06【暴露】暴かれた想い。
伊藤君が病室に来て一時間ほどたったころ、ハルカに疲れの色が見えてきたため、お見舞いと言う名の束の間の同窓会は、お開きになった。
私は、ハルカに、また来週お見舞いに来ることを約束して、浩二と伊藤君と共に、病室を後にした。
『久々だから、今から三人で飲み会でもしようや』との浩二の提案は、伊藤君の予定が合わなくて、実現ならず。 正直、私は少しだけホッとしていた。このまま、伊藤君の側でお酒なんか飲んだ日には、どんな酔い方をするか、分かったものじゃない。 きっと、悪酔いするに、決まっている――。
「……なあ、亜弓」
帰りの車中。 病室でのはしゃぎっぷりが嘘のように沈黙していた浩二が、赤信号で止まったときに、不意に声をかけてきた。
できれば今、話したくないんだけど。でも、さすがに無視するわけにもいかず、私は、助手席の窓から雨に霞む町並みを見るともなしに見つめながら「うん?」と、気のない返事をした。その私の反応に、浩二が一つ、長いため息を吐く。
『おいおい、浩二君、辛気くさいなぁ。ため息の数だけ、幸せが逃げていくそうよ』なんて、いつもなら滑るように出てくる軽口を叩く気力もない私は、ただ、浩二の次の言葉を待った。
「一つ、質問していいか、亜弓」
その声にはいつになく真剣な響きがあって、私はゆっくりと窓の外から運転席の浩二の方へ視線を移した。
私を見つめる浩二の眼差しも、今まで見たことがないくらい真剣そのものだ。
「お前、今の彼氏のこと、本気で愛しているのか?」
「……え?」
何を、藪から棒に。
そんなマジな顔をして冗談言っても、笑えないよ。
そう言おうと思ったけど、言葉が出ない。
浩二の目が、まるで嘘を見抜いてやるとでも言いたげに、恐いくらい真っ直ぐに私を見ていたから。
なんで浩二は、こんな質問をするのだろう?
今の私に、そんな質問に答えられる心の余裕なんか、これっぽっちもないのに。
「な……んで?」
自分のモノとも思えないような、掠れた声が喉から絞り出される。
「単刀直入に聞く」
「……」
「お前、伊藤のこと、好きなのと違うか?」
な!?
「なに言ってるのよ、馬鹿馬鹿しい!」
あまりに鋭いツッコミに、私は思わず声を荒げてしまった。
「本当に、そう思ってるのか?」
「あ、当たり前よっ。伊藤君は、ハルカの彼氏でしょ? ホント、冗談でもそんなこと言うのやめてちょうだい! それに、私、この前彼にプロポーズされたのよ。でっかいダイヤの婚約指輪も貰ったし、今度は彼のご両親にも会うことになってるの! 分かった!?」
取り乱し過ぎて、思わず、弾丸トークしてしまった。
これじゃ、後ろ暗いのが丸分かりじゃない。挙動不審も良いところだ。その辺を突っ込まれたら、なんて答えよう?
「そいつと、結婚するってか?」
「する!」
あまりに意地の悪い言いようにむかっ腹が立って、思わず、勢いで断言してしまった。
「ふうん……」
おまっ。
何だその気の抜けた『ふうん』は!?
これだけ人の心の中を引っかき回しておいて、『ふうん』だぁ!?
怒りの頂点に達しようとしている私の心中を、知ってか知らずか。
信号が青に変わり車をスタートさせた浩二は、運転に集中しながらも、話をやめようとはしない。
「で、それで?」
「何が、それでよ?」
前方を、厳しい表情で見つめてハンドルを操る浩二の横顔を、睨み付けて言う。浩二はその厳しい表情のまま、情け容赦なくズバリと核心を突いてきた。
「俺はまだ、質問への答えを聞いてない。俺は、亜弓が伊藤を好きかどうか聞いたの。はぐらかすのはナシな。男として、好きか、嫌いか、どっちかだ。分かった?」
「うっ……」
もう、『ぐうの音も出ない』とはこのことだ。
この時、私は確信した。
『浩二は、私の本当の気持ちを知っている』
なら、察してくれてもいいじゃない。
いとこでしょ? 姉弟同然に育った仲でしょ?
確かに、伊藤君を好きだけど。ずっと片思いしてるけど。それがイケナイの?
私だって、好きで思い続けているわけじゃない。 直也を愛してるって、他の誰も好きじゃないって、心から言えたら、どんなに良いか。
だけど、 忘れようとしたって、忘れられないんだもん。 私に、どうしろって言うのよ!?
「そんなにいじめるな、ばかっ!」
思わず、本音がボロリと飛び出した。
鼻の奥が痛い。 目頭が、ぶわっと熱くなる。
もう、涙腺も崩壊状態に突入完了!
くそっ。
泣くもんか。
泣いてなんかやるもんか。
どんな質問でもしやがれっ!
ギュッと唇を噛んで身構えていたけど、それっきり。
浩二は、『私は貝』とでも言うように、ダンマリを決め込んでしまった。




