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3 星の行方

 椎名は太陽の光に目を細めている。宇宙人はまぶたが無いせいで、顔ごとそらした。椎名は負け続きのじゃんけんを、もうそろそろやめにしよう考えているのだが、無線から歪んだ伊澤のわめき声が聞こえるので、このまま帰るのも嫌だなと思っている。宇宙船のほうを見た。窓の丸い枠いっぱいに、伊澤が泣きそうな顔でこっちを見ている。ちょうど目があった時、宇宙人に手を引かれた。向きなおすと特になにがあるわけでもない。ただ手を引っ張られただけだ。

 椎名の、宇宙人を船に連れて行きたい気持ちはより強くなっていた。もし宇宙人の体に異変が起きればすぐに宇宙に開放してやればいいだけだと自分に言い聞かせて、宇宙人の手を引く。その最中、二人はなにも言わず見つめ合う時間があった。

 宇宙服と宇宙船をつなぐ紐を伝いながら戻ろうとしたが、宇宙人が乗っていたバイクのような物に乗せられた。タイヤは無く、代わりに岩が無理やりついている。というより、岩の形に合わせてサドルや車体を作って、組み合わせているようだ。動き出す時、岩の中から光が漏れ出す。そして、あっという間に宇宙船に着いた。そのあいだ、丸窓越しの伊澤はずっと二人を目で追っていた。

 宇宙船の入り口はミニチュアの玩具みたいに現実味がない。丸型の扉についたハンドルを何度も回すと扉が開く。中は殺風景な白い部屋だ。詰めれば四人は入るだろう。奥には別の部屋に繋がる扉があり、その奥は操縦席だ。壁には気圧を変化させるスイッチがあり、その近くで気圧を測るメモリが赤と緑に光っている。椎名はまずライトに電源を入れ、宇宙人を奥に入れた。その時、頭の傘が少しだけ赤みを帯びているのを見た。警戒されているかもしれないので、両手両足を広げ敵意がないことをアピールする。髪の色が灰色になった。その姿を見て、ひとまず安心し扉を閉める。ハンドルを何度も回した。

 宇宙人は部屋の中を眺めている。扉の縁やメーターの電球、気圧を変化させるスイッチ、奥の部屋入るための扉、一つを見ては手をこすりあわせるような動作をして、また次を見る。その様子を窺いながら、椎名は気圧のスイッチを入れた。宇宙人は動きに気づき、ふわふわと近寄ってくる。次に椎名の顔を見てまた部屋の中を徘徊しはじめた。椎名は強張った表情を緩め、少しずつ気圧を上げていく。メーターはまだ危険域だ。宇宙人は壁をじっと見ている。材質でも見ているのだろうか? とりあえず変化は無い。片手でスイッチを操作しながら、宇宙人を見続ける。

 なにか異変があればすぐに止めるつもりだったが、なにも問題が起きることはなく気圧のメーターは安全圏を指した。椎名は宇宙服を脱いでから、思い切り息を吸い込みゆっくりと吐いた。宇宙人がこちらを見て近づいてきて、顔をぐっと寄せる。椎名は宇宙人の顔を凝視する形になった。灰色の肌は青魚のように光っている。緑色の瞳は丁寧に膨らませたしゃぼん玉のみたいに脆そうで、今にも割れてしまいそうだ。所々に空いている穴の中を覗き込んでみる。空洞が広がっていた。その空間の中を、不恰好な苺のようなものが八個浮かんでいる。それは近づいたり離れたりした。たまにくっついて、少し光ってから分離した。これは脳なのだろうと椎名は思った。一つ一つの不恰好な苺についている皺が椎名のイメージする脳の皺と似ていたからだ。脳が八個もあるってことは、地球の生き物とは違う思考回路なのだろうか? 想像もつかないが、やっぱり八人分の考え方ができるってことなのだろうか? などと考えていると奥の扉が几帳面に開いた。

「おい、てめぇ、ふざけてんのか」

 それは地鳴りのように低いところから山のてっぺんに飛び出す鋭さで聞こえた。伊澤の怒号だ。メーターの電球は、急に扉が開いたせいで不安定に点滅している。まるで宇宙船が不整脈を起こしているみたいだ。

 光が安定すると、まず反応したのが宇宙人。頭の傘が完全に締まり無数の針が飛び出たような見た目になっている。その全ては真っ赤になり、一足遅れて反応した椎名の頭の中には、キケンの三文字が渦巻いた。心臓が激しく波打っている。こんな力強さがあるのかと、感心した。

 宙で静止する椎名と、伊澤から決して目を逸らさない宇宙人。伊澤はどこを見ているか分からないが、その血走った目を見る限り、怒りでまともじゃないことが分かる。

「伊澤さん、落ち着いて……」

 椎名は体勢を整え伊澤にはっきりと言った。しかし、逆上しないように優しさを込めて。ちょうど浜辺で聞く海の音のような音色を心がけた。伊澤の耳に届いているのだろうか。そのまま動かない。出方をうかがっている。お互い、なにも言わずだ。

