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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
1/33

00【プロローグ】愛と友情の狭間で。


 どんなに時が流れても、忘れられない光景がある。

 天空にぽっかり浮かぶ、白い満月。

 広がる、満天の星屑。

 遠くで聞こえる、祭り囃子の太鼓の音。

 リンゴ飴の、甘いにおい。

 水風船の鮮やかな青と、ヒンヤリとした手触り。

 そして――。



 暑い夜だった。

 薄闇に抱かれた田舎町の神社には、いつにない活気が満ち溢れていた。

 田畑を渡ってくる湿気を含んだ夜風は、近づく秋の気配など微塵も感じさせず、浴衣の裾をパタパタと揺らしながら、賑やかな祭りの人波を吹き抜けていく。

 天空にぽっかりと浮んだ白い満月が、楽しげに行き交う人々を、優しく照らしだしている、そんな中。

 高校最後の夏休み。さらに、その最後の日。

 私、佐々木亜弓は、親友のハルカと、同い年のいとこの浩二。そして、浩二の友人で同じサッカー部の伊藤君の四人で、毎年恒例の夏祭りに遊びに来ていた。

 約一年ぶりに着た赤い金魚柄の濃紺の浴衣は、昨年よりは少し様になっているはず。セミロングの髪は、頭の高い位置でお団子にして。

 右手の中指には、ハルカとお揃いで買った、青い水風船。左手には、さっき出店で一目惚れして思わず衝動買いした、赤いリンゴ飴。

 やっぱり、この大きいサイズじゃないとね。

 ちいっちゃい、可愛いサイズのリンゴ飴なんて、邪道よ!

 ルンルンと、大振りのリンゴ飴をカプリと一かじりしたその時。隣を歩くハルカが、おもむろに口を開いた。

「……ねえ、あーちゃん」

「うん、なあに? リンゴ飴、おいひいよ?」

「あのね、わたし……」

「ハルカも、買ってくふ?」

 私は、かじったリンゴ飴の欠片を、もふもふと口の中で転がしながらご満悦で、自分よりもだいぶ下にあるハルカの顔を覗き込んだ。

 白い頬を、微かにピンクに上気させながら、ハルカは、何かを決意したように足を止めて、私をまっすぐ見上げた。

 長いマツゲに縁取られたライト・ブラウンの大きな瞳が、月明かりの下で、キラキラと輝いている。なんだか、とても綺麗に思えて、ドキッとした私も足を止めた。

 数瞬の、何とも言えない沈黙の後。ハルカは、意を決したように、爆弾発言を投下した。

「あーちゃん。わたし今夜、伊藤君に告白するっ!」

 えっ!?

「……むぐっ!?」

 驚きのあまり私は、口に含んでいたまだ大きいリンゴ飴の欠片を『ごっくん』と丸飲みしてしまった。水風船をぶら下げた右手でグーを作り、胸元をドンドン叩きながら、やっとのことで、掠れた声を絞り出す。

「ハ、ハルカ……。告白って、今日、今からここで!?」

 食道をごろごろ胃袋へと降りていく、リンゴ飴の痛いような感覚にむせ返りながら、私は、ハルカの顔を驚きを込めて、マジマジと見つめ直した。

 まるで、幼い少女のような、丸みを帯びた白皙の頬。その、白すぎるほどに白い頬が、ほんのりピンクに染まっている。

 私を見つめ返してくる、長いまつげに縁取られたライト・ブラウンの大きな瞳は、決意を込めたように、揺るぎない。

 腰に届きそうに長い、明るい色合いのストレートの髪を、夜風がフワリとなぶって通り過ぎていく。

 私と色違いの、裾に赤い金魚柄が入った淡い空色の浴衣から出た手足は、白くて折れそうに華奢なのに、しゃんと伸ばした背筋と、真っ直ぐな眼差しは、とても力強くて。そう。その姿はまるで、太陽を凛と見つめ続ける、向日葵の花を思わせる。

