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4 人の決断/独断

 太陽に潜む者は、産声をあげたばかりで、精神のみが存在している。

 それは、宇宙の子供。あとは体さえ整えばこの宇宙から飛び立ち、どこか遠い銀河、この宇宙からじゃ観測することができない場所に行く。

 それは太陽の出産。別に今回が初めてではない。過去に何度も起きている。そのたびにこの銀河は巨大な光線に見舞われ、大半の星は滅んだ。もちろん、僅かながら生き残る星もあるが。

 かつて、宇宙を渡る船の中で生命の光線を見た者達がいた。その生き物は性別の概念があり、およそ今の地球人と同じ仕組みで生きていたようだ。男女一人ずつ乗ったその船がまばゆい光に包まれる。その強大な光は閉じたまぶたを易々とすり抜け、意識に直接働きかけた。

 銀河が叫び声をあげる。球体が楕円に変わる。空間が歪み、近くの星々は歪みに吸い寄せられ、消える。その歪みに船が引き寄せられて行くのが分かる。新たな宇宙の生命が大きな翼を開くと、今までそれを育ててきた太陽が引き裂かれ、中から止めどなく血のようなものが溢れ出す。巨大な翼が一度はためくと、宇宙全体が揺れる。もう一度はためき、もう一度はためき、一定のリズムを刻みはじめる。次第に銀河の遠くに、虚無の空間が開いた。色も、距離もなにも無い虚無。巨大な翼を持った者は、その開いたばかりの虚無を抉じ開け、消える。およそ男に値する生き物はそいつを狂気の悪魔だと思い、女に値する生き物はそれを神秘の天使だと感じた。

 光線によって焼かれたその宇宙は、虚無が閉じる際の巨大な振動によって、壊滅した。

 そんな歴史があった。が、今、宇宙船に乗っている椎名も、伊澤も、瞳が緑色の宇宙人も、その他すべての生命も、知らない。知るすべもない。



「しらねぇよ。そんなもん」

 宇宙人の言葉に、伊澤が先に反応した。

「いいか、太陽になにがいるかは知らないがな、こっちは月を破壊すればいいんだよ。お前は俺たちを騙そうとしてるんだろ。ふざけやがって」

「いや、伊澤さん、もうちょっと冷静に考えましょう」

「てめぇ、ずっと宇宙人の肩を持ちやがって。寄生されてんのか?」

 椎名は伊澤の言葉に思わず仰け反った。そして睨みあう形になる。お互いに、亀裂は埋まらないことを直感していた。もし、家に帰ってゆっくりしてまた会うことがあれば、再び分かり合うことが、できたのかもしれないが。

 伊澤が浴びせた罵倒は、完全に二人の道は分けた。

「椎名 どうする?」

 宇宙人が問う。あとは、椎名がどうするのか。それだけだ。とはいっても、椎名の気持ちはすでに決まっている。

「俺は、宇宙人につく。詳しく話を聞きたい」

 伊澤は、顔を真っ赤にして震えた。

「裏切り者、てめぇは犯罪者だ。クソが、勝手にしろ」

 と呟いて、扉のほうに行く。椎名はなにか言おうとしたが、言葉が出てこない。伊澤の後ろ姿を見送ることしかできなかった。

「椎名」

 宇宙人が呼ぶ。振り返ると、頭の傘を満開に開いた。桃色に光っている。

「椎名 巨大な石に ご案内です」


 ここで爆発させるぞ。知るもんか。

 伊澤は覚悟を決めた。しかし、自爆をするわけではない。爆弾にタイマーをかけ、自分は緊急脱出用の為の小さな箱に乗って逃げるのだ。この緊急脱出用の箱、乗る、というよりはしまわれる、といったほうがしっくりくる。形も相まって、棺にしか見えないからだ。伊澤はこれを、地球への棺号と呼んだ。縁起の悪い言い方だが、緊急脱出装置よりは堅苦しくなくていいと思った。勿論冗談のつもりで棺なんて言っているが、だんだんと本当に棺なんじゃないかと不安になってくる。

 乗ってしまえば、後はやることをやって、地球に向かうだけ。地球に着くまでに命は持つだろうか。途中、隕石にぶつからないだろうか。酸素がなくなってしまうのではないか。温度には耐えられる? 速度には耐えられる?

