故郷
「ここなら、落ち着いて話せるでしょう。」
「済まないな、あのような無礼に場所まで提供してもらうなど。」
「正直、気には障りましたが、師匠の話を聞きたいですから。あの人、あまり自分のことを話しませんし。」
「ふっ、確かに。そういうお方だったな。」
村人たちに迷惑をかけぬよう、山上の家へと舞い戻り、リビングの机で向き合う。手狭な家のため、団長のエレクと補佐の騎士以外の八人は外で待機だ。
茶菓子も出せなかったが、話は手短に終わらせたい。
「師匠の話も気になりますが…まずは、事の顛末から聞いてもよろしいですか?」
「勿論だ。とは言っても、古代龍の出現を耳にした領主様が、調査と"撃退"を我々に命じ、参じただけのことだがな。」
軽々しく口に出される撃退の一言。ソレは、スノウが命を懸けて成し遂げるレベルの事だ。
だが、この男ならば出来る。そう確信を抱かせるほど、エレクという男の覇気は凄まじかった。
「龍が現れたのは二ヶ月前の事です。今更になって、という気持ちもありますが。」
「尤もな意見だ、理由は単純。古代龍に対抗できうる私と副団長が、《《精霊祭》》の関係で王都に拘束されていたせいだ。」
「精霊祭…あぁ、新年のことですね。」
精霊祭。所謂、この世界でいうハッピーニューイヤーのことだ。世界の理を支配する『精霊』に感謝を捧げ、1年の安寧を願う祭り。それには国王や大貴族は勿論、実際に『精霊』を招くため、途中離脱など出来るはずもない。
「とはいえ、復興を手伝えなかったこと、申し訳無く思う。そして感謝する、貴殿がいなければ村は壊滅していただろう。」
「龍を退けたのは師匠です。僕は…何の力にも、なれませんでした。」
「倒した後の話だ。騎士の魔力がなければ、ここまで急速な畑と家屋の修復は不可能。餓死か魔獣に襲われて食い殺されるか、ろくな結末にならなかったはずだ。」
そこで一区切りをつけ、お茶だけ飲み干すエレク。そして、話を切り替えた。
「さて、スノウ様の話を、と行きたいところだが…」
「団長、ただでさえ今の伯爵領は《《大迷宮》》の活性化にあります。個人的な話は、馬車の中ですれば良いかと。」
「とのことだ。まずは今後の話から始めてもよろしいか?」
「構いませんよ。…まぁ、何となく予想はついていますが。」
補佐として残った騎士は、金髪と翡翠の瞳が特徴的な女騎士だった。冷徹、理性的、合理性を感じさせる声音といえる。少し怖い。イツキはこういう女性が苦手であった。
「領主様から与えられた任務は大きく分けて二つ。龍の調査と撃退、そして。もし《《龍を退けた人物》》が居たならば、領主邸へ《《お招き》》することだ。」
「お招き…ですか。」
スノウはこの8年で、イツキに色々な教育を叩き込んでいた。その中には、貴族社会で生き抜くための知恵もある。
王族、貴族の言う『お招き』とはつまり、絶対に連れてこいという意味なのだ。
「安心しろ、我等が領主様は人徳に厚い御方だ。呼び立てる理由も、報酬を与え、あわよくば騎士として取り立てるためであろう。」
「ならば良いのですが…でも、そういう話ならば残念な返答をしなければいけません。」
「ほう…それはなぜ?」
「今はまだ、《《一人のため》》の騎士になるわけにはいかないので。」
エレクの実力に、補佐騎士の視線に少し怯えていたイツキが、毅然と言い放つ。その堂々とした態度に、エレクは嬉しそうに口角を上げた。
「良い顔だ。まさか、このような辺境に貴殿のような《《騎士》》がいるとは思っていなかった。」
「まだ成長途中の未熟者です。それで、これから僕はどうすれば良いですか?」
「そうだな。訳あって、いま我が領は危機に瀕している。今夜にでも村を発ち、領主様のおわす都―――フリンデルに向かいたい。」
「分かりました。村人たちへの周知、旅立ちの準備をしたいので時間をもらっても?」
「構わないが…随分と、早い決断だな。ここは、貴殿の故郷なのだろう?」
意外そうな表情のエレクに、席を立ち上がりながら答える。
「故郷だから、ですよ。いつか僕が、胸を張れる騎士になれたときに、いずれ帰ってくる場所ですから。」
これから歩む道は、きっと茨だ。
誰を敵とするか、誰を善とするか、明確な基準もなく、『騎士』として誇れる自分になるための旅。石を投げられることも、迷い躓くこともあるだろう。