 向日葵は、どんなに強い日の光に焼かれたって、太陽を見つめるのを絶対やめない。とても、とても、強い花――。

 綺麗だね、ハルカ。

 外見だけじゃなく、真っ直ぐでひたむきなその気持ちが、とても綺麗。

「そっか……。もう、決めたんだね?」

 ハルカは、ピンクの頬を朱に染めて『コクリ』と頷いた。

 ああ。

 とうとう、この日が来た。

 とうとう、この日が来てしまった。

 私は、賑やかな祭りの人波の流れの少し先を歩く、『彼』の背中にゆっくりと視線を送った。

 他の人たちよりも、頭一つ分高い身長。

 二年半。中学の頃からトータルすれば六年あまり、サッカーで鍛えたしなやかな均整の取れた体躯。日に焼けた、小麦色の肌。こうと決めたら、ぜったい引かないその性格を表すような、少し鋭い感じのする、黒い切れ長の瞳。でも、笑うと、まるでやんちゃ盛りの少年のような屈託のない表情になる彼、『伊藤君』。伊藤貴史いとうたかし君は、私の同い年のいとこ・佐々木浩二の友人でサッカーのチームメイト。そして。

 私、佐々木亜弓の一番の親友・三池ハルカが、入学式の日に一目惚れをしてから今までずっと、一途に思い続けている『片思いの相手』だった。

 この二年半。

 伊藤君に対するハルカのひたむきな想いを、私は目の前で見てきた。ハルカが、どんなに伊藤君を好きなのか、一番良く知っている。

 だから。

「ハルカ、頑張ってね!」

 右手に青い水風船。左手には、赤いリンゴ飴。

 私は、それをギュッと握りしめると、両手でガッツポーズを作って、笑顔でエールを送った。

「あーちゃん、わたし……」

 一歩、足を踏み出して、ハルカはためらったように私を振り返った。

 揺るぎなかったその瞳の中に、微かに迷いの色が浮かんでいる。

 そりゃあ、怖いだろう。

 告白したって、その想いが届くとは限らないんだから。

 私にも、その気持ちは痛いくらいに分かっている。

 でも。

「大丈夫だよ。きっと伊藤君だって、ハルカのこと嫌いじゃないって、ほら、行ってきな!」

 ポン!

 と、私は、空色の浴衣に包まれた華奢なハルカの肩を、励ますように押し出した。

「うん!」

 ハルカが、満面の笑顔で頷く。

「玉砕覚悟で行って来るね!」

「頑張れ、ハルカっ!」

 大きく振った手の先で、まるで今の私の心を映すみたいに、左右に揺れた水風船が、バシャバシャと水音を上げる。

――伊藤君。

 伊藤君なら、きっとハルカに特上の笑顔をくれる。

 ぶっきらぼうに見えても、本当は優しい人だと知っているから。きっと、ハルカは、幸せになれる。だから私は、笑顔で「おめでとう!」って言うだろう。

 プチン――。

 ブンブンと振り続ける指先に、ゴムが切れた感触が走った。

 フッと、軽くなった指先に宿る言いようのない喪失感に、思わず手が止まり、視線の先を、コントロールを失った水風船が、放物線を描きながらスローモーションで空を飛ぶ。

 青い残像が、ゆっくりと尾を引き、やがて、人波に紛れて消えていく。

 あの水風船は、地面に落ちて割れるのだろうか? それとも、誰かに踏まれて、割れるのだろうか?

 心の奥が、痛い。

 ハルカは、一番大切な、友達。

 伊藤君は、一番好きな、大好きな、人――。

 ハルカと伊藤君。

 私には、同じくらい大切で、同じくらいに失いたくないもの。

 どちらかを、選ぶことも、切り捨てることも、出来ない。

 だからきっと、この胸の痛みは、そんな私への天罰だ。

 好きな人に『好きだ』と告げる勇気を持てなかった、 一番、自分が傷つくことが恐かった、不甲斐ない私自身が自ら引き寄せた天罰。



 どんなに時が流れても、忘れられない光景がある。

 天空にぽっかり浮かぶ、白い満月。

 広がる、満天の星屑。

 遠くで聞こえる、祭り囃子の太鼓の音。

 リンゴ飴の、甘いにおい。

 水風船の鮮やかな青と、ヒンヤリとした手触り。



 そして。

 心の奥に、微かな痛みを伴う、忘れられない想いを抱いたまま。

 今年も又、夏が訪れる――。


 



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