【鳩】
知らない鳩が後ろから付いてくる。鬱陶しい。何度追い払っても必ず付いてくる。持ち前の阿呆らしさと嫌に輝く銀羽が余計に不協和を抱かせる。奴の目はキマっている。瞳孔が小さく絞られているせいか、血管まで見えそうだった。全く、残業上がりで苛立っているのにも関わらずこんな気違いにストーキングされるとは。こいつは暇なのだろうか。
段々と歩調を合わせてくる。不愉快だ。何故こんな容易に分かるような付け方をするのだろう。俺に気付いてほしいのか?厄介な気違いめ。自意識過剰なのも大概にしてほしい。少し歩調を速めてみるか。
全く変わらないじゃないか。ぴったりと付けて来やがる。ええい、畜生。こうなったら撒くまでだ。そこの角を曲がると公園の遊歩道に出る。あすこは視界が悪いからあの男も付けて来られるまい。どうだ。さすがのお前でもここは知らないだろう。実は裏道があるんだよ。木に覆われていて、日中でも見えないような所だが、俺は何度も通ってきた。さぁどうだ。
─────────────────
まだ居る。嫌な足音だ。カサカサと地面を擦るような、足で地面を掻くような音…。気持ちが悪い。首を前に突き出して近づいてくる。後ろに構えた手はいつでも広げられそうな角度で隠されている。
冷たい汗が背中を伝う。その度に奴が嗤うような気がした。喉に詰まる笑い声が余計に神経を逆撫でする。これじゃあ、まるで俺が追い詰められているようなものじゃないか。もう勘弁してくれ。足元がおぼつかなくなっている。ここはアイツのテリトリーだったのか。どうりでヒトが通りづらい訳だ。何度も通ったことがあるはずなのに、何故こんなにも進まないのかが分かった気がした。
そろそろ水が欲しい。もう一時間ほどこの逃避行を続けている。畜生、近づいて来やがった。あと5歩で俺の隣に並ぶ。もう限界だ。歩けない。そうだ、撒くのは諦めて、逆に俺が問い詰めれば良いのだ。
男は後ろを振り返る。
後ろにいる鳩に声を荒げて問う。
「何をそんなに付け回す必要があるんだ。君は一体何なんだね。そんなにも俺の事が気になるのか」
鳩は首を傾げて鳴く。何にも知らない目。或いは男を憐れむ目で見つめる。
「君、何とか言ったらどうだね。君は変だ。気違いは精神病院へ行きなさい。早く夢から覚めなさい」
鳩は鳴く。問いに答えるように。
「全く、口も聞けやしないのか」
鳩は飛び去った。
「何故そこに突っ立っているままなんだ。早くここから去れ」
男はその後も問答を繰り返していた。
翌朝見つかったのは、散らばった髪と小さな枝が詰め込まれた靴だけだった。




