。ものずごく、落ち込んでいるみたいだってね」
え……、浩二?
浩二だぁっ!?
「……伊藤君」
アイツのへらへら顔が脳裏を過ぎり、思わず声がワントーン低くなった。
「もしかして、私を誘うように、浩二に頼まれたりした?」
「ああ。気晴らしでもさせてくれないかって。俺も、練習がオフだったし、ちょうどよかったよ」
そう。
そういうことか。
「……ごめん。ちょっと、トイレに行ってくるね」
私は、ハンドバックをむんずと掴んで、ツカツカと公衆トイレに向かった。
もちろん。
トイレに入るためじゃない。
この、鳩尾の底からふつふつと湧き上がる感情。この怒りを、どうしてくれようか。
――あんのヤロウ。
この従姉様を、どこまでタバカれば気がすむんだっ!
こんなことをして。裏でこそこそと画策されて。
私が、喜ぶとでも思っているのか、あのバカはっ!?
伊藤君から見えないところまで来て、バッグから携帯電話を取り出して、浩二の携帯へ電話をかける。
でも電源が切ってあるのか、虚しいアナウンスが流れるばかり。すぐさま、浩二の家、おじさんちにコールする。
『はい、佐々木です』
「あ、おばちゃん! 浩二いるっ!?」
『あれ、亜弓ちゃん。浩二なら、今日は朝から出かけているけど?』
「どこに行ったか分かる!?」
『さあ……。友達の所へ行くとかいってたけども、詳しくは聞いてないねぇ』
「……そっか、分かった。じゃあ、またね!」
逃げられた……。
やっぱりこれは、何らかの思惑があっての、計画的な犯行ってこと?
はあっと、我知らず大きなため息が漏れる。
捕まえて、とっちめてやろうと思ったのに。一気に膨らんだ怒りのエネルギーのぶつけ先が、無くなってしまった。
全身の力が、へなへなーと抜けていく。
ジリジリと、焼け付くような太陽の強い日差しに照りつけられて、一瞬、クラリと、軽い目眩に襲われる。
なんだか気持ち悪くなってきて、私はその場にしゃがみ込んでしまった。自分の膝に額を付けて、今の状況を考えてみる。
その一。
浩二は、私が伊藤君に片思いをしているのを知っている。
その二。
浩二が、伊藤君に私を誘うように頼んだ。
そのココロは?
確かに、私は元気がなかったかも知れない。
でも、そこにでっかい拍車を掛けたのは、浩二自身だ。
それなのに。落ち込ませた張本人が『ものすごく落ち込んでいるみたい』だって、伊藤くんに私の気晴らしを頼んだ?
なに、この矛盾。
いったい、浩二は何がしたいの?
浩二の、目的は何?
その行動が、導き出すだろう結果はどんなこと?
頭の隅に、何かが引っかかった。
待てよ。
例えば、私と伊藤君が、まかり間違って、くっついたとする。その結果、何が残る?
私と伊藤君、浩二、そして残るのは――
まさか。
私は、一つの可能性に思い当たった。




