第17章『砂丘と廊下のあいだ』
砂漠が吠えた。
足もとで砂が震え、まるで何か巨大なものが真下で目を覚まそうとしているかのようだった。風は鋭く空気を裂き、舞い上がった砂粒が無数の針のように肌を刺す。
「下から……来る!」と、剣が叫んだ。
砂が割れた。
黄金の海から、巨大な影が躍り出る。青と灰に染まった巨大な体。その全身を、長い年月の風で削られた金属のような光沢を放つ甲板が覆っている。あの砂漠の怪物――バジェナ・デンターダが、あり得ない軌道で空へと跳ね上がり、輪を描くように弧を描きながら地平線を切り裂いた。
オードリーは息を呑んだ。
「うそ……」
怪物の咆哮が空気を裂き、その衝撃波が一行を後ろへと押し返す。
その前に立ちはだかったのは、炎をまとった希佐――バスタードだった。燃え上がる炎が、その輪郭をなぞるように集まり、灼熱のシルエットを描く。
「行くよ!」燃える声が砂に響く。
バスタードは、燃え盛る火炎を怪物の顔面めがけて叩きつけた。炎は甲板を舐めるように走ったが、一つの傷も残さない。バジェナ・デンターダはまるで何事もなかったかのように進み続け、炎をただの熱風とでも言うように受け流した。
炎の中で、バスタードは歯噛みする。
「これでも……効かないの?」
赤い残光を引きながら、バスタードは砂嵐を切り裂き、体当たりを仕掛ける。その衝突音は砂漠全体に響き渡ったが、怪物の軌道はわずかにずれただけだった。
「希佐!」オードリーが顔をかばいながら叫ぶ。
そのとき、少し離れた峡谷の上――。
断崖の縁に、誰かの足が止まっていた。
風に揺れる、つばの広い円錐形の笠――三度笠。その人物のシルエットが、白くかすんだ砂漠の空を背景に浮かび上がる。
バジェナ・デンターダが大口を開く。砂が津波のように持ち上がり、一行を呑み込もうとする。
「――今だ!!」バスタードの内側から、希佐の声が燃え上がる。炎はさらに熱を増し、赤はほとんど白熱に近い色へと変わっていく。
空が応えた。
雷。
轟音とともに光の柱が降り注ぎ、バスタードと怪物めがけて至近距離で叩きつけられる。稲妻は空気を引き裂き、怪物の咆哮すらかき消すほどの音を響かせた。
「っ……あああああっ!」希佐の身体を、凄まじいエネルギーが貫く。
炎が揺らぎ、形を崩す。
バスタードは砂の上へと叩きつけられた。
火は霧散し、希佐は元の姿に戻って砂を転がりながら、荒く息を吐く。
「……希佐……」剣が駆け寄りながら呟く。
しかし、その前にもう一度雷が落ちる。続けて、もう一発、さらにもう一発。今度はすべて、バジェナ・デンターダの巨体を狙っていた。一撃ごとに、低く濁った咆哮が絞り出される。
怪物は砂の中へ逃れようと身をよじる。
だが潜り込む前に――。
峡谷の上から、一つの影がふわりと降り立った。舞い上がる砂煙を背に、細い体が音もなく着地する。
その手には、一振りの刀。
それは「一度」の斬撃ではなかった。視線の追いつかない速さで振るわれた連撃。刃に反射する光が、まるで何度も怪物の巨体を貫いているかのように連なって見える。
次の瞬間、バジェナ・デンターダの巨体が砂の表面に叩きつけられ、盛り上がった砂丘に沈み込んでいく。半ばだけ埋もれたその姿は、息も絶え絶えで、今はただ静かに動きを止めていた……ほんのしばらくの間だけ。
残響のような沈黙が、あたり一帯を満たす。
三度笠の影が、一行へと歩み寄ってくる。その存在感は、名乗られる前から、ただ者ではないことをはっきりと語っていた。
希佐はふらつきながら身を起こした。
近づいてくる姿が見える。
時代から切り離されたような袴姿。その立ち姿は、研ぎ澄まされた侍のように静かで、手にした刀身には、まだ微かに光の粒がまとわりついていた。笠の下で、その顔はまだ見えない。