 あの安っぽい紙でできた分厚い説明書を信じるしかなかった。後ろのほうにまとめられていた、三十ページにわたる、緊急時の退避方法。燃料が切れた際の、詳細な手引き。

 内容は、正直胡散臭かった。もし説明書が紙切れ一枚だったら、この地球への棺号を使おうなんて思えなかっただろう。説明書が分厚ければ分厚いほど信頼してしまう自分が嫌になった。

 そういえば、この船に乗ることになった時もそうだった。重役が何人もいる部屋に呼び出され、月の破壊作戦の内容がまとめられた分厚い指示書をもらった。一応、目を通した。が、これだけ内容があるのならと、あまり疑わずに快諾したのだ。

 おもえば、指示書というより契約書だったのかもしれない。契約書だったら、分厚いほど疑うのに。もしかすると、指示書の隅っこには、これは、月への片道切符ですよ、と遠回しに書いてあったのかもしれない。

 今更、そんなことはどうでも良いかと顔を叩いた。

 爆弾のタイマーは三十分後を示している。


 宇宙人と二人で、またバイクのような乗り物に乗っている。宇宙空間を自由に動くことができるこの乗り物は、目的地に引っ張られるように進む。揺れも全然感じない。快適な宇宙の旅だ。

 宇宙船を出る前に、宇宙人から頭の空洞の中の不恰好な苺のうちの一つを持たされた。これを持っていると、テレパシーのようなものが使えるらしい。といっても、もともと言語が違う為に、思ったことがすぐに伝わるなんてことは無い。

 それは思ったよりも硬かった。内蔵のように柔らかいと勝手に思っていたが、骨みたいだ。まぁ、あんなにすぐ手に取れる場所にあるのなら頑丈になるのは当然かと、変に納得した。

 今、その不恰好な苺は宇宙服の内側にあり、顔の周りで浮かんでいる。

 二人が向かっているのは、地球に覆いかぶさるあの巨大な石だ。途中、地球がよく見える場所で止まり、二人で景色を見た。どうやら宇宙人にも美しい景色を見て心を落ち着かせる時があるらしい。

「巨大な石 中の生物は 君を歓迎するよ もしくはその逆か どっちか分からないな 逆でも なにもしないよ 衣食住全部揃ってる。 特に関わらないだろうな みんな今は忙しくて精一杯なんだよな」

 椎名は不恰好な苺から流れる宇宙人の話をラジオ感覚で聞き流し、青い地球を眺めた。そして、宇宙船に乗る前に、髪を紅白に染めて、地球防衛の前祝いだと友達と騒いでたことを思い出していた。これからどうなるのだろう。あの石の中でうまくやっていけるかな。

 今まで、難しいことは考えてこなかった。前祝いに紙を赤と白に染めた時だって、宇宙に行きたいという理由だけでこの作戦に参加した時だって、ここにいる宇宙人とじゃんけんをした時だって、いつも楽しさとか、好奇心を優先してきた。とりわけ、今も難しいことは考えていない。けど、伊澤が別れ際にいった言葉を思い出した。裏切り者、犯罪者。

「椎名 椎名 椎名 椎名 椎名」

 サイレンのように自分の声が繰り返されている。

「どうしたの?」

「太陽の活動 活発だなぁ 今だよ」

 宇宙人は太陽の方を見ている。

「それって、さっき言ってた太陽の生き物のこと?」

「たぶん」

 短い言葉が流れた。バイクのような乗り物が動き出す。少しだけ速度を上げて。

 

 体は全く動けないほど固定されている。まるで真空パックだ。地球への棺号に入りスイッチを入れるとあっというまに圧縮された。固定してあるほうが安全らしいが、もうちょいなんとかしてくれよと、地球の開発者を呪った。動くのは顔と両手の指だけ。

 そのまま宇宙空間に投げ出される。目の前に着けられた丸窓から、広いのか狭いのかも分からない宇宙が見えた。気持ちは全く落ち着いていない。体を動かせないことがさらに不安を煽る。しかし不安になった所でどうすることもできない。入って一分ぐらいはがむしゃらに体を動かしていたが、体力を消耗するだけなのでやめた。

