表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

故郷

「ここなら、落ち着いて話せるでしょう。」

 「済まないな、あのような無礼に場所まで提供してもらうなど。」

 「正直、気には障りましたが、師匠の話を聞きたいですから。あの人、あまり自分のことを話しませんし。」

 「ふっ、確かに。そういうお方だったな。」


 村人たちに迷惑をかけぬよう、山上の家へと舞い戻り、リビングの机で向き合う。手狭な家のため、団長のエレクと補佐の騎士以外の八人は外で待機だ。


 茶菓子も出せなかったが、話は手短に終わらせたい。


 「師匠の話も気になりますが…まずは、事の顛末から聞いてもよろしいですか?」

 「勿論だ。とは言っても、古代龍の出現を耳にした領主様が、調査と"撃退"を我々に命じ、参じただけのことだがな。」

 

 軽々しく口に出される撃退の一言。ソレは、スノウが命を懸けて成し遂げるレベルの事だ。

 だが、この男ならば出来る。そう確信を抱かせるほど、エレクという男の覇気は凄まじかった。


 「龍が現れたのは二ヶ月前の事です。今更になって、という気持ちもありますが。」

 「尤もな意見だ、理由は単純。古代龍に対抗できうる私と副団長が、《《精霊祭》》の関係で王都に拘束されていたせいだ。」

 「精霊祭…あぁ、新年のことですね。」


 精霊祭。所謂、この世界でいうハッピーニューイヤーのことだ。世界の理を支配する『精霊』に感謝を捧げ、1年の安寧を願う祭り。それには国王や大貴族は勿論、実際に『精霊』を招くため、途中離脱など出来るはずもない。


 「とはいえ、復興を手伝えなかったこと、申し訳無く思う。そして感謝する、貴殿がいなければ村は壊滅していただろう。」

 「龍を退けたのは師匠です。僕は…何の力にも、なれませんでした。」

 「倒した後の話だ。騎士の魔力がなければ、ここまで急速な畑と家屋の修復は不可能。餓死か魔獣に襲われて食い殺されるか、ろくな結末にならなかったはずだ。」


 そこで一区切りをつけ、お茶だけ飲み干すエレク。そして、話を切り替えた。


 「さて、スノウ様の話を、と行きたいところだが…」

 「団長、ただでさえ今の伯爵領は《《大迷宮》》の活性化にあります。個人的な話は、馬車の中ですれば良いかと。」

 「とのことだ。まずは今後の話から始めてもよろしいか?」

 「構いませんよ。…まぁ、何となく予想はついていますが。」


 補佐として残った騎士は、金髪と翡翠の瞳が特徴的な女騎士だった。冷徹、理性的、合理性を感じさせる声音といえる。少し怖い。イツキはこういう女性が苦手であった。


 「領主様から与えられた任務は大きく分けて二つ。龍の調査と撃退、そして。もし《《龍を退けた人物》》が居たならば、領主邸へ《《お招き》》することだ。」

 「お招き…ですか。」


 スノウはこの8年で、イツキに色々な教育を叩き込んでいた。その中には、貴族社会で生き抜くための知恵もある。


 王族、貴族の言う『お招き』とはつまり、絶対に連れてこいという意味なのだ。


 「安心しろ、我等が領主様は人徳に厚い御方だ。呼び立てる理由も、報酬を与え、あわよくば騎士として取り立てるためであろう。」

 「ならば良いのですが…でも、そういう話ならば残念な返答をしなければいけません。」

 「ほう…それはなぜ?」

 

 「今はまだ、《《一人のため》》の騎士になるわけにはいかないので。」


 エレクの実力に、補佐騎士の視線に少し怯えていたイツキが、毅然と言い放つ。その堂々とした態度に、エレクは嬉しそうに口角を上げた。


 「良い顔だ。まさか、このような辺境に貴殿のような《《騎士》》がいるとは思っていなかった。」

 「まだ成長途中の未熟者です。それで、これから僕はどうすれば良いですか?」

 「そうだな。訳あって、いま我が領は危機に瀕している。今夜にでも村を発ち、領主様のおわす都―――フリンデルに向かいたい。」

 「分かりました。村人たちへの周知、旅立ちの準備をしたいので時間をもらっても?」

 「構わないが…随分と、早い決断だな。ここは、貴殿の故郷なのだろう?」


 意外そうな表情のエレクに、席を立ち上がりながら答える。


 「故郷だから、ですよ。いつか僕が、胸を張れる騎士になれたときに、いずれ帰ってくる場所ですから。」


 これから歩む道は、きっと茨だ。

 誰を敵とするか、誰を善とするか、明確な基準もなく、『騎士』として誇れる自分になるための旅。石を投げられることも、迷い躓くこともあるだろう。


 だが、決して止まらない。そして、必ずこの地へ帰ってくる。


 そんな決意を、先ほどの師匠との対話で固めていた。


 「…っふ、つくづく、若者らしくない男だ、貴殿は。」

 「師匠にも、よく言われましたよ。」


 冷静、理性的。それは、イツキの本領であった。



      ◯



 

