継承者シオンとの戦闘
サラールが慌てて「いえ、ハッハーン!」と意味不明な声を上げながらひざまずくのを見て、クラストは思わず心の中でツッコミを入れた(おいおい、そんなことしても無駄だぞ!)
すぐにシオンが新たに次の命令をする。
「お前ら、その二人を捕まえろ!」
シオンの合図とともに、群衆全員の視線がクラストとサラールに突き刺さる。彼らの瞳は虚ろで、まるで操り人形のようだった。
「サラール! 天井まで飛べ!」クラストは咄嗟に叫んだ。
クラストは羽ばたいたサラールの足首に掴まり、サラールはフラフラとバランスを取りながら協会の高い天井へと飛翔する。
天井付近に、はめ込まれたステンドグラスにクラストが振り子のように体を動かし、その勢いのままキックを叩き込んだ。ガラスが砕け散る音と共に、外へと逃げてできるだけ遠くへ避難した。
サラールはクラストと共に、立派な石造りの建物の屋上に降り立った。そこは冷たい風が吹き抜る。
「どうするの? このまま逃げる?」サラールが問いかける。
クラストは静かに首を横に振った。「いや、もうあのシオンからは逃げられない。直感で分かるんだ。俺は『運命』で奴と繋がってしまった」。その言葉には、抗いようのない真実が宿っているようだった。
さらにクラストは、ここで逃げれば、今後も一生涯、脇役の人生を歩むことになると悟っていた。(せっかく手にした主人公補正の力だ。この力で、俺はこの世界の主人公になってやる。)そう胸に刻み、シオンと戦うことを決心し、サラールに協力を願う「きっとやつらはまた俺たちを襲ってくるはずだ、それを返り討ちにするまでだ。あれは求心なんかじゃない。ただの洗脳だ。この街の人々を救いたい」。彼の瞳には、迷いのない決意が宿っていた。
その言葉を信じたサラールは、ふっと表情を緩めた。「今、あなたと私を助けてくれた勇者様の姿が頭の中で繋がったような気がした。この戦い協力してあげる」。
「本当か!?」クラストの声に喜びが混じる。
「ただし、お互い無理はしないこと。いい?」サラールは念を押すように言った。
「分かった」。とクラストは呟いた。
「あと紋章を持っている人間と、その仲間には求心の効力は発揮されないみたいだ」。
クラストは、その事実を冷静に分析し、そしてわずかな安堵を滲ませる声でサラールに伝える。
「つまり俺達になら勝機があるって事だ」。彼の瞳には、迫りくる戦いへの覚悟が、静かに燃え盛っていた。
「だが、一つだけ気になるところがある」
クラストはそう呟くと、迷わず中央広場へと向かった。目指すは、街の象徴である勇者の巨大な石像だ。都会的な喧騒の中、彼は石像の前に立ち止まり、その初代勇者が握る、石でできた剣の柄にそっと手を伸ばした。
そして、その剣を握りしめる。
すると、鈍い音を立てて石像の剣がボロボロと崩れ落ち始め、その中から、まばゆい光を放つ本物の聖剣サンギスが姿を現した。神々しい輝きを放つその剣は、クラストの手に吸い付くように収まる。
「最初にこの石像を見た時から、何か特別な力を感じていたんだ」。
クラストはサンギスの重みを確かめるように握りしめながら、確信に満ちた声で言った。「きっとカリバーノが俺が運命的にこの剣を見つけると見込んでこの場所に隠しておいたのだろう」。彼の目に宿る輝きは、この偶然が必然であることを物語っていた。
「いたぞー!」
白昼堂々《はくちゅうどうどう》、こんな中央広場にいれば当然、群衆の目に留まる。クラストは群衆を先頭で率いるのがシオンだと分かったので早速、勇者の『聖剣サンギス』を構え、その力を解放した。聖剣サンギスの能力を使い、クラストは自身とサラール、そしてシオンだけを囲い込むための防御壁を展開した。
それは、押し寄せる群衆を完璧に遮断した。
これで、シオンを相手に一体二の状況を作り出すことに成功し、戦いをかなり楽に終わらせられるとクラストは確信した。
しかし、彼女は目を見開き、その頭上にまばゆい光の天使の輪を出現させた。その天使のように神々しくも威圧的な姿に、クラストは思わず息を呑む。シオンが求心の力だけでなく、強大な光の異能をも操る強敵であることを、クラストは瞬時に理解した。
しかし、防御壁の周囲にはすでに、信じられないほどの数の群衆が押し寄せていた。もはや、撤退という選択肢は残っていない。クラストとサラールは顔を見合わせ、覚悟を決める。そして、連携してシオンに立ち向かった。その場に張り詰めた空気が震え、壮絶な戦いの火蓋が切られた。
シオンは、眩い光の異能を解き放つ。鋭い光線が教会の中を縦横無尽に走り、クラストめがけて殺到した。だが、クラストは臆することなく、勇者の聖剣サンギスの刃でその光線を巧みに跳ね返す。キン、と甲高い金属音が響くたびに、反射された光線が防御壁を焦がした。光の攻撃を凌ぎながら、わずかな隙を縫ってシオンとの間合いを詰めていく。
その間も、サラールはクラストの動きを妨げないよう、巧みに位置取りを変えながら、彼に降りかかるわずかな傷を回復魔法で即座に癒していく。
