2 会話or観察
宇宙人の形はほとんど人間と同じだ。腕が二本と足が二本。それを胴体と腰が繋ぎ、胴体の上に直接頭が乗っかっている。顔はずいぶん、地球人とは違う。まず目の部分が人間よりも下の位置、つまり顔の真ん中あたりだ。そこに二つ並んでついている。色は緑でむき出し。ビー玉を窪みにはめ込んだ見た目だ。鼻や口は無い。がところどころに穴が空いているので、それが口や鼻の役割を果たしているのかもしれない。頭髪は全くなく代わりに無数の傘のような物が飛び出している。肌の色は、多分、灰色だと思う。正直、暗くてよく見えない。今、分かる宇宙人の情報はそれくらいだ。
「おい、椎名君もライトを消してくれ」
囁くように伊澤が言う。もっとも、宇宙船の外にいる宇宙人に声が届く心配は無いのだが、念の為小さな声で喋る。
椎名はライトを消した。なにも返事が無いが、もしかして宇宙人を目撃して動揺してるのだろうか。
「椎名君。まず、なにが出来るか考えよう」
伊澤は、自分を落ちつかせる意味も込めて、そう椎名に語りかける。
「ほら、俺達、まだこの宇宙船の中を全然見てないじゃない。だから、なにか太刀打ち出来るものを探そう」
実際に、二人はこの宇宙船にはなにがあるのかを全然知らない。地球の滅亡が目前に迫っていた為に、急ピッチで話が進んだのが理由だ。この宇宙船に乗り込む際に聞いた説明は、乗ってれば自動で目的地に着くということと、なにかあったら、中に置いてある分厚い説明書を読む、ということだけだった。
「椎名君、どうしたの? とりあえずさ、説明書を読んで、なにをできるか探そうよ」
椎名は伊澤の声に全く反応しない。伊澤は少しだけ頭に来ていたが、言い合いになってもしょうがないので、一人説明書を持って、窓のない部屋に移動した。
その場に残った椎名は、ボソリと呟く。
「宇宙人、カッケェ……」
「ったく、宇宙人ってあんな見た目なのかよ」
一方伊澤は、そんな独り言をしながら、乱暴に説明書をめくっている。かなりはっきりと独り言を喋っているが、昔からそうなのだ。伊澤は一人になると凄い喋る。喋りながらも手はハキハキ動いていて、説明書はどんどんめくられていた。ちゃんと内容に目を通してるのか不安になる勢いだが、この本の半分以上は、規約関連なので、もちろん読み飛ばしている。
「なんだよ、まともなこと全然書いてねぇじゃんか」
読み飛ばしているが、一ページ一ページ、ちゃんとめくる。何か重要な情報を見逃さないように。
「あー! 日が暮れちまうよ!」
窓を叩いている。強めに叩いている。そうじゃないと向こう側に伝わらない。何度も叩く。やっと、向こうも返事をするように窓を叩いてきた。椎名は、思わずライトで外を照らし、宇宙人を確認した。
その肌は、光の当て方で色を変えた。まるでオパールのような虹色。しかし鉱石のように硬くは無いだろう。見るからに柔軟性を持っている。目は合っているのだろうか。椎名はその緑色のビー玉をじっと見ているが、よく分からない。試しに、軽く手を振って挨拶をしてみた。すると、宇宙人も同じ動きをした。どうやらあの目玉? でちゃんと見えているようだ。宇宙人と手を振り合うという挨拶をできたことで、気持ちが高ぶり息が荒くなる。もう一度手を振る。するとまた手を振ってくる。宇宙人の顔を見ても、表情は読み取れないが、頭に生えた無数の傘のようなものが少しだけ開き、黄色に変化していた。その姿を見て椎名は、ぼんやりと電球を思い浮かべる。
無数の傘たちが開くと、宇宙人の頭は、丸みを帯びる。閉じているときは、とても無機質で刺々しい。小さな傘や、取れかけた傘が見受けられるから、もしかすると生え変わったりするのだろうか。髪の毛みたいだな。