さきほどまで固まっていたエリーが、急に前へ飛び出し、その人物と一行のあいだに割って入る。
「ま、待って! この人たちは敵じゃない!」と、両手を広げて叫ぶ。
女はぴたりと足を止めた。
風の音だけが、二人のあいだを通り抜ける。
ゆっくりと、女は笠に手をかける。
すっと持ち上げられたその下から現れた顔は、古い岩のように静かで、何度も冬を越した花のように凛とした美しさを宿していた。その瞳の奥にあるのは、冷たさではなく、あまりにも多くのものを見てきたがゆえの、深い静けさだった。
「説明してくれるか、エリー」と、低く落ち着いた声が言う。
エリーはごくりと喉を鳴らす。
「わ、私たち……砂漠の探索者、シウインさんに会いに来ました」そう言って、ぺこりと頭を下げた。「世界のことを、誰よりも知ってる人だから……」
シウインと呼ばれた女は、ふと希佐の方へと視線を向ける。
一瞬だけ、その表情が揺れた。ごくわずかな驚きが、その目に走る。
「お前は……」と小さく呟く。
希佐は、黙ってその視線を受け止める。
エリーは息を整え、勇気を振り絞るように言葉を続けた。
「街の外側――嘘と隠し事ばかりの世界の、そのもっと向こうを知っているあなたに……聞きたいことがあるんです。ある謎のエネルギーについて」
エリーは一歩、前へ出る。
「名前は……FATE」
その言葉は、一石を投じたように沈み込んでいった。
シウインの視線が鋭くなる。
「FATE……」と、風にさらわれそうなほどの小さな声で繰り返す。
刀身の表面に砂漠の光が反射し、ほんの一瞬、見知らぬ少女の横顔のようなものが映り込んだように見えた。
刃の中から、声が上がる。
「師匠!」光が揺らぎ、刀が微かに震える。「クジラが、また沈もうとしてます!」
シウインはすぐに背後を振り返る。
バジェナ・デンターダは、傷ついた巨体を揺らしながら、砂の底へと逃げ込もうとしていた。
刀の中の少女――スミンが、もう一度呟く。
「何度やっても、しぶとく生き残りますね……」
シウインは、しばらく沈黙した。
「……また来る」と、やがて答える。
そして、再び希佐たちの方へと向き直った。
しばらく一行を無言で見つめ、それから、ほんの少しだけ顎を引く。
「ついて来い」
エリーはほっとしたように笑った。
一行はシウインの背中を追い、砂丘の向こうへと歩き出す。半分だけ砂に埋もれた巨大なクジラの体は、やがて風と砂に飲み込まれ、まるで砂漠そのものがいったん問題を呑み込み、後回しにしたかのように姿を消していった。
高みから吹き降ろす風が、彼らの足跡を容赦なく消していく。
街は、消毒液と古びた雨の匂いがした。
病院の玄関を出たロージーは、眩しさに目を細めながら、一歩を踏み出した。長い夢から急に覚めたような、現実の輪郭がまだあやふやな感覚。
胸のあたりが、重い。
「どうして……こんなことになったんだろ……」と、こめかみに手を当てて呟く。
次の瞬間、鋭い痛みが頭を貫いた。
ただの頭痛ではなかった。ひび割れ――。
一秒だけ、世界が消える。
足もとが変わっていた。
街の景色はぼやけ、にじみ、形を失う。
ロージーは、白い花畑の真ん中に立っていた。ありえないほど静かな風が花を揺らし、その周りには、古いラジオやテレビが山のように積み上げられている。どれも電源は入っておらず、映しているのは、ただ誰かの影のような、ぼんやりとした光だけ。
遠くに、いくつかの影が見える。
アリステア。
剣。
リリアナ。
彼らの輪郭は、どこか他人の記憶の中の肖像画のように、一歩引いたところに立っていた。
ロージーは思わず一歩後ずさる。
「は、はぁ……」
そして――それを見た。
そこに「いない」はずなのに、「いる」としか言いようのない存在。
エリアス・マクスウェル。