そして、クラストは自分の『運命の力』が、自分とサラールの動きを最適なものへと導くかのように、戦場の流れを微細に調整していると感じる。
シオンの放つ光の異能は激しさを増し、教会全体がまばゆい閃光に包まれる。光の柱がクラストを囲み、彼を焼き尽くそうとするが、クラストはサンギスの聖なる力を纏い、その光の柱を切り裂いていく。サラールは、クラストが致命傷を負わないよう、絶えず光の攻撃の軌道を読み、魔法障壁を展開し、サポートに徹する。
激しい攻防が続き、教会内部は破壊され尽くしていく。互いに一歩も引かない死闘の中、シオンの光りの光線が目の前で、爆ぜようとする。絶体絶命のピンチ、クラストに逃げ場はない。クラストは死を覚悟した。しかしなぜかその攻撃は不発に終わる。そのわずかな隙を見逃さなかった。彼の『運命の力』が告げる。「今だ」。
クラストは一気に踏み込み、シオンの防御をすり抜ける。サンギスの切っ先が、シオンの光の異能の輝きを断ち切り、彼女の脇腹を浅く切り裂いた。その一撃で、シオンの纏っていた光の異能が揺らぎ、隙がうまれた。
そして、クラストは渾身の一撃を放った。聖剣サンギスが描く弧は、かつてないほどに研ぎ澄まされ、シオンの光の異能を打ち破る。ついに、彼女を倒すことに成功した。
サラールは全ての力を使いはたし、その場に倒れこみ、クラストもその場にベッタリとうつ伏せになる。
しかし、その倒れたシオンが、かすかに口を開いた。「私は、本物のシオンではない……」。
聖剣サンギスで展開していた防御壁は、群衆の猛攻によってすでに崩壊していた。
その砕け散った防御壁の向こうから、ゆっくりとヒールの音がコンコンと響き渡る。クラストは困惑した。目の前には、倒したはずのシオンと、全く同じ容姿をしたもう一人のシオンが立っていたのだ。
「今あなたが倒したのは、私の双子の妹のシイルだ」。そう本物のシオンは、冷徹な声で告げた。
「残念だったな、もう防御壁も崩壊している。私の勝ちだ」。
その声には、完全な勝利を確信した響きがあった。本物のシオンは、倒れた双子の妹シイルの傍に現れ、自分語り始めた。
「シイルは生まれた時から光の異能を授かっていて、この街でもずっともてはやされる存在だった。勇者が神だとすれば、シイルは『天使』だと崇められていたんだ。いつも人はシイルを特別扱いする。私はそれが、次第に抑えきれなくなっていた」。シオンの声には、隠しきれない嫉妬が滲んでいた。
そして、シオンはクラストにとどめを刺すべく、群衆に指示を出した。武器を構え、押し寄せる人々の数に、クラストは再び絶望する。群衆が一斉に近寄ってきた、その時だった。
倒れてボロボロになっていたシイルが、ふらつきながらもクラストの前に立ち、彼をかばった。彼女は弱々しい声でシオンに呼びかける。
「シオン、もうこんな戦いなんてやめよう。彼らはもう動けません」。
咄嗟にシオンは、「止まれ」と群衆に指示を出した。
「なぜだ……なぜ私の指示していない行動ができるの……?」シオンは信じられないといった様子で聞いた。
クラストは言う。「シイルは君の『求心』で操られていたわけじゃない。ずっと本心から君に従っていたんだ。本心からの求心だったからこそ、シイルには意思があり、君の『求心』の力では上書きされなかったんだ。なぜ戦いの最中、彼女が俺を殺せるチャンスを捨てたのかが今分かった」。
クラストの言葉に、シオンは震える声で問いかけた。「シイル……どういうことだ? なぜ意思があったのに、私なんかに従っていたんだ?」
シイルは、か細い声で答えた。「だってお姉ちゃんは、いつも私のそばにいてくれたから。周りの子や大人ですら、私のことを人として対等に見てくれたことはなかった。でも、シオンだけは、私を『人』として見てくれていたから……」。
シオンの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。「私は、お前にずっと嫉妬してたんだぞ……!」
クラストは、そんな彼女に諭すように言った。「嫉妬は、自分と近い存在だと思っている人にしか抱かないものなんだよ」。
その言葉が、シオンの心を深く打った。彼女は、ゆっくりとシイルの元に寄り、その体をしっかりと抱きしめた。
クラストは静かにその光景を見つめながら、その場に倒れこんでいるサラールの顔を見つめ、ある一つの嘘を心の中で詫びる。そして、口を開いた。
「君が思うほど、勇者は聖人君主ではないみたいだ……」。
「え?」とサラールが小さく声を上げる。
クラストは残しておいた余力で立ち上がり、手にしていた聖剣サンギスを振り上げ、抱きしめ合うシオンの背中に、迷いなくその切っ先を突き立てた。
クラストの頬には、生温かい血しぶきが飛んだ。
「紋章は、宿った者を殺さないことには手に入らない仕様になっているみたいだ」。
そして、クラストはシオンから『求心』の紋章の力を継承した。クラストは、自身の内に潜む、力のためならどこまでも冷酷に、そして残虐になり得る本性を自覚した。
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