という具合に、じっと宇宙人を観察していると、今度は向こうから手を振ってきた。椎名は手を振り返しながら、その手をじっと見る。地球人とは違い、手首から指が直接生えている。つまり手の平がない。指の本数は六本あり、関節は何個だか分からないがとにかく多い。その揺れる指を見る限り、関節はあらゆる方向に曲がるようだ。椎名はその指に魅入ってしまい、手を振るのが止まる。宇宙人も手を振るのをやめた。宇宙人はその手を椎名の方に近づけてくる。椎名は一瞬、身構えたが、なにも起きない。どうやら、宇宙人は椎名が見やすいように手を近づけているようだった。六本の指を等間隔に広げたり、どの方向にどこまでも曲がる指をぐるぐるさせてみたり、なにやら記号のような形を作ったりと、様々な手の使い方を見させてくれた。
椎名は、夢中になって宇宙人との交流を続けた。今度は自分の番と言わんばかりに、自らの手を窓に近づけ、さまざまに動かしてみる。といっても、宇宙人ほど達者には動かないので、せいぜいジャンケンのグーチョキパーをするくらいだった。宇宙人は、身を乗り出して、意外にもじっと見ているようだ。目玉の向いている方向は分からないが、少し身を乗り出したということは見ているのだろう。頭はより黄色くなり、傘は満開に開いた。それはとても愛らしい形をしている。
椎名の指の妙技は、数が少ない。すぐに打つ手がなくなった。しかたないので、何度もグーチョキパーを繰り出していると、宇宙人が真似を始めた。手を出し、指を全て丸めてグー、二本だけ伸ばしてチョキ、全ての指を開いて、パー。パーに関しては紙というより、イソギンチャクみたいで到底石に勝てそうもないのだが、なんとか真似をしてくれたことが嬉しいと椎名は鼻の穴を広げた。
もしかして、もしかすると、宇宙人とこのままじゃんけんが、できるのではないだろうか? 椎名はそんなことを考える。もうすでに地球の滅亡のことなどすっかり忘れているようで、すぐさまルールを教えることにした。とりあえず、自分一人でじゃんけんをするのを見せる。そして、負けたほうの手を窓から見えない位置に持っていく。というのを何度か繰り返した。宇宙人は、頭を緑色にしながらじっと見ている。ある程度いいだろうと、椎名が勝手に判断したところで、一度リズムをつけてから、チョキを出す。宇宙人は突然の行動に驚き、体をビクつかせた。みるみる頭が赤色になっていく。
「え、ちょっと何?」
椎名は思わず口にした。なんとなく危険な雰囲気。赤色はたしか警告色とかいわれてるよな。なんてことをいろいろ考えた。うろ覚えだが、だいたいこういう時には、目を逸らしてはいけない。というのを聞いたことがある気がしたので、静かに宇宙人の緑色をした目を見つめた。ただでさえ張り詰めている宇宙の空気がさらに椎名の身体を締め上げる。唾すら飲み込めぬほどに。表情が分からないのがとても怖い。椎名は、宇宙人と出会って始めて恐怖を感じた。さっきまで宇宙人と自分のあいだで行われていたことが本当に意思疎通になっていたのだろうか? 研究者が動物の行動を観察するように、地球人の俺の反応を観察していたんじゃないだろうか? いや、いまさらなにを思っても無駄だ。相手の反応を伺うしかない。右手のチョキが震える。
疑心と警戒と後悔と諦めが順番に顔を出す無限とも思える時間の中で、宇宙人の赤色の頭が徐々に灰色に戻っていった。そして次第に黄色、次に緑の点滅に色を変えた。それはなんとなく愉快で、敵意が無いことを訴えているように見えた。椎名は警戒しながらも見惚れる。宇宙人は左手を出すと、六本の指全てを開き、イソギンチャクを出した。そして、手を椎名の見えない位置まで隠した。頭の色が黄色くなる。次に、リズムをつけてからグーを出した。椎名はそれを見て、ゆっくりとパーを出してみる。宇宙人は、そのイソギンチャクを僕の見えない位置まで持っていく。椎名は少しにやけ、小さな声で次の試合を始めた。