 宇宙人が動いた。手を顔の穴に突っ込む。伊澤は素早く身構えた。宇宙人の頭の針が青くなる。白みがかった青色の宝石のようだ。知的であり、またその格好が生みだす緊張感が存在を激しく主張した。とても張り詰めたイメージを生み出している。刹那、隙間風のような音が確かに宇宙人から聞こえてきた。

 伊澤は、宇宙人の青白い頭から目を離さない。怒りは少しおさまってきた。冷静になれ、冷静になれ、そう自分に言い聞かせた。もしかすると、あの青い頭の色のおかげで少し落ち着いたのかもな。なんせ、街灯を青に変えて犯罪率が減少、なんて話もあるし。ただ、その青をじっと見つめていると、なんだか不安な気持ちも湧き上がってくる。だんだんと自分の中の意思が、穏やかな気持ちに変わって、いつの間にか生命維持さえもが終わってしまうような予感。伊澤は自分が混乱しているのが分かった。宇宙人はしばらく隙間風を鳴らしていて、それがまた伊澤の精神を蝕むのだ。勘弁してくれ。俺がなにをしたっていうんだ。国に命じられて月に爆弾を打ちこむだけのことだろ。なんで宇宙人と一緒の船にいなきゃいけねぇんだ。叫び声を出すために息を大きく吸ったところで、声が聞こえた。

「おはようございます!」

 場違いに大きな声。その声の主は紛れもなく宇宙人だった。伊澤はおもわず、

「……おはようございます」

 と、情けなく言った。

 宇宙人は少し間をおいてから、緑色の目で二人を見た。二人はなにも言えない。それを確認すると、語り始めた。その声は、誰かの言葉を継ぎ接ぎしていて、高くなったり低くなったり、子供の声や老人の声になったりして喋っている。

「貴方達は 地球の 人間 ですね」

 椎名と伊澤はお互いの顔を見合わせた。二人とも、じっとりとした汗がへばり付いている。後悔か恐怖か、そのどちらとも分からない表情のまま、宇宙人のほうに向きなおり軽く頷いた。

「良い返事ですね! 俺の事話しても良いか? 私は 宇宙! に住んでますね。 この声は 地球の 音源を使ってるんだ。 ただ今、地球のまわりを巨大な石が覆いかぶさるように してるんだけど、それだよ、それ。 地球の データを回収してるんだ。 これがその 音源を使ってるんだ」

 何かを訴える若い男の声、神妙な語り口で事態の深刻さを謳うアナウンサーの声、映画かドラマだろうか、男性のワザとらしい会話の切り抜き、子供の声、老婆の声。どこかで聞いたことがあるような声が、切り貼りされ、コミカルが生み出す狂気を孕んでいる。椎名は少しおかしいその日本語を理解するよう耳をそばだてて聞いた。伊澤は分かりづらい言葉に苛立っているのか、わざとらしく舌打ちしたり手を開いたり閉じたりしている。

「続けるね。 ワレワレは宇宙人だ。 私は 地球 のファンなの。 巨大な石から 様々なデータを取っている。 君たちのことは聞いてるよ。 君たちにはこの宇宙船で月を爆発していて欲しい。 ということだろ?」

 この宇宙船に乗ることが決まった時、通達文を読み上げたあの上司の声が聞こえた。椎名も伊澤も頷く。

「なんで私を連れてきたの?」

 その言葉は椎名に向けられた。ただ、ここに連れてきた理由を聞いているのだ。深い意味などないはず、しかし、その言い方は激しく椎名を動揺させた。まるで、あなたの選択は間違っていると遠回しに告げられているような、そんな気分にさせるのだった。どんな返事をしても、納得してもらえない気がする。自分の中に充満していた後悔の予感を搾り出された不愉快な気分。椎名はなにも言えなくなった。いつまでたっても返事をせずにいると、宇宙人の頭が緑色に変わった。

「連れてきた理由を教えてくれ!」

 先ほどとは違う音声だ。映画のワンシーンなのか、それとも現実にどこかで起きていた出来事なのかは分からない。伊澤は、連れてきたのはお前だろうと言いたげな目つきで、無関心を決めこみ椎名に一瞥をくべた。椎名の額に汗が吹きだす。連れて来た理由、それはただの好奇心だ。異文化に対する理解、地球人のさらなる飛躍、柔軟な思想、そういうものに対する正しい好奇心だ。これで納得してくれるのだろうか?

