5. 呼ばれた目的
「さて」
『ソレ』は重い腰を上げて、影から体を動かす。
出てきた姿はすらりとした狐の姿。
絶頂期であれば、神として奉られていたであろう。
しかし、今は毛並みは逆立ち、所々黒ずんでいる。生えかわりがうまくいかず、毛が生えていない部分もあると思えば、毛が重なっている部分もある。
これが人間から受けた穢れのなれの果て。
「ずいぶんと、ため込みましたね」
「それでも正気を失っていない、私をほめてほしいね」
「なんとお呼びしましょうか」
「言うか。言ったらさっさと送られてしまうだろうが」
だれがそんなことをするか、と思ったが、『ソレ』はまだミナトを信じていない。
できれば正気を失う前に名前を聞き出したいミナトだが、下手なことはしないほうがいいと、これまでの経験が言っている。
ミナトは、静かに自分の道具を取り出す。
「あなたの寿命はもう長くない、わかってらっしゃるようですね」
「ああ。危なかったな。もう来ないと思ったぞ、送り屋よ」
「我々は根無し草なものでね」
道具を並べ終わり、狐を見上げた。
「あの子ども、だけではないですね?」
「まぁの」
余裕ぶって水を飲んでいるが、気丈に振る舞っているだけなのはミナトからみればわかる。
姿勢を正した。
「…聞きましょう」
「私は元々人間が好きだ」
「そうでしょうね」
「ここらにすんでいた人間も、今は麓に降りたその子孫たちも、人間とは眺めていて面白い」
「…」
「ちょっと楽しみすぎたところもある」
「…前から、ですか」
「ああ、あの子に会う、ずっと前から」
妖怪たちは人間で遊ぶ。
しかし、人間と関わりすぎるとその体の中に穢れがたまる。
だから、妖怪たちは人間と生きる世界を異にする掟を作り、時間とともに穢れをそぎ落とす。
時間による浄化が追いつかず、穢れがたまりきると、妖怪は正気を失い、自然の摂理を壊し、その一帯に災いを起こす。
それを事前に防ぐのが送り屋の仕事だ。
「あの子どもはなぁ、捨てられておったのだよ。あれと同じ、人間に」
「忌み子ですか?」
「察しが早いと助かるねぇ」
穢れを落とすために妖怪たちは深い山や森にこもる。
ここも穢れを落とすならちょうどいい場所だっただろう。
同時に、いらない子どもを捨てる人間にとっても都合がいい。
妖怪が引いた線を、いつも自分勝手に踏み越えるのは、人間だ。
「街道の旅人に預けなかったのですか」
「あの子にはこめかみに『ある』。それをどうにかできるのは送り屋だけだろう?」
「…」
ミナトは眉間に皺を寄せた。
これは、面倒な依頼を受けてしまったのだと、気づいたときには手遅れだ。
この狐が『送り屋を待っていた』というのは、二重の意味だったのだ。
「…あの子にはどこまで伝えているのですか」
「全くだよ。君が伝える方がうまくいく。これが長年人間を観察してきた私の考えだからね」
「本当に…」
人使いの荒い。
言っても意味のない言葉は飲み込む。
しかし、察したのであろう狐は、ふふふと笑った。
「……今夜、執り行います」
「ああ、頼むよ」
ミナトは盛り塩を用意し、これ以上穢れが外に出ないようにする。
これだけの穢れをためていれば、その場しのぎにしかならないだろうが。




