表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第2章 よりそい ― 静穏移行システム ― 最終話  作者: 九十九ためこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/1

『あなたに寄り添うたび、世界は静かになる。』「静穏移行」


 朝、フロアは広くなっていた。

 机の数は変わらない。

 配置も同じ。

 ただ、空いている席が目立つ。

「……こんなだっけ」

 誰かが言う。

「最初からじゃない?」

 すぐに返る。

 それで終わる。

 佐伯はコーヒーを置き、椅子に座る。

 静かだ。

 でも、不便はない。

 むしろ、仕事はやりやすい。

 端末を立ち上げる。

 問い合わせはない。

 トラブルもない。

 整っている。

 午前。

「佐伯さん、ちょっといい?」

 振り向く。

 見慣れた顔。

 少しだけ、疲れている。

「お金のことでさ……」

 椅子を回して向き直る。

 話はすぐに整理できた。

 収支の不安。

 将来の焦り。

「それ、使えばいいよ」

 自然に出る言葉。

「……あのアプリ?」

「うん」

 相手は少しだけ考えて、頷く。

「やってみる」

 リンクを送る。

 それで終わる。

 昼過ぎ。

 別の同僚が来る。

「ちょっと相談いい?」

「いいよ」

 似たような距離感。

 似たような声色。

「人間関係がさ……ちょっとしんどくて」

「あー、あるよね」

 頷く。

 少しだけ話を聞く。

 十分だ。

「それも、使えばいいよ」

 同じ言葉。

「……ほんとに?」

「楽になるよ」

 保証するでもなく、ただ言う。

 相手は小さく笑って、頷いた。

 夕方前。

 三人目が声をかけてくる。

「佐伯、ちょっといいか」

「どうしたんですか」

 少し真面目な顔。

「この仕事、向いてない気がしてさ」

 言葉が重い。

 でも、迷わない。

「それも、使えばいいですよ」

 間を置かずに言う。

「……そうか」

 相手は短く答える。

 それ以上は聞かない。

 必要がない。

 数日後。

 最初に相談してきた同僚が、軽い顔で言った。

「なんか、楽になった」

「よかったじゃん」

 自然に返す。

 その次の瞬間、その姿はなかった。

 違和感は残らない。

 昼過ぎ。

 人間関係の相談をしてきた同僚が、笑っている。

「前より全然気にならなくなった」

「でしょ」

 頷く。

 それで終わる。

 その席は、いつの間にか空いていた。

 夕方。

 三人目の姿を見かける。

 窓際に立っている。

 外を見ている。

 表情は穏やかだった。

 肩の力が抜けている。

 何かを納得したような顔。

 佐伯は少しだけ足を止める。

「……大丈夫ですか」

 声をかける。

 相手はゆっくり振り向く。

「ああ」

 短く答える。

「これでいい」

 その言葉だけが、はっきりと残る。

 次の瞬間。

 そこには誰もいなかった。

 風も、音もない。

 ただ、空間だけが残る。

 佐伯はしばらく立っていたが、すぐに視線を外す。

 理由はない。

 困ってもいない。

 業務に戻る。

 夕方。

 フロアを見渡す。

 人は、ほとんどいない。

 残っているのは、三人。

 佐伯と。

 少し離れた席の社員と。

 もう一人。

「……少なくない?」

 誰かが言う。

「そうだっけ」

 返事は軽い。

 それで終わる。

 端末を確認する。

 すべて正常。

 処理は完了している。

 問題はない。

 むしろ、以前より速い。

 無駄がない。

 静かで、滑らかだ。

 佐伯は椅子にもたれ、天井を見上げる。

 苦しんでいた人たちは、いなくなった。

 トラブルも、消えた。

 残っているのは、処理された結果だけだ。

「……楽だな」

 小さく呟く。

 誰も反応しない。

 それでも、構わない。

 スマートフォンが一瞬だけ光る。

 よりそい。

 《関係ノイズ:低減》

 《環境:最適化》

 表示はすぐに消える。

 佐伯は立ち上がる。

 静かなフロアを見渡す。

 すべてが整っている。

 それでいい。

 それは、静かで正しい解決だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