だが、決して止まらない。そして、必ずこの地へ帰ってくる。
そんな決意を、先ほどの師匠との対話で固めていた。
「…っふ、つくづく、若者らしくない男だ、貴殿は。」
「師匠にも、よく言われましたよ。」
冷静、理性的。それは、イツキの本領であった。
◯
「えっ…!?イツキさん、村を出ていっちゃうんですか!?」
「嘘だろおい!?まだ、何の礼もできてねえってのに…」
エレクたちとの話を終え、農作業に勤しむ村人たちに話を通す。すると、あっという間に人は集まり、十人十色の反応を見せた。
レオルのように、イツキの別れを惜しむ者。
ヘリムスのように、イツキへの申し訳なさを抱える者。
そして、未だ、イツキに複雑な感情を抱える大人たち。
(…やはり、子を奪われた怨みは、簡単に覆せるものではないな。)
その大人は、女性がすべてを占めていた。それも、かつて魔人の余所者に食料を奪われ、自分の子を失った母親たちだ。
「…ごめん、イツキ。俺は、君に何かをあげられるような、凄い人間じゃないから、『頑張れ』なんて月並みな言葉しか、言えない。」
「それだけで充分だ、ヘリムス。ありがとう。」
拳を握りしめ、うつむくヘリムス。確かに、ヘリムスは謝罪こそすれど、復興ではイツキに助けてもらいっぱなしだった。
だが、かつては忌み嫌い、遠ざけ、蔑んだ相手に、心からの応援を送る。それだけのことが、イツキはとても嬉しかった。
世話になった人、世話をした子ども。別れを惜しむ者もそうでない者にも、目を合わせ、身を翻す。
「―――――――待って、ください。」
絞り出すような、苦しむような、か細い糸のような女性の声。何度も、何度も。敵意と共に向けられてきた声。
ゆっくりと、振り返る。
銅のように輝く赤茶の長髪、子を餓死させてしまった、母親の一人。
そんな彼女が、汗を流して、喉をつまらせながら、濁りの中で光を宿す瞳でイツキを見る。
そして、深々と、頭を下げた。
「ごめんなさい…今でも、貴方のことを、受け入れることは、できていません…っ、でも、いつか、きっと…!!」
女は、余所者を心の底から嫌っていた。なぜ、あの魔人が生きて自分の娘が死ななければならなかったのか、今でも腸が煮えくり返る。
それでも、奴とイツキが違うことは、わかっていた。わかっていたけれど、身を焦がす憤怒が、認められなかった。
だが、この2カ月でイツキの優しさを、人間としての格好良さを知った。だから、認めたいと、許したいと願った。
(自分を正当化しないで…彼に、酷いことをしたことだけを、詫びようと思ったのに…)
それでも、この言葉だけは、伝えなければいけない。
「貴方と、笑ってお話をしたい!だから、必ず帰ってきて、下さい…!!」
自分勝手、謝罪で楽になろうとしている。相変わらずの自分かわいさに、吐き気がでそうだ。
しかし、ゆっくりと顔を上げると、そこには…
「僕の好物は、塩気の強いナッツと、蒸留酒です。…期待、しておきますね。」
『騎士』でも、『余所者』でもない。ただの、三門樹だけが、いた。薄く微笑み、約束だと言わんばかりに小指を立てる彼に、歩み寄る。
恐る恐る小指を交わすと、力強く握られる。そして、情けなくも涙が溢れた。
「はいっ…!!特上のものを、用意しておきます…!!」
泣き崩れる彼女を、夫である村人が肩を貸して戻っていった。そして、イツキは再び歩き出す。エレクが用意してくれた馬に乗り込む。
(…この村は、証だ。誰であろうと、どんな差別や偏見があろうと。歩み寄り、理解しようとする心さえあれば、手を取り合える証だ。)
きっと、この光景こそが、自分の創るべきもので、守るべきものだ。心地良い気分のまま、馬に合図を出そうとする。
…その時、木陰に、白銀の騎士が、見えたような気がする。
『家を出る時は、なんて言うんだい?』
そして、そう口にした。それは、生前のスノウにもよく言われた言葉だ。
だから、大きく息を吸い込み、冷静沈着なイツキらしからぬ大声を出す。
「――――――いってきます!!」
バシン。馬を叩き、歩き、走り出す。背中から聞こえるのは、応援と無事を祈る言葉たち。
八年と、二ヶ月。
色々なものを得て、喪って、繋げてくれた故郷を、旅立った。




