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知の鬼、爆笑

「そろそろ、見えてくるな。」


 エレクの言葉に、馬の脚がやや速くなる。そして視界に入ったのは、黒塗りの大円壁に囲まれた、巨大な都市。


 壁の高さはおよそ数十メートル。門も信じられないほどに大きく、上にも下にも見張りの門兵が彷徨いていた。


 「これが…」

 「カールマン伯爵領の都、城塞都市フリンデルだ。嬉しい反応だが、中には入ればもっと凄いぞ。」

  

 その規模感に、イツキも思わず呆けてしまう。山も確かに大きかったが、人工物となると話は別だ。


 早足となった馬のおかげで、門の前まで素直にたどり着く。エレクたちの着ている鎧、そこに刻まれた紋章を見て、門を開ける。


 「随分と早い帰還じゃねえか、団長。」

 「龍は既にいなかった。村も、現地の剣士が対応してくれていてな。我らの仕事はなかった。」

 「ほう?ってことは、そこの見慣れねえ兄ちゃんか。」


 門兵の男は、団長であるエレクに対してかなり失礼な言葉遣いだった。事実、あの女騎士から凄まじい威圧を感じる。


 「イツキ・ミカドと申します。」

 「こりゃ丁寧にどうも。俺はガロスだ!もう辞めちまったが、そこのニーナと同じ服団体をやってたんだぜ?」

 「ニーナ…?」


 門兵は、女騎士を指差しながらケタケタと笑っていた。振り返ると、やはり冷たい視線。


 (副団長なのかこの人…自己紹介くらいしてくれよ、失礼な態度なんて取ったら、物理的に首が飛びそうだ…)


 いや、そんなことはしないけども。

 少し焦りつつも、ガロスが開けた門を通る。


 「さぁ、存分に感じてくれ。これが――――」


 穏やかな、しかし確かな熱を持った風。

 耳に触れるのは喧騒、人々の営み。

 レンガ造りの家々、露店を営む商人、武器を担ぐ冒険者。


 

 「―――――フリンデル。《《冒険者の聖地》》だ。」



 息を呑み、目を見開く。肌がピリピリして、数秒経つ頃に、ようやく情けなく空いていた口を閉じることができた。


 (っはは、綺麗だ、本当に…)


 素直に、感動していた。

 この世界は、楽しい事と同じくらい、辛いことで溢れていた。人間の醜さも、自分の弱さもたくさん知った。


 だが、この発展した都市もまた、そんな人間が作ったのだ。積み重ねて、歩み寄って、手を取り合って出来たのだ。


 「…美しい、街ですね。」

 「そう言ってもらえて何よりだ。よし、領主様の屋敷に向かうぞ。」


 零した感想に、微笑むエレク。屋敷へ向かう最中も、イツキの顔はきっと、珍しくもだらしなかっただろう。


 「ニーナを残し、他は騎士団へ戻れ。全体へ任務の報告をした後、街の巡回に入りなさい。」

 「「「「イエス・マスター」」」」


 団長として、毅然とした態度の命令。騎士たちはさっと動き出した。


 また、たどり着いた屋敷も、一言で表すのが勿体ないほど大きく、綺麗だった。どこか質素さを感じさせ、貴族の性格が出ているのだろう。

 

 「あの…領主様は、どんな方なのですか?」

 「優しい人だぞ。知に優れ、その采配と投資の嗅覚で伯爵家を支える御方だ。」

 「文官なのですか。なら、僕も相応の振る舞いをしないといけませんね。」

 「っはは。山出身の剣士に、社交会の作法を求めるような御方では無いぞ。安心してくれ。」


 そして、屋敷の中に足を踏み入れる。

 広がったのは、白と青を基調とした玄関。二階へ続く階段が両端にあり、最奥の壁画には国王が祀られている。


 スタスタと歩いていき、向かうのは最上階の中央。他の一室より、少しだけ重厚な雰囲気を持つ扉にエレクが手をかける。

 

 「アンドリー様。中央騎士団長エレク・ブレスコット、帰還致しました。」

 「入れ。」


 そして、開かれる。

 中はそこまで広いわけでもなく、書庫や資料が仕舞われている棚に囲われ、奥には執務室らしく机が置かれている。


 そこには、一人の男が座っていた。

 

 「通信結晶で連絡しました通り、龍を退けた騎士スノウの弟子であり、村の復興に助力したイツキ・ミカドよ連れて参りました。」


 「…あぁ、ご苦労。危険な任務、帰ってきてくれて何よりだ。」


 背丈は小さく、175程度のイツキより頭一つ小さい。筋肉もあまりなく、見た目から感じる強さはまるでないと言っていい。


 しかし、その目から、並々ならぬ覇気を放っていた。視線で射抜かれたイツキは、思わず片膝を地面に着く。


 「お招きいただき、光栄の至りでございます。私はイツキ・ミカド、騎士スノウの弟子ですが、未だ未熟の身、騎士ではありません。」

 「頭を上げよ。呼び出したのは我だ、畏まる必要もない。」


 言葉に応じ、再びその瞳を見つめる。深い、とても深い絶望と力強さを併せ持つ、大海のような青の瞳だった。


 「我がカールマン伯爵家8代目当主、アンドリー・レイバック・カールマンである。龍討伐、村落復興については把握している。誠に、大義であった。」


 身体を芯から揺らすような、痺れるような声。何の魔力も込められていない、ただの言葉だが、不思議な魅力がある。


 「働きには、相応の褒美を与えるのが我のやり方だ。イツキ・ミカド、そなたに金貨百五十枚を授けよう。」


 その言葉に、『騎士』として一切揺るがぬ鉄仮面を被っていたイツキの表情にヒビがはいる。

 金貨百五十枚。平民が、フルタイムで十年働いてようやく得られるような金額だった。


 だが、これを拒否することは、領主への不敬になることもある。故に、あくまで焦っていないですよ、というポーカーフェイスのもと口を開く。


 「有り難く、頂戴いたします。しかし、そのうち百枚は、エリオール村へ寄付させてください。」

 「…ほう?手放すというのか?」

 