白い花の海の真ん中で、ずっと前からそこにいたかのように静かに立っている。目があるべき場所には、一本の帯のように白い花々が浮かび、その花弁が、彼の代わりに呼吸しているかのようにふわりと揺れていた。瞼も、瞳も、視線も、どこにもない。
それなのに、ロージーは確かに感じた。
自分が「見られて」いることを。
口元がゆっくりと開く。あまりにも穏やかで、あまりにも静かな笑み。人間のままでいることをとうに諦めてしまった者だけが浮かべるような、異様な安らぎをたたえた笑顔だった。
ロージーは瞬きをした。
その瞬きが、病院の前へと彼女を引き戻す。
呼吸が乱れる。
「今の……何……?」と、掠れた声で囁く。「わたし……おかしくなったの……?」
少し離れた場所で、メアリーとアリステアが病院の出口から出てきたところだった。
「とりあえず、今日退院できてよかったわね」と、メアリーが気丈に言う。
アリステアが何か言い返そうとしたとき、鋭い閃光が頭の中を走った。
心臓が、一瞬だけ止まる。
胸の亀裂が、熱を帯びて脈打つ。
「……っ!」
視線の先に、ふらふらと歩く小さな背中があった。
ロージー。
他の誰にも見えない微かな光が、その身体を覆っている。
「メアリー」アリステアは低い声で言った。「先に行っててくれ。すぐ追いつく」
「え? ちょっと、アリステア、どうしたの?」
だが彼はもう走り出していた。
メアリーは、その背中を見送り、唇をきゅっと結ぶ。
「また勝手に……」と、小さくため息をついた。
ロージーは走っていた。
街並みは、色の塊になって後ろへ流れていく。
ガラス窓の前で足を止める。
そこに映っているのは、自分自身――のはずだった。
けれど、完全には「自分」ではない。
ガラスの中のロージーの胸には、光る亀裂が走っていた。今にも砕けそうな人形みたいに。瞳は不自然な輝きを帯び、その口元には、現実の彼女が浮かべていない笑みが張り付いている。
ロージーはその場に膝をついた。
「やだ……やだ……やだ……」
ふらつきながら立ち上がり、もう一度走り出す。
今度は――声が追いかけてきた。
街からでも、車からでも、人混みからでもない。
内側から。
顔のない群衆が、頭の中で一斉に叫び始める。
『エリアス、エリアス、エリアス、エリアス……!』
信号機のアップ。
赤から青へと、無関心に色を変えていくランプ。その上に、一羽の烏がとまり、じっと街を見下ろしている。
声はさらに大きくなる。
『エリアス・マクスウェルこそ、私たちを救ってくれる!』
『エリアス・マクスウェルこそ、私たちのメシアだ!』
『より良い未来のために!』
ロージーは息を切らせながら叫ぶ。
「やめて……! 黙ってよ……!」
それでも声は止まらない。
『救い主だ……!』
アリステアは角を曲がり、その背中を遠くに捉えた。
「……あっちだな」胸の亀裂が、ロージーの脈動と同じリズムで疼くのを感じながら、彼は速度を上げる。
ロージーは、見覚えのある門をくぐった。
C.B.D.P.S高等学校。
剣が通う高校だ。
呼吸は、今にも途切れそうな細さになる。
胸の痛みは、もはや「違和感」ではなく、はっきりとした「裂け目」だった。
「わたし……どうなってるの……?」
そのとき――。
女の囁きが、首筋のすぐ後ろから聞こえてくる。
「あなたたちは……エリアスの魂の欠片」
一瞬だけ、校舎の廊下が、どろりとしたマゼンタ色に染まる。ロージーと、その女の姿が、どこか現実から切り離された場所で、ありえない「血」にまみれて重なって見えた。その血は赤でも黒でもない、病的なピンクだった。
「私たちを、栄光ある未来へと導いてくれる」
ロージーはさらに速度を上げた。
頭の中で、廊下の壁がガラスのように砕けていく。割れた隙間から、崩壊した街、空に浮かぶFATE、伸ばされたエリアスの手が断片的に映し出される。
