第15章『静けさを見つける場所』
夜明けの光が、地平線を滑るように広がっていた。
空の輝きの中を、バスタードは翼を広げて飛んでいた。
雲の間に、淡い光の尾を残しながら。
風を切る音の中、剣は携帯を見つめていた。
「座標が……砂漠を指してる?」
オードリーが目を見開く。
「えっ、砂漠!?」
上空から、バスタード――いや、希佐の声が響いた。
「他に選択肢はないわ。今、街に留まるのは危険すぎる。
あの子の言葉が本当なら、あそこが安全なはず。」
翼が強くはためく。
風が唸り、世界が沈黙した。
前方に広がるのは、黄金の海のような砂漠。
果てしない砂丘が夕陽を受けて輝いている。
空には、ひとつ、またひとつと星が灯り始めていた。
剣は見惚れたように呟く。
「……すげぇ。」
オードリーも空を見上げ、微笑んだ。
「星が、こんなに綺麗に見えるなんて。」
バスタードは崖と岩山を越え、赤く染まる空を背に進んだ。
青い光を宿した瞳が、遥かなる夜空を見上げる。
「丸一日飛び続けてるけど……疲れてないか?」剣が問う。
「ええ……もうすぐ限界。
このままだと変身が解ける……だから、早く……。」
その時、オードリーが前方を指差した。
「見て! あれが……目的地!」
砂の海の向こう、アンテナと小さなキャンプが見えた。
バスタードは高度を下げ、砂煙を巻き上げて着地した。
剣とオードリーが地面に降り立ち、希佐の姿が戻る。
彼女は膝をつき、息を切らした。
「……もう無理。」
オードリーが駆け寄る。
「ごめん、希佐。」
剣は苦笑しながら肩をすくめた。
「俺たちもドラゴンに変身できたら、楽なんだけどな。」
三人は思わず笑った。
短い安堵の笑いだった。
キャンプの入り口。
古い机の上で何かを直している小さな影が見えた。
希佐が声をかける。
「こ、こんにちは……あなたがメアリー?」
オードリーが首を傾げる。
「違うと思う。メアリーはもっと背が高い。……この子はまだ子供ね。」
少女が振り向き、驚いた顔を見せた。
「だ、誰!? どうやってここを見つけたの!?」
机の上の無線機が、突然光を放つ。
『エリー? 聞こえる?』
――メアリーの声だ。
少女ははっとして笑顔になる。
「お姉ちゃん! 聞こえてるよ!」
『よかった。すぐに何人かそっちへ行くわ。
怖がらないで。彼らは信頼できる人たち。
味方だから。あ、耳の尖った子がいるから、すぐわかるはずよ。』
「ちょっと!」後ろから希佐が抗議する。
メアリーが無線越しに笑う。
『あら、もう着いたのね。紹介するわ、私の妹――エリー・ゴールドスワージー。』
エリーは恥ずかしそうに会釈した。
「は、初めまして……お姉ちゃんの友達の皆さん。」
希佐は膝をついて微笑む。
「こちらこそ、よろしくね。私は立花希佐。」
「剣イッツェル。」
「オードリー、よろしく。」
『さて、自己紹介も済んだことだし、状況を説明するわ。』
メアリーの声が続く。
『アリステアは昨夜の件からまだ回復中。
あなたたちは今、CROWSの指名手配者。街には戻れない。
そして……FATEの行方は依然として不明。』
『ここでの役割を分けましょう。
あなたたちはまず休息を取って。
安全が確認でき次第、エリーのサポートを受けてFATEの手がかりを探して。
この子は機械とエネルギーの扱いに関しては天才なの。』
『その間、アリステアと私は“エリアス・マクスウェル”という人物、
そして彼とFATEの関係を調査するわ。』
「……マクスウェル!?」剣が身を乗り出す。
「白髪の女が言ってた……“マクスウェルの要素”って!」
「そう、それよ!」オードリーが頷く。
『ふむ……それは重要な情報ね。後で詳しく調べるわ。』
『今は休んで。……エリー。』
「なに?」
『愛してるわ。』
エリーは顔を赤らめ、微笑んだ。
「わ、私もだよお姉ちゃん。」
無線が静かに切れた。
三人は古びたソファに腰を下ろす。
エリーは両手で顎を支え、希佐をじっと見つめていた。
「……なに?」希佐が首を傾げる。
「い、いえ……」エリーが指先をもじもじと合わせた。
「その……あなたの耳、すごく可愛いなって。」
希佐が吹き出す。
「耳?」
「うん。まさか本物の“フルシー”を見る日が来るなんて。
伝説の存在だと思ってたけど……本当にいたんだね。すごい!」
「ありがとう。」希佐が優しく笑う。
オードリーが窓の外を見上げた。
「そろそろ休もう。……この数日、色々ありすぎた。」
「そうね。」希佐が頷く。
「明日、FATEを探す方法を考えよう。」剣が言った。
外の風が砂を撫で、夜の静けさが戻ってくる。
遠くから見るキャンプは、星空の下に浮かぶ小さな光の点だった。
――
その頃、別の場所。
月光が差し込む病室。
窓辺の花瓶が静かに揺れている。
ベッドの上で、ひとりの少女が目を開けた。
視界が霞み、息を吸う。
「……あれ?」
ロジーは自分の手を見つめた。
「私……どうしたの?」
ぼんやりとした意識のまま、天井を見上げる。
「どうして……ここに?」
カーテンが風に揺れた。
世界が、再び息を止めたようだった。




