【再会】懐かしき友。-4
そこにあったのは、写真立ての中に入れられた、妙に懐かしい一枚の写真だった。
淡い月明かりの下。硬い表情をした濃紺の浴衣姿の私の隣に、はにかんだ様な笑顔を浮かべる、空色の浴衣姿のハルカが立っていた。
そして、その又隣には、白いTシャツとブルー・ジーンズ姿の伊藤君が、少し照れくさそうな微笑みを浮かべて写っている。
ドクンと、心の奥で、何かが大きく脈を打った。
――なに、この写真。こんな写真、撮ったっけ?
「この写真……?」
「あ、それね、浩二君がこの前持ってきてくれたの。自分で撮ったのすっかり忘れていて、部屋の掃除をしてたら出てきたんですって」
「浩二が……」
あいつめ。
こんな写真があること、今まで一言も言わなかったじゃない。
「あーちゃん、この日のこと覚えてる?」
ハルカが、写真を手元に引き寄せて、思い出を辿るように懐かしそうに目を細める。
その姿がとても儚く見えて、私は思わず視線を窓の外に逸らした。
窓の外は、雨。
まるで、止めどない涙のように、降り落ちる雨――。
「覚えてるよ。あの時のハルカは、私の知っている中で一番可愛かったから、忘れないよ」
おどけて言う、自分の声が酷く遠い。
忘れられるはずが、ない。
忘れられるはずなんか、ない。
「そうだよね……」
その声に微かな震えを感じて、私はハッとハルカに視線を戻した。
その時。コンコンと、背後でドアのノック音が上がった。
「どうぞ」
「おじゃまー」
ハルカの声に促されて、まだ開き切らないスライド・ドアからニコニコ笑顔でひょっこりと顔を出したのは、浩二だった。
「なんだ、浩……」
『どうせ顔をだすんなら、始めから一緒に来ればいいのに!』
そう言おうとした言葉が、喉の奥で凍り付いた。
そ……んな。まさか。
「あ、伊藤君! 来てくれたんだ」
嬉しそうなハルカの声が、半分麻痺したような私の鼓膜を、通り過ぎていく。
「真打ち登場~」
おちゃらける浩二の後ろに佇む花束を抱えた大柄な人物が、チラリと鴨居の高さを気にしながら、ゆっくりと病室の中に入ってくる。
あの頃と同じで、健康そうな日に焼けた肌。
少し鋭さを感じさせる、意志の強そうな、黒い瞳。
その瞳と、私の視線が交錯する。
一瞬にして、世界の全てが止まった気がした。
動くことも出来ずに息さえも止めて。
サイド・テーブルの脇で固まっている私に、少し驚いたような視線を向けた後、彼は、柔和そうに目元を綻ばせた。
それは、久しぶりに会った同級生に対する、ごく普通の反応。
それだけのことなのに。どうしようもなく、胸が、いっぱいになる。
「久しぶりだな、佐々木。もう、七年ぶりくらいか?」
優しい響きを持った低音の声が、私の耳に心地よく届いた。
「伊藤……君」
『もしかしたら、会えるかもしれない』
そう、考えなかったと言ったら、嘘になる。
だけどまさか、本当に会えるなんて――。
「そう……だね。高校の卒業式以来だから、そうなるねー」
『ああ』と目で頷いて、伊藤君はベットサイドに、つまり私の方に歩み寄ると、ハルカに抱えていた花束を静かに手渡した。
「はい。リクエストの、ガーベラ。これで良かったのかな?」
「うん。伊藤君、ありがとう。あーちゃんの向日葵と、伊藤君のガーベラ。今日はまるで、花畑みたいだね」
ハルカはそう言って、チラリと浩二に悪戯っ子みたいな視線を投げた。それに気付いた浩二が、『うっ!』と固まったあと、引きつった笑いを浮かべる。
「あ、あはは。俺の分は、ツケといてね!」
「ここは、飲み屋じゃないんですけど、浩二君?」
「ああっ、ハルカちゃんのいじめっ子ー。昔は、あんなに素直で可愛かったのにー、おじさん悲しい。あ、今も可愛いけどね」
へらへら笑う浩二に、伊藤君が少し凄みの効いた眼光を向ける。
「浩二、いい加減にしろ。ここは漫才する所じゃないぞ」
「ああっ。無二の親友まで、ボクをいじめる~」
和やかな笑いに包まれる空間の中で。
私は、今、どんな顔をしているんだろう?
笑っているはずなのに。
そうに違いないのに。
心の奥で。
もう一人の私が泣いていた。