 口にはチューブを咥えている。口に入っている部分を噛むと、中から栄養満点のゲロみたいな流動食がゆっくり出てくるようになっている。体を固定されて二分後に試してみたが、二度と口にしないことを誓った。

 呼吸は基本、鼻だ。チューブを口から外せばいいのだが、手が使えない手前、もしチューブをまた咥えることができなかったら、と考えると、易々と外せない。

 この地球への棺号には、軌道修正用のロケットエンジンが乗っている。右手で方向を決めるボタンを押すと、勝手ににブーストしてくれる。ただ、何回ブーストをかけられるのかは分からない。

 宇宙船を飛び出てから、伊澤の頭の中に、残してきた家族、会社の上司たち、数少ない親友、他の全ての人間たちが浮かんだ。が、悲しくなるだけなので、なるべく考えないようする。そうすると次には、宇宙人と椎名の顔が浮かんだ。

 あの宇宙人の話は、嘘かもしれないし、事実かもしれない。ただ、椎名のように鵜呑みにしたってなにも始まらないだろうと思う。ましてや、易々と敵に寝返るなんて反逆者もいい所だ。自分の命が恋しくてなにが救世主といえよう。俺は地球を出発したその瞬間から、この命を地球のために使うと決めたんだ。

 月の破壊だけが救世主の仕事だろうか。もちろん最初はそうだったが、宇宙人の話を聞いた時点で話は変わってくるはずだ。

 もし、このまま地球に帰ったとしても、やったことは月を中途半端に破壊して、新たな問題を放置しただけで、こんなのなにもしてないのと一緒だろう。もし地球のみんなが許しても、俺が許さない。今、この宇宙で俺だけが、なにかできる。だから、なんとかしなくちゃいけない。たとえそれが悪あがきでも。

 伊澤は地球への棺号に乗る前に、あの宇宙人の話を録音機にまとめた。そして、録音しっぱなしで録音機を地球への棺号に一緒にしまった。あとは太陽まで行き、宇宙人の話の真相を見て、録音するだけだ。それを地球に持って帰る。なにか力になればいい。たぶん、距離を考えると自分の命は無いかもしれない。それでも、やると決めた。

 地球への棺号は、太陽に寄り道して地球へ向かう。


 巨大な石がずいぶん近くなってきた。太陽の光を反射してとても眩しい。

「君は月の見張りじゃないの?」

 椎名が聞くと、不恰好な苺から返事が響く。

「違うよ 月の 掃除係。 私が最後の一人だ。 他の人たちは 巨大な石に とっくに行ってるよ」

「え、そうだったんだ……」

 月には今、伊澤だけなのか。最後に見たあの背中が頭に浮かぶ。あれだけ広い世界に一人、生きることについて考えた。それは、あまりにも無意味で絶望的だ。

 伊澤を説得するべきだと思った。今から戻ってこう言おう。「スペースドッキリでした。まさか伊澤さんを置いていかないですよ」いや、これじゃまた怒らせるだけだな。言い方はまた考えるか。とりあえず、戻ろう。不恰好な苺にそのことを伝えようとした時、巨大な振動に揺られた。



 月の内部は蟻の巣のように、細い道と部屋の連なりで構成されている。壁は全て金属で表面加工してあり、湿度、温度共にコントロールがしやすくなっていたようだ。誰もいないある部屋で機械が誤作動をおこした頃、八個ある出入り口の一つで巨大な爆発がおきた。通路と部屋を粉塵が順番に埋め尽くし、耐え切れずに瓦解する。その爆発は月の半分を消し去った。

 抉られた月からは、巨大なディスプレイや、なにに使うか誰も覚えていないコード、鉄の塊、そんなものが散り散りに放出されている。破壊された月の破片は宇宙空間に放り出されたものから、地球に向かって速度を上げていくものまで様々だ。地球は大騒ぎしているだろうか。救世主が月の破壊に成功したと、そこら中で話題にするだろうか。望遠鏡で月を見ていた人も、飛び上がって喜ぶのだろうか。いつになったら、それが無駄だったと気がつくのだろうか。