ぶつくさ言いながら伊澤はページをめくる。この船の仕様の欄に来てはいるが、専門的な用語が多くよく分からない。ただ、分からないながらもなんとなく分かって来たことがある。それは、この船がかなりギリギリの資源で作られているということだった。説明書のいたるところに、使い過ぎ厳禁! と書かれ、さらには、この船を作り上げる際の苦労をつづった文章が恩着せがましく載っていた。よく見てみれば、この紙も材質が悪い。伊澤の手汗ですでに破れてしまいそうになっている。
「まぁ、切羽も詰まるわな、そりゃあ」
と、この宇宙船が作られるまでの地球の様子を思い出していた。
地球はここ六日のあいだ、石の塊のような物に太陽の光を遮断され続けていた。
初めて巨大な石が現れてから二十六時間後に、巨大な石は放射能と電波を発していることが分かった。そしてその周期が、月の周期と同期したり、反応しあっていることもすぐに判明した。
その二十時間後には、石の内部に、生物が住んでいることが判明する。
八時間後、巨大な石から強力な磁場が発生し、ヨーロッパの鉄やらニッケルやらコバルトを奪っていった。いとも簡単に一つの都市が壊滅を迎える。この事件後、あの巨大な石は地球を滅ぼすことが目的なんだと、人類みながなんとなく理解しはじめ、混乱が始まった。
そして地球は兵器を使用し、巨大な石を撤退、場合によっては破壊を試みるのだが全く効果がなく、地球は絶望の色に包まれた。ここまでが石が現れて四日目の朝の話である。
地球人の選択肢は少なかった。そのまま滅ぶか、滅ぼすか。そんな切羽詰まった人間達の賢明な調査で、巨大な石を操作しているのは、月の住民らしいことが判明する。巨大な石は月から出る信号を受信しながら地球と太陽のあいだをぐるぐると回っていたのだ。
つまり、月を破壊することができれば、石は停止し、地球は救われる。そう結論づけられた。その破壊の為に、爆弾を積んだ宇宙船を作ることを決定し、地球上のあらゆる資源が集められた。
しかし、人類の混乱と、巨大な石の破壊行為のせいで、資源集めは熾烈を極め、やっとの思いで、宇宙船を飛ばせるくらいの燃料が集まったのだ。ありとあらゆる情報網を使ったり、なかば強引に回収するさまは、緊迫した状況を如実にあらわしていた。
「まあ、必死に集めてたけど、足りてないよ。燃料」
伊澤はつぶやき、またページをめくる。
盛り上がってはいない。淡々と試合が行われている。ただ、なぜだろう。運なのか、いや、これは実力なのだろう。宇宙人のほうが倍の勝ち星を上げている。椎名は、悔しいというよりは、なんとも納得しがたい気持ちがへの字口にあらわれていた。ちらりと宇宙人の顔を見てみると、黄色が点滅して傘が開いたり閉じたりしている。なんとなく笑われている気がした。椎名の負けが八回続いた所で二人のじゃんけん大会は終わった。戦いで凝り固まった体をほぐす為にと椎名は伸びをする。宇宙人のほうも体を動かしている。どうやら、伸びという行為は宇宙人にも存在するらしい。
お互いが体をほぐし終わると、なんとなく気まずさを感じ、手持ち無沙汰でライトをいじったりしてみた。椎名は、やることがなくなったな、と思った。
「あー」
呼吸にたまたま音が乗ったくらいの声が出た。気が緩んだのだろう。ただ、声が出たところで誰にも聞こえない。伊澤は別の部屋にいるし、宇宙人はガラスの向こうだ。
ふと、宇宙人はどんな声なのかが気になった。そもそも喋ったりするのだろうか? 宇宙人同士はテレパシーだけで会話したりするのかな。教えてもらえば、俺もテレパシーを使えるようになるかも。
