勝手にトライアングルレッスン the First 〜初めての◯◯〜シツレン
中学3年生=受験生....
小6で通い始めた塾も来年の受験に向けて時間も増え、今では週に3日、22時過ぎまでと勉強漬けの日々
でも、たくみとひろしの通う高校に進学するため
今は頑張りどき
自分にそう言い聞かせて歯を食いしばる
塾がある日は2人と会える
それが唯一の息抜きでもあり、癒しでもあり、楽しみだった
「....受験....かぁ...」
わたしに歩調を合わせてゆっくりと歩きながら、たくみがぼそっとつぶやく
「うん...」
「ゆいこ、ほんとにうちの高校来んの?」
「うん。なんで?ダメ?」
「いや、ダメじゃねぇけど」
「けど?」
「いや....」
たくみがなんとなくバツの悪そうな顔をしてわたしから視線を逸らした
「....ゆいこが....嫌な思いする事ありそうで....」
「どういうこと?」
「....」
答えてくれないたくみから、ひろしに視線を送ったが、ひろしもちょっと困惑気味に小さく微笑んで、ぽんっとわたしの頭を優しく叩いた
「....受験がんばれ、ゆいこ。俺らにできることがあれば手伝うから」
そう言うひろしの声は優しく温かかった
「ねぇ、あなたがゆいこちゃん?」
ある日の放課後
塾までの時間をファーストフード店で勉強しながら潰していると、背後からそう声をかけられた
びっくりして振り返ると、そこには明るめのマロンベージュに染めたふわふわショートボブの可愛らしい女の人が立っていた
「あ...」
見覚えのある制服は、たくみとひろしの高校のもの
わたしを知ってるってことは....
「....たくみ...さんとひろしさんの...お友達ですか....?」
おずおずと聞くわたしにその人はにっこりと微笑み返してくれる
「うん。2人とは1年の時から同じクラスなの。ゆいこちゃんのことは2人からよく聞いてるよ。隣、座ってもいい?」
「あ、はい」
「受験勉強?えらいね、頑張ってるね」
「ありがとうございます...」
「わかんないところとかあったら、教えてあげるよ?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「ま、そっか、たくみくんとひろしくんもいるしね」
その子がニコニコと明るく言うのを聞きながら、その意図を探るように思わずひっそりと眉を寄せる
「あ、わたし、ミカっていうの」
「ミカさん...あ、あの、わたしに何か用でしょうか?」
「あ、ううん、ごめん、そういうわけでもないんだけど...ごめんね、お勉強の邪魔だね、ごめんね」
ミカさんがはっとしたように慌てて立ち上がる
「あ、いえ、別にそーゆーわけではないですけど...」
「ううん、いいの、ごめんね、ちょっと会いたかっただけなんだ」
「....?」
「邪魔してごめんね。受験頑張って」
小走りで去って行くミカさんを目で追うと、10歩ほど進んだところで急に足を止め振り返る
「....?」
「あ、あの、ね、わたしが今日ゆいこちゃんに会いに来たこと...たくみくんには言わないで....」
「たくみ?」
「言わないで、ね?ごめんね、ありがとう。じゃぁ、塾、頑張ってね」
ミカさんが小さく手を振って駆け出して行くのを、呆気に取られて見送った。
一体、なんだったのか。
塾で問題用紙と睨めっこしながら、ミカさんの言葉を反芻していた
ふわふわなボブの髪の毛からはかすかにシャンプーの香りがして、屈託なく微笑うその笑顔は、女のわたしですら惹きつける魅力に溢れていた
きっとモテるんだろうな
問題の解答を書き出しながらぼんやりと思う
『...わたしが今日ゆいこちゃんに会いに来たこと...たくみくんには言わないで....』
そうわたしに告げたミカさんの瞳は不安気に揺れていた
たくみのこと....好きなのかな...
たくみの....彼女なのかな....
そんな思いが頭を巡る
ショックだった
たくみに彼女がいた
イケメンで、意地悪なところもあるけど、優しいたくみ....
