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勇者との出会い。

 シュリグラ王国の片隅の村にひっそりと建つ、朽ちかけたような小屋に木こりとして生計を立てて暮らすのは、鳶色(とびいろ)の瞳をしたクラストだ。手入れが行き届いているとは言えない黒髪の青年で、時折額にかかる癖毛が、彼の(かざ)り気のない印象を強めている。

 クラストはぼんやりと空を眺めて悩んでいた。この世界の一部の人間は、誰もが羨むような「異能」を授かり、その才能を競い合っている。炎を自在に操る者、空を悠々(ゆうゆう)と舞う者、あるいは岩をも砕く強靭(きょうじん)な肉体を持つ者。その能力を活かし、次々と魔獣を討伐していく勇者と呼ばれる存在。そんな彼らの中で、何の能力も持たない自分は、まるで物語の「脇役」のような、存在に思えてならなかった。

クラストは、異能を駆使して活躍する勇者への憧れと、拭いきれない嫉妬心を抱えていた。


 いつものように森で木を切り終え、帰りを急いでいたその時だった。遠くに見える村の方角が、真っ赤な炎に包まれているのが目に飛び込んできた。心臓が跳ね上がり、クラストは無我夢中(むがむちゅう)で集落へと走り出した。

 村は地獄絵図(じごくえず)と化していた。強大な竜魔獣(りゅうまじゅう)、ボロザードが、業火を吐きながら村を蹂躙(じゅうりん)している。焦げ付く血の匂いと、親に助けを求める子供たちの悲鳴が、クラストの五感を焼いた。彼は驚きを隠せなかった。(なぜだ……なぜこんな村のはずれに、上級魔獣が……)。動揺で足が地面に縫い付けられたかのように動けない。その時、ボロザードが巨体を翻し、クラストと目が合った。

 わずかな勇気を振り絞り、手にしていた斧を構える。決死の覚悟でボロザードの真正面に立ち、死を覚悟して挑んだ。しかし、それはクラストが到底敵うような相手ではなかった。その戦いはあまりにも絶望的だった。竜魔獣は他の魔獣とは一線(いっせん)(かく)し、戦いにおける力と知性を兼ね備えていた。その圧倒的な暴威(ぼうい)の前では、クラストはあまりにも無力だった。炎に焼かれ、鋭い爪に引き裂かれたクラストは、意識が遠のくほどの深手を負い、血の海に倒れ伏した。


 焼かれた村と、勝利を確信したボロザードの嘲笑(ちょうしょう)めいた雄叫びをする姿が目に入る。絶望が彼を飲み込み、もう全てが終わる(結局俺は何者にもなれなかった孤独な凡人だ)そう思い死を覚悟したその瞬間、空が裂けるような閃光がはしり、信じられない光景が繰り広げられた。


 まばゆい光の中から現れたのは、『勇者カリバーノ』だった。まず目を奪われるのは、夜空の星々を閉じ込めたかのような、深く澄んだ赤色の瞳だ。その瞳は、どんな闇をも見通すかのような鋭さを持ち、たくましい赤髭が印象的な容姿をしている。

均整の取れた肉体は、40歳前後という年齢にして完成された造形美を誇り、無駄な脂肪は一切なく、しなやかな筋肉が鎧の下で躍動(やくどう)しているのが想像できた。身につけているのは、神話の時代から伝わるかのような、白銀に輝く聖なる(よろい)。それは彼の動きに合わせて(かす)かな金属音を響かせ、見る者に畏敬(いけい)の念を抱かせた。鎧の各所には、豪華な装飾が施され、右手には聖なる紋章が光り輝いている。

彼の存在は、周囲のあらゆるものを霞ませるほどの輝きと威厳を放ち、まさに「神に選ばれし主人公」と呼ぶにふさわしい、完璧なまでの英雄の姿をしていた。


 彼は一切の躊躇(ちゅうちょ)なく、たった一人でドラゴンに相対し、その神速の剣と桁外れの魔力で、一瞬にしてボロザードを圧倒したのだ。街を恐怖に陥れた凶悪なボロザードの巨体が地に伏した。圧倒的な力を見せつけられ、打ちひしがれ、ただ呆然と勇者を見上げるクラスト。彼の胸には、自身の無力さと、勇者への拭い去れない劣等感が(つの)った。


その勇者は、静かにクラストの前に歩み寄り、深手を負いながらも意識を保つ彼を見下ろした。 「お前には、私の異能の一部を与えてやろう」 その言葉と共に、勇者の掌から放たれた光がクラストの身体を包み込む。彼の全身を駆け巡ったのは、今まで感じたことのない、不思議な力だった。そうしてクラストの右手の甲には紋章(もんしょう)が刻まれた。


