9. 浄化の雨
自分以外の人間に会った記憶はない。
気がつけば、狐の姿の母がいて、生きるということは何かを教えてもらった。
教えてもらった、といっても、まだよくわかってない。
でも、周りの動物たちが死んでいくのをみて、母は言った。
「命はいつかはつきるもの。それは私も、ツムギも、いつかはね」
「母様も?長生きなのに?」
「そ。いつかはね。順番だから」
微笑む母は死を覚悟していた。
「母様!」
「ああ、起きた?」
それがただの思い出の反芻なのだと気付いたのは、目を開けて見えたのがミナトだったから。
「お兄さん…」
雨音が葉に当たる音。
いつの間にか雨になっていた。
起き上がって周囲を見渡すと、干し肉の作業場にいるのが分かった。
屋根の下に干された肉は雨にはぬれずに干されたまま。
「母様は…」
「無事、浄化されたよ」
ただ雨が降るのを眺めているミナトは、ツムギと目を合わせず、静かに答えた。
「浄化の雨だ。この雨でこの山は元に戻る」
「ほんと?」
「それを見届けたら出発だ。その頃にこの干し肉もできる」
そう言い終わると、ミナトの瞳がツムギに向いた。
「さて、ツムギ。ここで君には二つの選択肢がある。私は、白玄から託されて君を連れて行くつもりだ。けど、君はどうしたい?ここに残りたい?」
ミナトの瞳からは、母から感じていた優しさも、何もなかった。
思えばこの人は初めて会ったときから、顔は笑ってるのに目は笑ってなかった。
「決めないといけないのは君だよ」
「お兄さんの『送り屋』ってなに?」
母がこの人と生きてほしいという気持ちは分かるし、受け取っている。
そして、同じ力を持つからだということも。
最終的にはこの人のように生きろということなんだろう。
「私の『送り屋』というのは、白玄のように、穢れた妖怪を浄化してこの世界から送り出す仕事をしてる。送り出すから、送り屋って、妖怪からは呼ばれてる」
「送られた妖怪はどこにいくの?」
「さぁ。でも、私達も死んだらどこにいくんだろうね」
同じところじゃないかな、と笑う。
それは安心させるための笑みじゃない。
苦笑。冷笑。まるで、生きて死ぬことに意味がないように。
「私と一緒に来れば、その体に課された生きる意味ってのは果たせるだろうね。でもなぁ、本人がいやだってなら、私も強制はしないよ」
ツムギが目を閉じれば、生きるのが楽しそうだった母が思い浮かぶ。
人間の世界は怖い。でも、この人となら、多分自分にあった世界につれてってくれると、母は信じた。
「いくよ、いく」