彼女がいてもおかしくないよね
でも....でも....っ
たくみは....たくみは....っ
たくみは...わたしの.....
もしかして....ひろしにも彼女がいるのかな....
あれだけかっこいい2人だもん....
いない方がおかしいのかも....
今まで....どうして考えなかったんだろう
2人にはわたしの知らない人たちと、わたしの知らない場所で過ごす、わたしの知らない時間があるのに....
2人が...いつも一緒にいてくれるから....
いつも優しいから....
2人がわたしにとって特別なのと同じように....
2人にとってもわたしが特別なんだと....思い込んでた....
違ったの....?
2人には彼女が....いるの....?
2人には....わたしよりも大事に思う存在がいるの...?
まるで世界中の人から拒絶されでもしたかのような孤独感に襲われる
必死で気持ちを切り替えて授業に集中しようと試みるも、それは全て無駄な努力に終わった
その日
塾が終わると、わたしはたくみとひろしの迎えを待たずにふらふらと塾を出た
2人に真相を確かめてみようなんて思いつきもしなかった
今まで大切にしてきた3人だけの優しく甘い空間が突然猛吹雪に襲われたような感覚に血の気が引いていた
ふらふらと歩き続けて、どのくらい経ったのか
暗闇の中、段差に足を取られてつまづき、ふと我に返る
ここは...どこだろう?
住み慣れた街のどこかでも、この暗闇の中では自分がどこに来てしまったのか、見当もつかない
つまづいた拍子に足も痛めていた
はぁ....
わたしは小さくため息をついて辺りを見回す
少し離れたところにチカチカと点滅している薄暗い街灯があり、その下には古ぼけたベンチが一つ
わたしは足を引き摺りながらベンチまで歩き、そこに腰を下ろした
スマホを取り出し、光る画面をぼんやりと見つめる
時刻は23:15
もう、1時間以上も彷徨っていたのか....
スマホは塾でマナーモードにして以来、そのままだった
きっと、マナーモードを切った瞬間、たくみとひろしから連絡があるんだろうな....
心配...してるだろうな...
警察に連絡...とかしてないよね....?
2人に連絡を入れるべきなのはわかってはいる
でも....手が動かない
今は....2人の顔を....見たくない....
でも....心のどこかで確信していた
2人がわたしを見つけてくれることを
なんて自分勝手なんだろう
なんてわがままなんだろう
わたしが2人の事を想う気持ちと同じように2人もわたしを想ってくれていると勘違いしていたことも
2人の優しさに甘え、それを当たり前のことのように受け取っていたことも
全ての思い込みが情けなく恥ずかしかった
もしも...もしも2人に彼女がいるのなら....
おめでとうって....よかったねって....言ってあげるべきなのはわかってた
本当に2人の事が好きなら....2人の幸せを願うのが正しい事だと....頭ではわかってる
でも....できないよ、わたしが....わたしだけが、2人の特別でありたいのに....
わがままなのはわかってる....
