第2章『怒りの炎』
空が炎に裂けた。
少女の姿が流星のように学園の中庭へと落ちていく。
「ひ、人間……!?」
下から呆然と見上げていた水色の髪の少年が叫んだ。
彼は必死に駆け出し、受け止めようとしたが、衝撃はあまりにも強かった。
それでも、どうにか腕の中に少女を抱きとめ、その体は彼の上に崩れ落ちた。
少年の顔には焦りが浮かぶ。
「おい! 起きろよ、頼むから!!」
彼は少女を揺さぶりながら叫んだ。
少女の唇から、かすかな呻き声が漏れた。
「う……」
少年の瞳が見開かれる。
「大丈夫か? 返事してくれ!」
少女はかろうじて目を開いたが、視界はまだ霞んでいる。
そして一瞬、彼女の瞳に映ったのは、目の前の少年ではなく――数時間前に彼女を打ち倒した、あの冷たい眼差しの女だった。
「……おまえ……」
視界がはっきりすると同時に、少女の体がびくりと跳ねた。
「――あっ!」
まるで幽霊を見たかのように、彼女は勢いよく飛び退いた。
少年は困惑したように見つめる。
「おまえの……耳……」
荒い呼吸をしながら、少女は憎悪を込めた目で彼を睨みつける。
過去の戦いの記憶と、いま目の前にいる存在が入り混じる。
「おまえたちは……理解できぬ力で遊んでいる!」
突如、炎と灰が彼女の周囲を渦巻き始めた。
その瞳は怒りに呑まれ、狂気の光を宿す。
「な、なんだ!?」
少年は後ずさった。
炎の中から咆哮が響き渡る。
バスタードと呼ばれる獣が彼女の内側から姿を現し、少年へと襲いかかった。
「や、やべぇ……!」
少年は学園の校舎内へと必死に逃げ込み、爆音と轟く足音が後を追ってきた。
バスタードの目が細められ、心に焼き付いた声が蘇る。
――「終わりだ、バスタード」
あの女の嘲るような声が脳裏に響く。
少女の怒りが爆発した。
全身が制御不能の炎に包まれる。
「――モード・コウラァアア!!」
炎がさらに燃え盛り、紅蓮のオーラが爆発的に広がった。
少年が振り向いた瞬間、バスタードが襲い掛かる。
恐怖に顔が引きつった。
「クソッ! このままじゃ全部燃やされる!」
歯を食いしばり、彼は突っ込んだ。
渾身の蹴りを連打し、バスタードの顔面を直撃させる――しかし無意味だった。
微動だにしない。
少年は飛び退き、苦笑いを浮かべた。
「はは……ごめん」
怒りに燃えるバスタードの視線。
少年は慌てて踵を返し、必死に走る。
「やっべぇ! 余計怒らせた! 焦げなかったのは奇跡だ!」
炎が校舎を飲み込んでいく。
壁の消火器が爆ぜ、その噴射がバスタードの炎をわずかに押しとどめた。
少年の目に希望の光が灯る。
「そ、そうだ!」
だが炎はすぐに勢いを取り戻す。
非常ベルが鳴り響き、天井のスプリンクラーから水が降り注いだ。
「おい! こっちだ!」
少年は彼女を挑発するように叫ぶ。
バスタードは水に弱まりながらも追い続ける。
だがまだ足りない。
「プールに誘導するしか……! でもどうやって……!?」
視線の先に、屋上への扉が見えた。
考える暇もなく、全速力で駆け上がる。
激怒した咆哮と共に、バスタードも迫る。
「頼む、うまくいってくれ!」
少年は扉を蹴り破り、金網へと突進。
迷いなく蹴り飛ばし、二人の体は虚空へと投げ出された。
轟音と共に落下。
プールの水が巨大な波となり宙に舞う――だが一瞬で蒸発して消えた。
水の消えたプールの底で、二人はぐったりと横たわっていた。
「はぁ……はぁ……う、うまく……いった……」
少年は荒い息を吐いた。
横に倒れている少女を見やり、呟く。
「おまえ……何者なんだ……」
答えが返る前に、夜の空気を切り裂くサイレンの音が近づいた。
警察と消防の車両が迫っている。
「ちっ……面倒なことになっちまった……」
少年は立ち上がり、苦々しく吐き捨てた。
その頃――CROWSのビル最上階。
優雅な装いの女が静かな廊下を歩いていた。
その表情は憂いを帯び、厳粛であった。
彼女の前に、かつてバスタードと戦った三人組のひとりが現れる。
少女は恭しく一礼した。
女は一瞬、何か言いかけるように手を上げたが……口をつぐみ、ただため息を吐いて通り過ぎた。
やがて、彼女は広い執務室に辿り着く。
そこには、薄闇の中に座る男女二人の姿があった。
「待たせてしまったわね」
女は重々しい様子で席に着いた。




