第11章『存在の証』
戦いの余韻が、焦げた空気の中にまだ残っていた。
赤い警報灯が点滅し、煙が震え、床が低く唸る。
リリアナの唇が笑みを描いた。
甘く、それでいて狂気を孕んだ微笑。
その手の中で、ソヒョンの刃が青く脈打つ。
「行くわよ、CROWSのクズども!」
希佐の身体が炎に包まれ、廊下が一瞬で熱に染まった。
二人の姿が交差し、衝突の音が金属のように響く。
火花が散り、壁が砕けた。
希佐は滑るように刃を避け、
リリアナは笑いながら追撃を放つ。
剣戟と炎が絡み合い、視界を焦がす。
「はっ!」
希佐の蹴りが腹部に直撃。
リリアナは腕で防ぎながら後退し、口角を上げた。
「悪くないわね……」
再び斬撃。
希佐は身を沈めてかわす。
リリアナは笑い声をあげ、再び踏み込んだ。
その刹那、横からの一撃。
「ッ!」
彼女は反射的に受け止めた。
振り返ると、剣が立っていた。
「その蹴り……生まれつきの格闘家ね。」
リリアナは愉しげに呟く。
希佐と剣が同時に突進。
リリアナは後退し、ソヒョンの刃を振り下ろした。
青い閃光が空気を裂き、床を切り裂く。
「ハハハハハッ!」
剣は転がりながら立ち上がった。
「オードリー、今だ!」
「うん!」
オードリーは後ろを振り向かず、脇の通路へと走った。
希佐と剣はリリアナと向き合う。
「来い!」
リリアナの目に、狂気と高揚が宿る。
「この戦い……最高ね、ソヒョン。」
再び斬撃。
希佐は紙一重でかわす。
斬撃が床を裂き、煙が舞う。
「早く終わらせる!」
希佐の声に、剣が頷く。
リリアナが突進。
刃が唸り、炎が爆ぜる。
金属と火の音が廊下を満たす。
希佐と剣は光の中を駆け抜け、互いの呼吸を頼りに動く。
リリアナは笑いながら、すべてを切り裂いていく。
剣が瓦礫を蹴り上げ、リリアナに向かって投げた。
それを切り払った瞬間、希佐が燃え上がりながら突進する。
炎の拳が直撃した。
リリアナの体が吹き飛び、床に叩きつけられた。
静寂。
煙が立ちこめ、焦げた匂いだけが残る。
希佐は荒い息を吐き、剣も壁に手をついて肩で呼吸をした。
兵士たちは倒れ、リリアナは動かない。
二人は視線を交わした。
「オードリーのところへ行こう。」
――隣の部屋。
オードリーは立ち尽くしていた。
巨大な空間、何もない部屋。
「……ここは?」
中央に六角形の装置が鎮座している。
無数のケーブルで繋がれ、脈動する光が走る。
まるで生きているような構造——マザーコンピュータ。
希佐と剣が入ってきた。
「オードリー! 何か見つけたの!?」
「……何もない。」
希佐は膝をつき、拳を握った。
「こんなの……全部無駄だったの……?」
オードリーがそっと彼女を抱きしめる。
沈黙が、重く、静かに流れた。
――その時。
青い閃光が背後で弾けた。
リリアナが立っていた。
息は荒く、瞳は焦点を失っている。
「希佐、オードリー!!」
剣の叫び。
パチン——。
時間が止まった。
炎も煙も動かない。
リリアナの動きだけが宙で凍る。
「……アリステア。」
入口に立つ男。
その後ろにはメアリーの姿。
「地下に降りた時に信号が消えた。確認しに来た。」
希佐はオードリーを抱きしめたまま、息を整える。
メアリーの目に涙が滲む。
アリステアは一歩前に出た。
その瞬間、空気が震えた。
目に見えない圧が、空間を歪める。
剣の体が硬直する。
リリアナが再び動き出した。
ソヒョンの刃が床に落ちる音が響く。
遠いどこかで、見えない手がチェスの駒を倒した。
青い雷がCROWS本部を貫いた。
リリアナ、剣、そしてアリステアの胸が青く光る。
「ぐっ……!」剣が膝をつく。
リリアナは胸を押さえ、叫んだ。
「いやぁぁぁああっ!!」
アリステアは頭を抱え、苦痛に顔を歪める。
「うあああああっ!!」
希佐とオードリーが立ち上がる。
メアリーが叫ぶ。
「何が起きてるの!?」
空気が揺れる。
重力が狂ったように軋み、光が歪む。
そして——
その中心に現れたのは、
形を持たない影だった。
声が響く。
低く、遠く、現実の外から。
「……四つのうち三つが、同じ場所に集まったか。」
歪んだ笑みが光の中に浮かぶ。
エリアス・マクスウェル。
「さて……誰が私の“創造”に最もふさわしいのか?」
希佐の息が止まる。
実体ではない。
異なる次元から滲み出る意識の残滓。
そして光が爆ぜた。
希佐は反射的にオードリーを抱き寄せる。
「オードリー!!」
音が消え、世界が白に包まれる。
アリステアは床に倒れ、
メアリーは震える手で前に出ようとした。
「ぁ……ぁぁ……」
青白い光が部屋を満たす。
やがて、その中心に——
FATEが姿を現した。
オードリーは声を失う。
希佐は震える足で立ち上がる。
頬を伝う涙を手の甲で拭い、
ゆっくりと顔を上げた。
涙に濡れた瞳に、確かな決意が灯る。
「……これで終わりじゃない。」