わかってるけど....っ
ベンチの上で両膝を抱いて顔を伏せた
いつのまにかうとうとと眠ってしまっていたらしい
遠くでわたしを呼ぶ声がした気がして途切れていた意識がゆっくりと浮上する
「「ゆいこっ!!」」
わたしを呼ぶ声と共に、大きな物体がわたしの体を包み込んだ
その声と香りでその正体を察したわたしはそっと2人の背に腕を回す
「たくみ...ひろし....」
何も言わずにわたしを抱きしめた2人の胸からはドクンドクンと大きく速く暴れる鼓動の音が響いて来た
「ゆいこ....ケガは?なんともない?」
そっと腕の力を緩めてわたしを覗き込んで、ひろしが心配そうに眉を寄せる
さっき痛めた足首が気になったが、痛みはそれほどでもない
きっと歩けないほどではないだろう
「....大丈夫」
わたしの言葉に、ひろしが小さくうなづいて、立ち上がるとスマホを取り出した
「.....あ、もしもし、俺です、....はい、ゆいこ無事見つけました....大丈夫です、これから帰ります....はい」
スマホを耳に押し当てるひろしの手が震えていた
おそらく電話の相手はわたしの親だろう
一旦通話を切り、またもう一度、今度はひろしのご両親だろうか
同じように隣で通話するたくみの姿もぼんやりと眺めた
ふと自分のスマホを見ると午前3時を回っていた
自分がかけたであろう多大なる心配と迷惑にまた自己嫌悪で俯いた
通話を終えて一息ついた2人が、わたしの両脇に腰を下ろす
「.....ゆいこ」
ひろしが優しくわたしを呼ぶ
「ごめんなさい....」
わたしの謝罪をひろしの優しい声が遮った
「塾で何かあった?」
無言でブンブンを首を横に振る
「....勉強嫌になった?」
また激しく首を横に振る
「違うの...そんなんじゃなくて...わたし...2人に謝らなきゃ....」
「ゆいこ?」
「.....ごめん....なさい....わたしずっとずっと2人に迷惑ばっかりかけてて....」
言いながら涙が頬を伝う
声が震えないように歯を食いしばりながら言葉を紡いだ
「わたし....わたしね、2人のことが大好きなの....ずっとずっとそばにいたいの....でも2人には2人の人生があって....わたしの知らないお友達とか.....か....彼女....とかもいて....でもわたしそんなこと考えもしないで、ずっとわたしの気持ち押し付けて来たなって...たくみとひろしが優しいから....それに甘えて、2人の気持ちなんて本気で考えたこともなかったのかもしれないって思ったら.....2人の事好きなのに....大好きなのに....申し訳なくて....でも2人に彼女がいるなんて受け入れられなくて....どうしたらいいのかわからなくなって...」
「ちょ、ちょっと!まて、ゆいこ」
一方的に捲し立てるわたしをたくみが慌てて遮った
「落ち着け、ゆいこ」
「ゆいこ、一旦深呼吸して」
ひろしがわたしの背中を優しくさすってくれる
「ゆいこ、オレらがいつ迷惑だって言った?」
「...だって、塾のお迎え、もう4年もずっとしてくれてるし....たくみもひろしも部活とか友達との約束とか....色々忙しいのに....今夜だって....迷惑ばっかりかけてごめんなさい....」
「俺らがしたくてしてるんだよ、ゆいこ」
「ひろしの言う通りだ。誰も無理にやってるわけじゃないし....そうでもしないと...お前に会えないから...」
たくみの声が小さくなる
「たくみ?」
「それにっ!彼女ってなんだよ?」
「....ゆいこ?誰に何を聞いたのか知らないけど、ゆいこがいるのに、彼女なんて作るわけないだろ?」
「で、でも、わたしが勝手に2人の事好きなだけで、2人は....たくみもひろしも他に....好きな人いるでしょ....?」
「だからっ!どこでそうなったんだよ?オレは....っ、ゆいこがいれば、彼女なんて....作る気ねぇからっ」
「たくみ....?」
「ゆいこ、勝手に、じゃないよ。俺は...いや、俺も、たくみも、ゆいこのことずっと好きだよ」
2人の顔を交互に眺める
耳まで真っ赤になってそっぽを向きながらも、優しく手を握ってくれるたくみと
頭をそっと撫でてくれながら優しく微笑むひろし
胸が痛いくらいの幸福感で満たされて行くのを感じた
「....なにも心配する事なんてない。オレは....じゃなくて、オレもひろしも。....ずっとお前のそばにいる。だから...泣いてんじゃねぇよ」
「たくみ...」
「....昔....約束しただろ?俺が...俺らがゆいこをずっと守るって」
「ひろし...」
「....帰ろう、ゆいこ」
「一緒に、帰ろう」
「うん....っ」
わたしは2人の手をきゅっと握りしめた
初恋のあの日の約束は....今もずっとあの日のままだ




