1. 集落の掟
黄昏時には外に出てはいけない。
それがこの集落の掟だった。
日が沈み始めると家々は早々に扉を閉め切る。
「こんこん」
「え?」
囲炉裏を囲み、食事をしていた老夫婦はぎょっとした顔で玄関に顔を向けた。
平屋の構造は単純で、小さな部屋と土間兼玄関しかない。
「こんこん」
「すいませーん」
「人の声だ」
家主の老人はチラリと窓を見上げた。
完全に日が沈みきれば、明かりを持って外にでることもできるが、そんな人はこの集落にはいない。
「あんた、気をつけて」
伴侶の言葉を背に受けながら、老人は玄関を細く開けた。
そこには小さな提灯を持った人が立っていた。
身なりから旅人だとわかる。
「すいません、一晩過ごさせてくれませんか」
「あ、ああ…」
老人は上から下まで旅人を見た。
格好は男だが、身長・体格・声には違和感があった。
ゆらりと提灯が揺れる。
少なくとも人ではあるようだ。
老人は旅人を中に入れ、扉を閉める。
「旅人なんて珍しいことが起こるもんだ」
「なに、この奥地に用事がありまして……」
ぴくり、と老夫婦が動きを止めた。
しかしそれは一瞬で、老婆は囲炉裏に作っていた雑煮を茶碗によそい、老人はその茶碗を旅人の前におく。
「このあたりは日がないときはあまり外を歩くもんじゃない。明日は陽が昇ってから出なさい。日が沈むまでにこの山を下りるんだ」
「何かあるんですか?」
「それがこの集落に住むものの掟だよ」
「掟の裏には必ず理由がある言いますが」
旅人は置かれた茶碗の前で一礼した。
「私は送り屋ミナト。一晩の宿と食に感謝をします」
「送り屋……?」
聞いたことのない呼称に老夫婦は首をかしげた。
その間に旅人は雑煮に箸をつける。
「古くからある集落の掟にはきちんとした理由があります。その多くは私たち人間よりも昔からすむ妖怪と折り合いをつけるために存在する。ただ最近はその妖怪たちの変化していましてね。調査しているんですよ」
「それで奥地に行くというのですか」
ミナトは静かにうなずいた。
「ああ、こんなに温かくおいしい雑煮を食べたのは久しぶりです。体にしみます」
「あんたが言うように、山を登った奥地にはもう一つ集落があった。我々の先祖はそこから降りてきて、もうないが。掟はそのときからの名残だと言われている」
「なるほど」
「だが、今となってはあの山に入るものはほとんどおらん。この集落の人間でさえも」
「そうですか」
雑煮を食べ終わったミナトは両手を合わせて礼を示す。
「ところで、旅人は珍しいとのことでしたが?」
「多くの旅人は昼のうちにこの集落を通り過ぎる、日が沈んでから現れることはほとんどない。前の村には立派な旅籠があっただろう?引き留められなかったのか?」
「ふむ、どうやら私はずいぶんと道草を食ったようですね」
そう言ってくつくつと笑う旅人を見て、老人は違和感が確信に変わるのが分かった。
「あんた…女子か」
「ええ。生業が旅人なので、自衛ですね」




