【超超短編小説】飛燕
枕返 眠郎は明晰夢を見ない。
きっと怠惰だからだろう、と本人は考えている。もしくはそれが夢か現実かを知りたく無いか、どうでもいいと思っているからだ。
眠郎は明け方のベッドでそう考えた。
目をつむって夢を見るのも、目を開けて世界を見るのも、あまり変わらない気がする。
それなら日曜日は美術館に行こうと眠郎は思った。
美術館は夢に似ている。
違うのは入り口で金を払うって事くらいだ。夢を見るときも、案外と何か支払っているのだろうか。
別に財布が薄くなるのは構わない。それこそ、どうだっていいんだ。
眠郎は「どうだっていいんだ」と声に出した。どうでも良さそうな、投げやりな声が響いた。
眠郎はもう、失った土曜日を数えるのにも疲れ始めていた。
眠郎の人生には悲しいことが多すぎた。
例えば……例えば何かわからない。
でも、なるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せを集めているつもりだが、上手くいかなかった。
集めていた小さな幸せはいつの間にかどこかに消えてしまい、手元に残っていたのは小さな不幸せばかりだった。
それに眠郎は、長いこと独りで生き延びてきた気でいたが、どうやらそうでも無いようだと気づいた。
でもどうだろうか?
社会と言う名の首輪を繋ぐ鎖は、そんなに太くないはずだ。いや、自分じゃわからないんだ。
それに、そこに柵はあるのか?
眠郎にはわからない。
いまにも叫び出しそうな孤独に心が飲み込まれそうで、だからと言って今まで信じようともしなかった神に縁をどうこうしてくれだのと今さら頭を下げる気にもなれなかった。
それに神さまは随分と前から旅行に出てしまったらしい。
やはり眠郎は独り、部屋の真ん中に座って名前の無い酒を色のついた砂糖水で割りながら飲んでいる。
そうやって消えそうな影を追い続けるしかないんだろうと、眠郎は諦めていた。
だから眠郎は目を閉じた。
枕元には名前のない酒がまだ残っている。
少なくとも酔っている間は影だってそこにある様に見える。
実際はどうか知らないし、知りたくもなかった。
そして眠郎は気を失う様に眠る。
それは偽物の眠りだと、眠郎は知っている。
それでも死ぬよりは容易く自意識を手放せる。ミルク色の闇に似た極彩色だ。
眠郎はもう朝が来てほしいと思っていないけれど、窓の外は目覚め始めている。
眠郎は、うんざりしながら意識を手放した。日曜日は、美術館に行こう。