 頬を少し掻いてから、椎名が口を開く。

「君に興味があったんだ。僕とはずいぶん違うから」

 媚びるわけではなく、素直に思っていることを言った。言い訳がましく言わないのは、少しだけ、宇宙人に信頼を感じていたからだった。

 緑色をしたビー玉のみたいな目を見つめながら、宇宙人の返事を待った。船内には、生命を維持させる為の装置が低い音を出しつづけている。たまに伊澤が体制を整え、服のこすれる音が不快に響いた。

 宇宙人は全く動かない。精巧な蝋人形のようだ。若い男の声で話しだすが、それは本当に音として流れているのか、脳に直接テレパシーのようなもので流れているのか、分からなくなってくる。

「おっけー! 俺も同じ」

 頭の傘が満開に開き、黄色くなった。椎名はお互いに関心があると知り、ほっとした。

「名前、なんて言うの?」

 宇宙人にも名前の概念はあるんだなと、思いながら椎名は

「俺は椎名」

 と躊躇なく答える。伊澤はそんな椎名を、眉間に皺を寄せながら横目でじっと見ていた。宇宙人は次はお前だと伊澤のほうを向いたが、返事をする気が無いと分かると、無視して話しはじめた。

「椎名 君たちに話さなくてはいけないことがあります 君達の作戦の 間違ってます」

 これにすぐさま反応をしたのは伊澤だ。

「どういうことだ?」

 ゆっくりと大きい声で言う。目は閉じていて、組んだ腕の上で人差し指が音を立てるように動いている。伊澤が喋ると、心なしか宇宙人の頭の傘が少し閉じている気がした。

「月を爆発してきて欲しい これ、全く意味が無いんです 巨大な岩は 月を爆発させれば止まるはずなんだ これ、関係ないよ」

「関係ない?」

 椎名は伊澤と宇宙人を交互に見ながら言う。その声は裏返り、とても間抜けだ。

「関係ないよ 回り続けるんだ 月を爆発させれば止まるはずなんだ これは間違い」

 機械の出す低音が止まったり動いたり、不愉快なリズムで鳴っている。

「月を破壊しても意味無いってことか? なんか根拠はあるのか?」

 伊澤は宇宙人を睨みつけながら質問を投げ掛ける。声色はとても落ち着いているようだが、顔は真っ赤で、眉間の皺はめくれて頭蓋が見えてしまいそうなほど寄っていた。

「別に説得したいわけじゃないしさ 本当なの! 月の破壊は 意味なんて無いよ それにさ、そうしたって 逆に困ったな 実は俺 守ってるんだよ! 地球」

 地球のあらゆる場所から録音された音声による会話は、いまいち要領を得ない。しかし引っかかる内容だ。椎名と伊澤、二人とも首をかしげる。地球を守ってるってなんだ?

 椎名はなにか言おうとしたが、やめた。なにか口にしなくては落ち着かない気分だったが、自分の中でも整理されていない事柄をむやみに話せば、余計に不安になる予感があったからだ。対して伊澤は、すぐに口を動かす。

「質問だ! おい、守ってんのか! 地球は散々だ!」

 質問とは呼べない、ただの愚痴を口にする暴挙だった。宇宙人がどう感じてるのか分からないが、頭の傘が少しだけ開いた。

「さっきも言ったけどサァ 地球を守ってるんだよ! 上空の巨大な岩が、イギリスの車やビルを吸い取っています。 ごめんなさい。でもしかたがなかったの。 実験に必要なんだ。 必要経費ってこと。 迎え撃て! 太陽を!」

 話が通じてるんだか分からない。言葉の選び方も、他意があるんじゃないかと疑いたくなる。

「えっと、地球を守ってるってのは分かったとして、太陽を迎え撃つって、どういうこと?」

 全く納得がいってない様子の伊澤を横目に、椎名は宇宙人と話を進める。

「言葉が違うのかな 私、日本語上手じゃない もう一回言うね」

 頭の傘が、黄色に瞬く。繋ぎすぎた配線が放つ火花と似た危険をはらんだ輝きだ。伊澤は目尻にも皺を寄せ、薄く開けたまぶたのあいだからそれを見ていた。その輝きはピークを迎えると急激に光を抑えはじめ、次に緑色に変わった、

「太陽 から 殺人 の 光線が 降る それは 太陽の 生き物の 計画 ということ」

 伊澤は、宇宙人の言葉が分かりやすくなったことに不快感を覚えた。それは、宇宙人を自分たち人間より劣っている存在だと漠然と思っていたからだった。勝手なその思い込みが、急激に流暢になった日本語により瓦解したので、不愉快になっている。少しでも苛立ちを緩和するために、唇の少し剥がれた所を前歯で咬み千切った。

 もう一人の男は、とりあえず落ち着いていた。非常に研ぎ澄まされている。宇宙人が話した内容を完全に理解しようと、感情の全てが切断されていたのだろう。ある程度理解が進んでいくにつれ、だんだんと恐怖が胃に落ちてきた。この宇宙人は冗談でこんなことを言ってるのだろうか? 声帯が震えてなかなか声が出ないが、無理やりになんとかした。

「今の話、本当?」

 緑色の目が椎名を見つめた。

「だとしたら、君はどうするの?」

 なんでそんな言い方するんだよ。椎名は頭を抱えた。


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