『私たちの未来だ……』
階段を駆け上がる。
伸びた影が、揺らめきながら長く延びていく。
一瞬、その影はもう「ロージー」の姿ではなかった。
それは――
エリアス・マクスウェルの輪郭だった。
『あなたたちはFATEと共鳴する……』女の声が、頭と胸のどこか、境の分からない場所で囁く。
屋上は、冷たい風で迎えた。
柵は、以前の事故のせいで壊れたままだった。
剣とバスタードが落ちていった、あの屋上だ。
ロージーの視界の中で、白い花びらが空からゆっくりと降りてくる。現実には存在しない花が、逆さまの花畑のように空間を満たしていた。
彼女はよろよろと縁まで歩み寄る。
そこから、幻のように見えた光景――。
剣とバスタードが、プールへと落ちていくあの日の情景が、現実と混ざり合い、どこまでが記憶で、どこからが幻覚なのか分からなくなる。
涙で視界がにじむ。
「わたし……どうなっちゃったの……?」と、しゃくりあげながら言葉が漏れる。「これは……何……? エリアス・マクスウェルって、誰……? どうして……ここにいるの……?」
顔を伏せる。
「……お母さん……お父さん……怖いよ」
膝が震える。
「……すごく、怖いの」
肩の力が抜ける。
そのまま、身を投げ出した。
「おい、君っ! やめなさい!」背後から叫ぶ声。
アリステアが屋上へ飛び込んだとき、ロージーの姿はもう柵の向こう側に消えかけていた。
世界が、トンネルになる。
彼は駆ける。
縁から身を投げ出し、手を伸ばす。
指先同士が、空中でかろうじて触れ合った。
「待て!」と、叫ぶ。
一瞬だけ、二人の身体は並んで落ちる。
風が容赦なく顔を叩きつける。
アリステアの胸の亀裂が、痛みとともに焼けつく。
ロージーの胸も、同じように熱を帯びていた。
そして、彼は言葉を放つ。
「――ストップ」
時間が止まった。
落下は「落ち続けること」ではなく、「浮かんでいること」に変わる。
車も、舞い上がった葉も、空中の埃も、全部が宙に固定される。動いているのは、二人の息だけ。
アリステアは荒い息をしながら、ロージーの手をしっかりと握りしめていた。
二人の体は、そのままゆっくりと校庭の地面へと降りていく。足が地を踏んだとき、身体には一つの傷もなかった。
時間が、再び流れ出す。
ロージーはアリステアを見上げた。溢れた涙が頬を伝い落ちる。
次の瞬間、彼に飛びついた。
世界中が崩れ落ちていく中で、彼だけが唯一の支えであるかのように、必死に、その服を掴んだ。
アリステアは目を瞬かせる。
それから、ゆっくりと、その抱擁を受け止めた。
「ど、どうして……」ロージーは言葉を詰まらせる。「どうして……わかったの……? わたしが……」
アリステアは、少しだけロージーを離し、正面から目を見つめる。
二人の胸に刻まれた亀裂が、淡く光り、お互いに応えるように明滅していた。
「君と僕は……」穏やかに口を開く。「どこかで繋がっているからだよ」
視線を、胸のひびへと落とす。
「全部見えた。君の恐怖も、混乱も、絶望も……」
「君自身がまだ気づいていない部分まで、感じ取れてしまった」
ゆっくりと立ち上がり、彼女に手を差し出す。
「さあ……もう、一人で抱え込む必要はない」
「一緒に聞こう。何が起きているのか。僕が知っていることを、全部話す」
ロージーは差し出されたその手を見る。
指先が震える。
それでも、しっかりと――掴んだ。
「……うん」
二人は並んで校舎を後にする。壊れた何かをこれ以上砕いてしまわないように、慎重に、一歩ずつ。
校舎の上空にこだまする声は、いつの間にか遠ざかっていた。
今は、まだ。
砂漠が、再び彼らを迎え入れる。
だがもう、それは単なる砂丘ではなかった。
墓標だった。
