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序章

 我々は常に自分自身を振り返り、自問する。

 自分は正常であるかということを。

 我々が視ているものは果たして現実か、幻か。

 その証明に躍起になる者しかり。

 現実とも幻想とも受け入れぬ者しかり。

 どちらにせよ、視える我々は自問することを止めない。

 少数派である我々は、けっして特別な存在ではないことを、その中でも賢い者ならば知っている。

 

 恐怖を分類するにはどうすればよいか。

 わたしは、外的恐怖と内的恐怖に分けて考えることができると思う。

 外的恐怖とは眼に視える苦痛であり、恐れである。

 内的恐怖とは眼に見えない苦痛であり、恐れである。

 では、目に視えぬ苦痛であり、恐れとは一体何か。

 それは、精神に作用する苦痛であり、恐れである。

 我々が視えるという彼らは一体どちらの恐怖に属するのだろうか。外的恐怖か内的恐怖か。

 おそらく、そのどちらにも作用するものに違いない。

 

 恐怖とは何か。

 それは未知なるモノの恐れである。

 生命の危機に対する恐れである。

 では、「視えざる者たち」とは未知なるモノであり生命の危機に瀕する類のものなのか。


 人間が一番怖い。この言葉は、視えることの出来る人間にしか、真の意味で理解することができない。

 「視えざる者たち」の存在を知ってこそ、人間の恐ろしさが見えてくるのである。

 それゆえに、大多数が言う「人間が一番怖い」という言葉は、少数の視える者たちの模倣に過ぎない。


「先生?窓に向かって何、ぶつぶつ呟いているんですか?」

 助手の滝沢七海が不思議そうな顔で尋ねた。

 オシャレな街並みを外れ、閑静な住宅街の奥まった場所にひっそりと構える洋館風の事務所。その名も、成宮九月なるみやくげつ探偵事務所である。

 窓辺に立ち、本日も暇を持て余す駆けだし探偵の成宮は、本当にすることがなかったので、これまで自身が体験してきた中での教訓をモノローグ風に呟いていたのだった。

「別に」

 なので、全くもって誰かに聞かせる意図はなかった。ちゃっかりと他人の独り言に耳を傾けていた滝沢をうらみがましく横目でにらみながら、

「コーヒーのお代わり」

と言ってみても、何の恰好もつかないただの勘違いナルシスト野郎である。

「はいはい。それにしても、本当に今日も暇ですねー」

 手慣れたしぐさでコーヒーを入れる手つきは、喫茶店アルバイト歴10年の貫録である。コーヒーもインスタントではなく豆から、と言うあたりが既にアマチュアの域を超えている。

「いいかね、滝沢君。暇というのは捉える主体の意思によってその時間が暇なものにも有意義なものにも変化するものだよ」

 この辺で自分が師匠であり目上の人間であることを示しておきたい、何とも心根の小さい男、成宮九月である。

 そんな上司の気質をよく心得た優秀な部下、滝沢七海は今日も適当に左から右へと聞き流すある意味、部下の鏡であった。

「はいはい、そうですねーそのとおりですねー」

 とはいっても、一番有意義とは程遠い存在の成宮にそのようなことを言われても、何の説得力もなく、自然と滝沢の声は上の空であった。

 それに対し、むっと顔をひきつらせつつも、ここは年長者の余裕の見せどころ。こういうときこそ鷹揚に身を構え、若者に諭すべき立場にあるのだ。

「時間というのは不思議なものでね、無駄に過ごすものほど長く、退屈なものだ。速さそれ自体に変化はないというのにね。人間の主観によって視るものも聞こえるものも、あるいは感じ方さえも左右させてしまうのだから。人はよく、視えざる者の存在を不思議そうに語るが、語る本人こそ摩訶不思議な存在だよ」

 これまで出会ってきた数々の視えざる者たちに比べれば、人間こそ奥深く不思議な存在はない。成宮の主張に、滝沢は首をかしげて応答した。

「そういうもんですかぁ?あたしなんかは、視えないモノの方が不思議で怖いですけど」

「それは自分にとってその存在が未知のものだからさ。だれだって視たことも触れたこともないものを、信用することはできないからね」

 なるほどとうなずき、滝沢はよれよれの茶色い背表紙つきのメモ帳に、成宮の言葉を記した。通称、成宮語録である。一応、成宮の助手であり部下であり、弟子であることを自覚している滝沢であった。

 成宮は自分の言葉を書き連ねる滝沢の小さな頭を見降ろしながら、少しだけ自分のメンツが保たれたことににやつき、その顔を運悪く鏡越しに直視してしまい、こっそり赤面したのだった。

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