 「えっ…!?イツキさん、村を出ていっちゃうんですか!?」

 「嘘だろおい!?まだ、何の礼もできてねえってのに…」


 エレクたちとの話を終え、農作業に勤しむ村人たちに話を通す。すると、あっという間に人は集まり、十人十色の反応を見せた。


 レオルのように、イツキの別れを惜しむ者。

 ヘリムスのように、イツキへの申し訳なさを抱える者。


 そして、未だ、イツキに複雑な感情を抱える大人たち。


 (…やはり、子を奪われた怨みは、簡単に覆せるものではないな。)


 その大人は、女性がすべてを占めていた。それも、かつて魔人の余所者に食料を奪われ、自分の子を失った母親たちだ。


 「…ごめん、イツキ。俺は、君に何かをあげられるような、凄い人間じゃないから、『頑張れ』なんて月並みな言葉しか、言えない。」

 「それだけで充分だ、ヘリムス。ありがとう。」


 拳を握りしめ、うつむくヘリムス。確かに、ヘリムスは謝罪こそすれど、復興ではイツキに助けてもらいっぱなしだった。


 だが、かつては忌み嫌い、遠ざけ、蔑んだ相手に、心からの応援を送る。それだけのことが、イツキはとても嬉しかった。


 世話になった人、世話をした子ども。別れを惜しむ者もそうでない者にも、目を合わせ、身を翻す。



 「―――――――待って、ください。」


 

 絞り出すような、苦しむような、か細い糸のような女性の声。何度も、何度も。敵意と共に向けられてきた声。


 ゆっくりと、振り返る。

 銅のように輝く赤茶の長髪、子を餓死させてしまった、母親の一人。


 そんな彼女が、汗を流して、喉をつまらせながら、濁りの中で光を宿す瞳でイツキを見る。


 そして、深々と、頭を下げた。


 「ごめんなさい…今でも、貴方のことを、受け入れることは、できていません…っ、でも、いつか、きっと…!!」


 女は、余所者を心の底から嫌っていた。なぜ、あの魔人が生きて自分の娘が死ななければならなかったのか、今でも腸が煮えくり返る。


 それでも、奴とイツキが違うことは、わかっていた。わかっていたけれど、身を焦がす憤怒が、認められなかった。


 だが、この2カ月でイツキの優しさを、人間としての格好良さを知った。だから、認めたいと、許したいと願った。


 (自分を正当化しないで…彼に、酷いことをしたことだけを、詫びようと思ったのに…)


 それでも、この言葉だけは、伝えなければいけない。


 「貴方と、笑ってお話をしたい!だから、必ず帰ってきて、下さい…!!」


 自分勝手、謝罪で楽になろうとしている。相変わらずの自分かわいさに、吐き気がでそうだ。


 しかし、ゆっくりと顔を上げると、そこには…


 「僕の好物は、塩気の強いナッツと、蒸留酒です。…期待、しておきますね。」


 『騎士』でも、『余所者』でもない。ただの、三門樹だけが、いた。薄く微笑み、約束だと言わんばかりに小指を立てる彼に、歩み寄る。


 恐る恐る小指を交わすと、力強く握られる。そして、情けなくも涙が溢れた。


 「はいっ…!!特上のものを、用意しておきます…!!」

 

 泣き崩れる彼女を、夫である村人が肩を貸して戻っていった。そして、イツキは再び歩き出す。エレクが用意してくれた馬に乗り込む。


 (…この村は、証だ。誰であろうと、どんな差別や偏見があろうと。歩み寄り、理解しようとする心さえあれば、手を取り合える証だ。)


 きっと、この光景こそが、自分の創るべきもので、守るべきものだ。心地良い気分のまま、馬に合図を出そうとする。


 …その時、木陰に、白銀の騎士が、見えたような気がする。


 『家を出る時は、なんて言うんだい?』

 

 そして、そう口にした。それは、生前のスノウにもよく言われた言葉だ。


 だから、大きく息を吸い込み、冷静沈着なイツキらしからぬ大声を出す。


 

 「――――――いってきます!!」



 バシン。馬を叩き、歩き、走り出す。背中から聞こえるのは、応援と無事を祈る言葉たち。


 八年と、二ヶ月。

 色々なものを得て、喪って、繋げてくれた故郷を、旅立った。


 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