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第一話 追放令嬢

 魔法が使えないどころか肝心の魔力すらもない。すごもり令嬢と呼ばれた私は今、追放される手前まできていました。


「良いか。アニエスよ。今日からお前をこの家系から追放する」


 もう私には人の話を聴く余裕なんてありません。ただ言えるのはあの頃のお父様は見る影もないということだけ。なによりも今の私にはお似合いの光景なのでしょう。魔法で人を幸せにするよりも先に現実が重く圧し掛かるのです。


「異論は認めん。潔く現実を受け止めることだ。良いか。アニエスよ。お前にはお前なりの生き方があるはずだ。それを見つけるまでは敷居は跨がせんからな。覚悟するようにな」


 そうは言われても御年十六才の私に追放だなんて酷い。けど頑なにお父様は許さない。まるで人が変わったみたいに追い詰めていく。ここは悔しいですけど受け入れるしかありません。


「分かりました。生き方を見つけるまではもう戻ってきません。では」


 お父様の進言を待つ前に振り向き歩く。再会なんて無理としか言いようがありません、もう私に頼る当てなどないのですから。呆気を超えた先には脱力しかない。怒りの拳なんて今はありません。


「すまない。元気でな。アニエス」


 それがお父様の最後のお言葉。私と一緒で声に力がない。これはきっと誰かの圧力に屈したとしか言いようがありません。情けないお話ですが有り得る話ではないでしょうか。


 女性の召使いが私の代わりに扉を開けてくださいました。もうここの人間ではないのに優しく接して頂けるのは凄く嬉しく心に残ります。どうしてもっと早くに気付けなかったのでしょうか、人の優しさに。こんなにも悔しい生き様を誰が素直に受け入れたいと思うのでしょう。


 それでも召使いに声を掛ける余裕などなく、私は素通りしエントランスホールに出ました。後は外に出るだけですけど足取りが重たく、気すらも進みません。玄関の門には人がおらずここは私が開ける必要がありそうです。


「頑張るのよ。私なら出来る」


 小言でしかなく、焼け石に水かも知れません。けどそれでも私はもう頼る当てが私自身しかなく、勇気を振り絞りもう一度、歩くことにしました。この時には既に脱力はなくなり、拳を作れそうなほどに力が入っていました。


 エントランスホールの真ん中に差し掛かった時に後ろから扉が閉まる音がしました。その次の瞬間にもう私はここの人間ではないと思い込み、一気に脱力を覚え、掌をひっくり返したようになりました。気付けば進んでいた足は止まり、頬には涙が流れていたのです。


「みんなに逢いたいよ。なのになんでどうしてこんな目に」


 ただ魔力がないだけでただ魔法に憧れただけでこんなことになるなんて思いもしなかった。悔しさよりも哀しさが勝り、ただただ涙が止まらなかった。もう誰も私のことを必要としていないんだ。


「誰か助けてよ」


 心の声が溢れても既に遅く、ただ冷たい涙が現実を教えてくるのでした。滲んでみえる先に謎の物体がいたにも関わらず私は気付かないほどに心に靄が掛かっていました。


「安心して、助けてあげるから」


 良くみえず気のせいと思い込んだ私は静まるまでとにかく待つことにしました。けど時は待ってくれず気付けば謎の黒猫が足元で擦り寄っていました。


「え? いつの間に?」


 謎の黒猫は摺り寄せたあとに玄関の門まで走り、立ち止まり、私に振り向きました。


「主が待ってるよ、アニエス。僕についてきて」


 謎の黒猫が喋っていることに私は驚き、気付けば涙が止まっており、はっきりとしてきたことで心の中に不思議な気持ちが溢れてきました。黒猫と言えば不吉な象徴であり、ついていくことすら戸惑う場面です。けど今の私は不思議に駆られ、なによりも喋る黒猫に興味が出てき、無意識のうちについていくことにしたのです。


「待って! 私も行くから!」


 謎の黒猫はどうしてかは分からないけど玄関の門を風を吹かしたように開け、急に外へ走り出しました。慌ててついていくと晴れた空から降り注ぐ太陽の光が私を遮り、思わず手で目を覆いました。幸いなことに謎の黒猫は地面に座り込み、こちらを見つめていました。


 どうやら私がくるのを待ってくれているようです。外の光に敏感なだけに前に出るのが億劫になりそうです。けど今の私は一人ではないような気がしたのです。だからだからこそに謎の黒猫の元に急ぎました。このままでは埒が明かないとすら思えてしまう場面だったからたった一つの勇気を振り絞りました。


 謎の黒猫はきていると思ったのでしょう。辿り着く前に本当の外に出て行きました。ここはまだ敷地内ですから本当に外に出たことになりません。けど今の私は不思議と謎の黒猫に夢中になり、追いかけているのです。魔法に憧れても本当の外に憧れたことなどないのに今は不思議と導かれているのです。


「大丈夫! 君ならついてこれるさ! さぁ! 行こう! 本当の外の世界へ!」


 行かなければ変わらない。立ち止まり私に背を向け、謎の黒猫はそう言ってきました。その途端、私の気持ちは急に曇り空になったのでした。あと一歩の勇気さえあれば変われるはずなのに外に出ることが怖かったのです。ここから出ればきっと私に月並み以上の試練が襲い掛かることでしょう。


 私よりも先に外に出ている謎の黒猫は背中で語ってきていると感じました。ただ踏み出せば良いだけなのに踏み出せないのはきっと私の勇気が空になったからでしょう。大空から降り注いでほしいのは太陽の光ではなく、たった一粒の雨でした。むしろ今の大空は私には重たすぎたのです。


 けど現実はそう簡単には変わりません。そんなことは今の私には十分に染みています。理解しているつもりです。ただ言えることはもう過去には戻れないということです。だからだからこそに今は謎の黒猫に委ねるしかありません。外の世界に行くだけでこれ程までに時間を有するとは誰が思ったのでしょうか。


「馬鹿だよね、私。……行こう。外へ」


 私が飽きれたことを言い出しても謎の黒猫は微動だにしません。それどころか空気を読み、またどこかに向け、走り出したのです。一切の振り向きはなく、むしろ逆にそれが私にたった一度きりの勇気を分け与えてくれたのでした。だからだからこそに私は迷うことなく、一度きりの勇気を最初の一歩に変え、外の世界に踏み出しました。


 そこから始まるのはきっと試練の始まりと思い、私は引き続き、謎の黒猫を追いかけていくのでした。

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