もう宇宙人とやることがなくなったと思っていたが、よく考えてみると違うのだ。やることがなくなったわけじゃなく、ガラス越しにやることが無い、というのが正しいみたいだ。もはや、ガラス越しなどありえない。宇宙人をこの宇宙船の中に招き入れなくてはならない。でも、それは危険じゃないだろうか? さすがの椎名でも、迷いが生まれた。とりあえず、じっと緑色のビー玉のような目を見つめてみる。恥ずかしいのか、なんなのか、宇宙人の頭が桃色になる。
宇宙空間から宇宙船に乗り込むためには、まず、空気圧を調整する為の部屋に入り、そこで圧力を調整後、宇宙服を脱ぐという流れになる。この空気圧を調整する部屋が無いと、宇宙船の中の空気は、宇宙に逃げてしまうし、人間も宇宙の真空で弾けてしまう。では、最初から宇宙空間に住んでいるこの宇宙人はどうなのだろう? 圧力の調整中に体がおかしくなったりしないだろうか? 深海から浅瀬にやってきて内臓を破裂させてしまう不幸な魚のように。
もし相手が魚だったら、こんな風に悩んだりしないだろう。実験的にとらえればいいだけだ。しかし、椎名はこの宇宙人に対して、もっと特別ななにかを感じていた。たった数十分のあいだに宇宙人の中の人間性を見てしまったのだ。簡単に、死んだら終わりとはいかない。
では、自分が宇宙空間に出向くのはどうだろうか? いや、それじゃあ宇宙服がじゃまだ。宇宙人のあの肌に触れたり、あの空洞を覗き込んだり、できないじゃないか。椎名は一人で問答を繰り返す。とっくに宇宙人が忌むべき相手ということを忘れており、いかに安全に触れ合うかが彼にとって重要な問題になっていた。しかし優柔不断に悩んでいられない。心なしか窓の向こうの宇宙人も椎名の釈然としない態度に苛立ちはじめているような気がする。まぁどちらにしても、宇宙人を迎えに行かなきゃいけないか。
ページをめくる手が止まる。やっと、使ったことが無い設備の説明が書かれたあたりまで来たのに。宇宙船が動きはじめている。いつからだろうか。読むのに集中していてすぐには気づかないでいた。もしかして燃料が手に入った、なんて考えは甘すぎて反吐が出た。伊澤は説明書を読んでいたおかげで、この事態をすぐに理解した。エンジンの燃料が切れても動く部分は限られているのだ。宇宙に出る為の部屋およびドアと、生命を維持する為の装置だ。今、読んだ限りではこの二箇所は別のバッテリーが組まれている。だからおのずと動いている場所は、そのどちらかだと目星はついた。伊澤は説明書を丁寧に放りだし部屋を出る。
「椎名! 大丈夫か!」
先ほど椎名と宇宙人がじゃんけん大会をしていた部屋まで戻るが、気配はなにもない。侵入じゃないのか。ならば連れ去りか? しかしなぜ? が考えている暇はない。椎名が危険だ。それは伊澤にとっても大きな危機になる。とりあえず、部屋の中はさっきと寸分も変わらない。もとより、ドアが開いたということはもうすでに椎名は連れ去られてしまったのかもしれない。外を確認する為、先ほど宇宙人が顔を出した窓を嫌々覗くことにした。なにか起きるとしたら、緑目玉のあいつが関係してるに決まっているからだ。ライトで窓から宇宙を照らす。外の景色を見て伊澤は声を漏らす。
「嘘だろ、おい」
太陽の光が注いでいた。さっきまでは、地球と巨大な石に遮られていたのだか、時間の経過で顔を覗かしたみたいだ。
宇宙にくっきりと、二人の姿が見える。真っ白な宇宙服と、灰色の宇宙人。あの宇宙服の中は椎名だよな? それ以外考えられない。しかし、その二人の体勢は伊澤をより混乱させた。聞こえていないのは分かっているが、思わず椎名に尋ねる。
「なんで、ジャンケンなんかしてるんだ?」
離れ離れにならないように片手を繋ぎながら、二人は試合の続きをしている。