 見定めるような、もしくは射殺すような、鋭い眼光。ちょっとだけ気圧されながらも、本心を告げた。


 「私はこれから、冒険者として活動していくつもりです。自分の力で稼ぎ、生きる力があります。ですが、彼等は護り手を失った村人です。百枚もあれば、高等な魔除けの宝石でも買えるでしょう。」


 そして、あの場所は、自分の故郷だ。

 なら、少しくらい恩返ししたいと思うのは、当然のことだと思う。


 「本当に良いのか?冒険者になると言っても、彼等とて武器の整備、消耗品の補充、金銭はいくらあっても足りない。」

 「それでも、私が選んだ道で、私のやりたい事です。文句など、あろうはずもございません。」

 「では、最後に問おう。…お主は、なぜ剣の道を選ぶ?」


 剣も持たず、魔力もなく、ひ弱な男。しかし、伯爵から放たれる圧が大きくなり、まるで嵐の中にいるようだった。


 しかし、その問いは、何度も何度も、自分に投げかけ、答え続けてきたものだ。

 脳裏に過るのは、八年前。自分の原点であり、剣の格好良さを知ったあの日。


 

 「幼き自分に、偉大な師に、後悔と憧憬に、恥じぬ己である為、剣を選んだのです。」



 なぜ、赤の他人を、嫌われた相手を守るのか。スノウは言った。守れない自分は嫌だと、夢を抱いたあの日の自分に、恥ずかしい背中を見せたくないのだと。


 それは、道理だと思った。

 そんな偉大な師に期待され、託された。

 ならば、もはや止まることなど、誰よりも自分が許さない。


 キッパリと言い放ったイツキに、少し驚いた様子のエレク。相変わらず無表情の女騎士。沈黙が降りた瞬間…


 「だーはっはっはっ!!!!」


 カールマン伯爵の、でかすぎる笑い声が屋敷中に響いた。怖かった顔も笑みに染まり、威圧感など欠片もない。


 「お主、本当に若者かぁ?今どきそんなクサいセリフ、我の娘でも言わんぞ!!真面目にもほどがあるだろう!!」

 「アンドリー様…あまり、人の決意を笑うものではないですぞ。」

 「褒めておるのだエレク!!全く、久し振りに気持ちの良い騎士を見つけてしまった!!」


 椅子から勢いよく立ち上がり、片膝を着くイツキに歩みよる伯爵。肩に優しく手を置き、立ち上がらせた。


 「え、えと、これは…」

 「なぁ、我はうんざりしておったのだ。どいつもこいつも、金と武の為に生きる騎士ばかり。違うだろう?騎士とは、スノウ様のように、絶望に笑顔で立ち向かう者のことだろう!?」


 声がデカい。テンションも高い。先ほどまでと本当に同一人物か?と疑うイツキ。


 「いやはや、爆笑だ。最高だ。イツキよ、我の騎士にならないか?」

 「あっ、それはお断りします。」

 「だろうなっ!!しかし、惜しい!」


 困惑するイツキを、エレクが憐れみを含んだ目で見つめる。


 「アンドリー様は、このような人なのだ。冷徹伯爵、敏腕貴族、知の鬼。そのように言われてはいるが…」

 「我とて、幼き頃は騎士を目指していたのだよ。しかし、才能がなくてな。すぐにあきらめてしまった。今になっては後悔などないが、故にお主のようなクサくて真っすぐな若者は大好きだ。」

 「は、はぁ…」


 なんだこの空気は、とあまり口をひらけないイツキだったが、わかることもある。この伯爵は、とびっきりの善人だ。


 アンドリーは紙を取り出す。ささっとペンを走らせ、領主としての印を押す。


 「ほれ、お主の身分証明書だ。これがあれば、冒険者ギルドの試験も受けられるだろう。」

 「ほ、本当ですか!?」

 「なに、ささやかな礼よ。実際、我は胃がやられておった。大迷宮の活性化、増え続ける怪我人、そして古代龍だ。久々に秘蔵っ子のワインを開けてしまったよ。」


 遠い目をするアンドリー。うん、大変そうだ。聞いていた限りの話だけでも、この領は幸運と不幸が大量にある。ある意味、バランスは取れていた。


 「何かあったらまた顔を出すが良い。お主なら歓迎しよう。」

 「ぜひ、またの機会があればよろしくお願いします。」

 

 頭を今一度下げ、後退する。エレクはまだ今回の任務の報告をするようで執務室にのこったので、一人で部屋を出る。


 (大貴族特有の覇気はあったけど、凄く良い人だったな…)


 冷や汗をかいた背中を思うも、あれだけ褒められると気分も良くなるものだ。さて、暇な時間に今後の予定でも立てようか、と振り返る。


 「はっ?」


 その瞬間、身体が《《浮く》》。

 

 比喩ではない。物理的に、地から足が離れて、開けられた窓から、風のような何かによって外に運び出される。


 降ろされた先は、花どころか草の一つもないような荒地。綺麗に整えられた屋敷内で、めちゃくちゃ目立つ大庭。


 そこに、犯人はいた。


 

 「私の庭へようこそ、パパのお客さん!」



 金色の長髪を風に靡かせ、まだ二十歳にもなっていないような少女が微笑んだ。

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