 伊澤は、爆発の振動を感じると同時に、三十分経った事実に安心した。一人宇宙を漂っていると、時間が止まっているんじゃないかと不安になる。爆発の様子を確認したいが、気持ちをグッとこらえる。今は無駄な燃料は使っちゃいけない。地球に帰るための燃料だ。爆発の波がおさまる。また、なにもない世界だ。が、間もなく太陽の方からつんざく悲鳴が聞こえた。もしかして、宇宙人が言う太陽の生物か。なんだ、思ったより早いおでましだな。すぐに地球への棺号のブーストを使った。角度を変え、丸窓から太陽を確認する。太陽から光が溢れ出していた。わずかに、巨大な翼が見える。目を閉じたが、直接光線を受けたせいでなにも意味が無い。つけっぱなしの録音機に向かって叫んだが、言葉もままならない。その光は無限であり、快楽だった。そうか、宇宙の子供か。宇宙の子供が生まれたんだ。宇宙とはこの為に存在するのか。そうか、そもそも無意味だった。ただ、俺は見たぞ。俺の人生だ。俺はやりきった! これが俺の人生だ!


 爆発の影響で、太陽が動き出すらしい。それだけ言ってすぐバイクのような乗り物は、猛烈なスピードで進んだ。吐き気がした。内臓が浮かび上がって破裂しそうだった。その不快感が永遠に続く様な錯覚。が、それは一瞬で終わる。月が爆発を始めてから終わるあいだに巨大な石の入り口に着いた。

「急げ 太陽が 攻めてくる」

 宇宙人が厳しい口調の音を流す。門は僕らの到着と同時に開いた。二人乗りのまま中に入ろうとすると、太陽の方から優しい光が降った。その光を一瞬浴びた。

 様々な思い出があった。それはこの宇宙の記憶。太陽の中で意識に目覚める時、その瞬間、この宇宙がその意識を生み出す為にぐるぐると回る。どんどん過去に遡っていく。大きくなったり小さくなったりして、線になった。それも崩れて点になる。

 その先を見る前に、バイクのような乗り物は巨大な石の中に入った。門は光を押し込み閉じていく。

 宇宙人と椎名はバイクのような乗り物の上で放心していた。太陽に潜む者のイメージが頭を駆け巡る。果たして、あれに勝つことなんてできるのだろうか。あれは宇宙の正しいあり方だった。多分、僕たちが生きる死ぬなんてことは全く影響がない世界の話だ。あれの前では、僕らの全ては無意味だ。この巨大な石だって、すぐに破壊されるだろう。あれの光を浴びれば誰だって分かることだ。

「椎名」

 宇宙人が呼ぶ。椎名も、宇宙人を名前を呼びたかったが、まだ知らないことに気がついた。

「そう言えばさ、君の名前は?」

「ないんだよね」

「じゃあ、無いままでいいか」

「うん」

 警告音が鳴った。地響きも止まない。世界の終わりが始まっている。不恰好な苺から不安が流れ出してきた。

「逃げよう。宇宙の端まで」

 その言葉を聞き、宇宙人は頭の傘を満開に開いた。

「いいね」

 宇宙人はそう言うと、黄色い光を放った。門が開かれる。溢れ出るあれの光を無視して全速力で行く。椎名は自分の意識に集中した。かなりの距離を飛ぶように走った。ふと不恰好な苺の反応が感じられなくなる。あの光にやられたのだろうか。それでも、バイクのような乗り物は進み続ける。

 椎名はたった一人になった。そして、これだけ広い宇宙にたった一人で生き続けることについて考えた。それは確実に無意味だ。無意味だが、決して絶望ではない気がした。希望があるわけでもない。ただ、意味があった。それは自分の中だけに存在している。自分だけが知ることができる。椎名は今、それを感じていた。

 宇宙の端々が崩れ、見たことのない色が差し込んでいる。その景色を見ていると、死ぬことが怖くない気がしてくる。それは快楽。その光は喜び。危険な喜び。気を抜くと身を投げ出しそうになる。ただ、不恰好な苺が目に入るたびに持ち直した。

「そうだ、この宇宙の最後を見届けるんだ!」

 椎名は叫び、走り続けた。宇宙人が放つ黄色い光が、宇宙の最後に光になるまで。


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