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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
10/33

  【再会】懐かしき友。-4



 そこにあったのは、写真立ての中に入れられた、妙に懐かしい一枚の写真だった。

 淡い月明かりの下。硬い表情をした濃紺の浴衣姿の私の隣に、はにかんだ様な笑顔を浮かべる、空色の浴衣姿のハルカが立っていた。

 そして、その又隣には、白いTシャツとブルー・ジーンズ姿の伊藤君が、少し照れくさそうな微笑みを浮かべて写っている。

 ドクンと、心の奥で、何かが大きく脈を打った。

――なに、この写真。こんな写真、撮ったっけ?

「この写真……?」

「あ、それね、浩二君がこの前持ってきてくれたの。自分で撮ったのすっかり忘れていて、部屋の掃除をしてたら出てきたんですって」

「浩二が……」

 あいつめ。

 こんな写真があること、今まで一言も言わなかったじゃない。

「あーちゃん、この日のこと覚えてる?」

 ハルカが、写真を手元に引き寄せて、思い出を辿るように懐かしそうに目を細める。

 その姿がとても儚く見えて、私は思わず視線を窓の外に逸らした。

 窓の外は、雨。

 まるで、止めどない涙のように、降り落ちる雨――。

「覚えてるよ。あの時のハルカは、私の知っている中で一番可愛かったから、忘れないよ」

 おどけて言う、自分の声が酷く遠い。

 忘れられるはずが、ない。

 忘れられるはずなんか、ない。

「そうだよね……」

 その声に微かな震えを感じて、私はハッとハルカに視線を戻した。

 その時。コンコンと、背後でドアのノック音が上がった。

「どうぞ」

「おじゃまー」

 ハルカの声に促されて、まだ開き切らないスライド・ドアからニコニコ笑顔でひょっこりと顔を出したのは、浩二だった。

「なんだ、浩……」

『どうせ顔をだすんなら、始めから一緒に来ればいいのに!』

 そう言おうとした言葉が、喉の奥で凍り付いた。

 そ……んな。まさか。

「あ、伊藤君! 来てくれたんだ」

 嬉しそうなハルカの声が、半分麻痺したような私の鼓膜を、通り過ぎていく。

「真打ち登場~」

 おちゃらける浩二の後ろに佇む花束を抱えた大柄な人物が、チラリと鴨居の高さを気にしながら、ゆっくりと病室の中に入ってくる。

 あの頃と同じで、健康そうな日に焼けた肌。

 少し鋭さを感じさせる、意志の強そうな、黒い瞳。

 その瞳と、私の視線が交錯する。

 一瞬にして、世界の全てが止まった気がした。


 動くことも出来ずに息さえも止めて。

 サイド・テーブルの脇で固まっている私に、少し驚いたような視線を向けた後、彼は、柔和そうに目元を綻ばせた。

 それは、久しぶりに会った同級生に対する、ごく普通の反応。

 それだけのことなのに。どうしようもなく、胸が、いっぱいになる。

「久しぶりだな、佐々木。もう、七年ぶりくらいか?」

 優しい響きを持った低音の声が、私の耳に心地よく届いた。

「伊藤……君」

『もしかしたら、会えるかもしれない』

 そう、考えなかったと言ったら、嘘になる。

 だけどまさか、本当に会えるなんて――。

「そう……だね。高校の卒業式以来だから、そうなるねー」

『ああ』と目で頷いて、伊藤君はベットサイドに、つまり私の方に歩み寄ると、ハルカに抱えていた花束を静かに手渡した。

「はい。リクエストの、ガーベラ。これで良かったのかな?」

「うん。伊藤君、ありがとう。あーちゃんの向日葵と、伊藤君のガーベラ。今日はまるで、花畑みたいだね」

 ハルカはそう言って、チラリと浩二に悪戯っ子みたいな視線を投げた。それに気付いた浩二が、『うっ!』と固まったあと、引きつった笑いを浮かべる。

「あ、あはは。俺の分は、ツケといてね!」

「ここは、飲み屋じゃないんですけど、浩二君?」

「ああっ、ハルカちゃんのいじめっ子ー。昔は、あんなに素直で可愛かったのにー、おじさん悲しい。あ、今も可愛いけどね」

 へらへら笑う浩二に、伊藤君が少し凄みの効いた眼光を向ける。

「浩二、いい加減にしろ。ここは漫才する所じゃないぞ」

「ああっ。無二の親友まで、ボクをいじめる~」

 和やかな笑いに包まれる空間の中で。

 私は、今、どんな顔をしているんだろう?

 笑っているはずなのに。

 そうに違いないのに。

 心の奥で。

 もう一人の私が泣いていた。




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