視界の先一面に、砂に突き刺さった武器が広がっている。錆びついた剣。途中で折れた槍。壊れた盾の残骸。砕けた鎧の破片。まるで、古い戦場が時間ごと固定され、風だけが遺体をさらっていったかのような光景だった。
中心部には、風化した石の台座と、崩れかけた柱の残骸が残っている。
シウインは、そこへと戻っていく。まるで「帰宅」するかのような、迷いのない足取りで。
その手の刀が一瞬だけ光を帯びる。
次の瞬間、刀身から光が溢れ――。
鋼が、きらきらとした断片となって空中に散り、そのなかから、一人の少女が姿を現した。
擦り切れた服。けれどその瞳は、生まれたばかりの星のような、真新しい輝きを宿している。
「私たちの家へようこそ!」と、満面の笑みで声を張る。
シウインが小さく咳払いをした。
少女は慌てて背筋を伸ばす。
「し、失礼しました! スミンと申します。お会いできて光栄です!」
希佐も、剣も、オードリーも、エリーも、ぽかんと口を開けたまま固まる。
シウインは淡々と補足する。
「驚かせてしまったな。スミンは、つい最近生まれたばかりだ」
「い、今、生まれたって言った……?」剣が小声で呟く。
スミンは頬を赤く染め、指をもじもじと絡めている。
シウインは、そんな一行をじっと見つめる。
瞳は、その顔、その姿勢、その歩き方に刻まれたものを一つずつ拾い上げていく。傷。迷い。恐怖。そして――それでも前を見ようとする何か。
「口にしなくてもいい」やがて、静かに言う。「お前たちの目が、すべてを語っている」
一度だけ目を閉じる。その仕草は、昔の何かを思い出しているようにも見えた。
「FATE」その名を吐き出すように口にする。「尽きることのないエネルギー。希望を餌にする破壊」
「この世界のあらゆる命を、土台から脅かす創造物だ」
希佐は、一歩前に出た。
砂に刺さった剣たちのあいだから、その影が伸びる。
「そうだよ」と、迷いなく言う。「だからこそ、わたしたちは――FATEを壊す」
風が、二人の間を吹き抜け、細かい砂を舞い上げる。
シウインは、黙って希佐を見つめていた。
「今のその状態で……本当に壊せると思うか?」と問う。
希佐は眉をひそめる。
「どういう――」
言い終える前に。
シウインの姿が消えた。
と思った瞬間、彼女はもう目の前にいた。いつの間にか手の中に戻っていた刀の柄が、希佐の腹部を強かに打ちつける。
「ぐっ!」
希佐の身体が吹き飛ばされ、砂の上に膝から崩れ落ちる。肺から空気が一気に押し出され、声にならない息が漏れた。
「希佐!」剣とオードリーが同時に叫ぶ。
希佐は、苦しそうに顔を上げる。
「い、いつ……動いたの……?」
シウインは静かに刀を下ろす。
その声には、嘲りではなく、ただの事実だけがあった。
「構えが甘いんだよ、立花 希佐」
名前が、遠くまで響く。
希佐は、目を見開く。
「どうして……わたしの名前を?」
シウインは、わずかに口元を緩めた。その笑みは、意味を測りにくい細い線だった。
「この世界は、お前が思っているほど広くはない」とだけ言う。
くるりと背を向け、武器が乱立する砂地の中央へ歩き出す。その足跡の上を、風が砂の帯を引きずるようになぞっていく。
「私が知っていることを話そう」振り向かずに続ける。「ただし――」
「私に立ち向かえるだけの覚悟があると、証明してみせろ」
スミンが、その隣に並ぶ。風に髪を揺らしながら、期待と不安が混ざった目で一行を見つめる。
希佐は剣を見た。剣は、固く拳を握りしめている。
オードリーは深く息を吸い、掌の奥で静かに熱を灯す。
エリーは、小さな身体で、彼女自身が改造したレーダーをぎゅっと抱きしめた。
足もとで、砂がわずかに鳴る。
まだ、何かが動いている。
彼らのはるか頭上で、空はただ、無表情にその様子を見下ろしていた。まるで、物語がようやく「始まり」に辿り着いたかのように。