「君に今、私の異能『主人公』の能力の一部である『運命の力』を与えた」。


クラストは驚いた、それは、数百年に一度だけ現れる世界に一人だけしかもたない異能である「主人公」という特別な力であったからだ。


しかし、勇者カリバーノの行動はそれだけでは終わらなかった。彼はどこか楽しげに、好奇心に満ちた瞳でクラストを見つめ、告げた。「私はこの主人公という異能を四つに分け、この国の民の中から君を含めて、私が見込んだ四人の者に託した。彼らがこの力を巡って争奪戦を繰り広げたら、さぞ面白いことだろうと思ってな。しばしの間その紋章から君の行動を感知させてもらうよ」。彼の顔には愉悦に満ちた笑みが浮かんでいた。


「三人に与えた『主人公』の異能は「覚醒」「求心(きゅうしん)」「勝利」のそれぞれ三つだ」。去り際にそう言い残し、彼は姿を消した。


 クラストは、物心ついた頃から、常に劣等感と隣り合わせで生きてきた。世間が求める「勇者」とは、圧倒的な力で魔王を打ち倒し、多くの仲間を引き連れて華々しい功績をあげる、光り輝く存在だ。そんな勇者の姿は、クラストにとっての理想そのものであり、同時に決して手の届かない、絶望的な距離にある存在だと諦めかけていた。自分を「世界の脇役」と定め、その運命を受け入れようとしていたのだ。


しかし、今、その圧倒的な勇者の力の一端を手に入れたことで、クラストの心に今まで押し殺していた「力の欲望」が、止めどなく溢れ出した。それは、自分も勇者のように輝きたい、この無力な現状を打破したいという、抑えきれない渇望だった。彼の瞳には、かつて見たことのないほど強い光が宿り始めていた。


『運命』という力は、クラストにとってまさに天啓だった。それは、彼が心から「出会いたい」と願う時に、その相手が自然と目の前に現れるという、奇跡のような能力で、必要な情報や解決策を持つキーパーソンと、いとも簡単に巡り合うことを可能にする力。彼はこの力が、どれほどの可能性を秘めているのかを直感的に悟った。


彼の胸には、最強の勇者になるという強い決意が宿っていた。しかし、同時に、その「運命」を操るかのような力が、自分自信をどこへ導くのか、その行く末に一抹の不安も感じていた。


クラストの身体の骨は砕け、全身の傷口からは血が止まることを知らない。意識が徐々に薄くなっていく。そんな絶望的な状況の中、森の奥から一筋の虹色の光が、まるで意思を持つかのように彼らの元へ近づいてくる。


 その光を纏まとい現れたのは、精霊だった。 虹色に光輝く翼と、透き通った白い肌をしている彼女の妖美ようびな雰囲気の美しさは、言葉では形容しがたいほどだった。見た目は幼い子供のようだが、翼の色数から見て、おそらく、自分の数倍、いや数十倍は長く生きているであろう、上級の精霊だとクラストは思った。


精霊は虹色に輝く翼をひらめかせ、幻想的な雰囲気を漂わせながら、無邪気な声で言った。

「人間の村に降り立ったのはもう100年ぶりか。騒がしかったから降りてきちゃった」。


クラストは、精霊種族は「傷を回復させる」能力がある事を知っていた。藁にもすがる思いで、彼は精霊に助けを求めた。「傷を治してくれ」


だが、精霊はそう簡単には頷かない。好奇心に満ちた瞳でクラストを見つめ、彼が死に瀕しているにもかかわらず、その顔に微塵みじんも動揺を見せない。


 その時、精霊はクラストの右手に刻まれた紋章に目を留めた。それは、勇者から「主人公の力」を受け継いだ者にしか現れない紋章だった。精霊は、かつて同じ紋章が刻まれた勇者に助けられた記憶が鮮明に蘇った。その記憶が、彼女の心を動かした。

「分かったわ、治してあげる」。精霊の言葉と共に、クラストの体は温かい光に包まれ、瞬く間に傷が癒いえていく。再生する細胞、繋がる骨、止まる出血。全身が新品のように蘇っていく感覚に、クラストは驚いた。まさに彼女を呼び寄せた『運命』の力が作用したのだと思った。


「あなた、何者なの?その紋章は……?」


サラールが不思議そうに尋ねた。


クラストは、今しがた起きた出来事をサラールに詳細に話した。そして、自らを癒してくれた精霊に、告げた。


「まずはありがとう。そして俺は、正真正銘の勇者になる男さ」


 彼はさらに言葉を続けた。「そして、君とここで出会ったのは、この『運命』の力があったからこそだ。この先の旅も、俺についてきてほしい」


「その紋章が刻まれた勇者には、かつて助けられたことがあるから協力してあげるわ。もしかしたら、その勇者にも再会できるかもしれないしね。私の名前はサラール。よろしくね」


「本当か、ありがとう!」


クラストはそう言って、サラールの手を握り、何度も上下に振った。


「そんなに嬉しいの?」


「ああ、もちろんさ! 早速俺の家で作戦会議だ!」


クラストは、自身の野望を現実のものとできる『主人公』の異能の一部と、何よりも心強い味方を得られたことに、心の底から歓喜した。


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