意地悪なお姫様 2
ある日の朝、城中で騒ぎが起こっていた。
ココが大切にしていた母親の形見が、何者かによって盗まれたのだ。
部屋に軟禁されているリリーは、そんな事態になっているとは知らず、古い本を読んでいた。
この古い本は、ソフィアが大切にして来た本で、リリーにとって、この本を読んでいる時が、世界を知る唯一の時間だった。
そんな貴重な時間は、突然押しかけた使用人によって台無しにされた。
「そんなに慌てて、どうされたのですか?」
事態を知らないリリーは、至って冷静だ。
「ココ様の大切な形見が消えたのですが、心当たりはございませんか?」
「ココお姉様の形見ですか?あいにく存じ上げておりません...お力添え出来ず、申し訳ございません。」
誠心誠意に謝罪したにも関わらず、使用人は何も知らないリリーを責め立てた。
「しらを切るつもりですか?リリー様...盗まれた物を、早くココ様に返して下さい!」
失くした可能性を疑いもせず、使用人はリリーを犯人だと決めつけた。
この国では、ココが善である限り、リリーは悪にしかなれないのだ。
「そんな...私は何も知りません...」
リリーが否定すると、使用人は顔を真っ赤にして、無理やり部屋から引き摺り出した。
「いっ痛い...ッ!」
「静かにして下さい!貴方の声が陛下のお耳に届けば、機嫌を損わせてしまいます!」
使用人に引き摺られ、連れて来られたのは、涙を流すココとその護衛騎士、使用人の数人が集まる部屋だった。
「やっと来ましたか...」
面倒そうに呟くのは、ココの護衛騎士をしているユグナ・スタンフォルトだ。
顔立ちは整っているが、いつも不満そうな表情をしている。
「見つかりました!」
1人の使用人が、叫びながら部屋へ入って来た。
「何処で見つけたの?」
使用人がそう尋ねると、もう片方の使用人は薄気味悪い笑みを浮かべて言った。
「リリー様のお部屋からです。」
リリーは、はめられたのだと確信した。
「私は部屋から一切出ていません...!」
「私...見ました。」
リリーが否定すると、もう1人の使用人がゆっくりと挙手をした。
「何を見たのですか?」
ココが優しく尋ねた。
「仕事を終え、自室に戻る途中、ココ様のお部屋の前を徘徊する黒いフードを被った不審な人物を...」
使用人の証言に、護衛騎士であるユグナが口を挟んだ。
「不審な人物を見たにも関わらず、なぜ我々に報告しなかったのですか?」
ユグナの言っている事は正しかった。ココの事を想っている使用人が何故、不審な人物を見かけても報告しなかったのか。
「ちっ違うのです...ッ!初めは報告しようと思ったのですが...その...フードから少しだけ、銀色の髪が見えたので、リリー様かと思い...」
「例えそうであっても、リリー様がココ様に危害を加えるとは考えなかったのですか?」
使用人は口をつぐんだ。
「何の騒ぎだ?」
その時、背後から冷たく突き刺さるような声が聞こえ、リリーは肩を震わせた。
振り返ると、そこには皇帝の姿があった。
「皇帝陛下...!恐れながら報告させて頂きます。ココ様が大切にされていた前王妃の形見が、盗まれてしまいました...。」
皇帝は、眉間に皺を寄せた。
「犯人は?」
「それが...城全体を捜索したところ、リリー様のお部屋から、ココ様の所有物が出て来ました。」
使用人が報告しなかった謎が解けていないにも関わらず、もう1人の使用人が皇帝にそう報告した。
「ちっ違います...ッ!私は何も...」
「黙れ。」
怒りが入り混じる声で、皇帝が言った。
「証拠は揃っている。それ以上嘘を吐くようなら、口を縫い付けるぞ。」
リリーは、小さく肩を震わせた。皇帝の言葉は、ただの脅しなどではなく、忠告なのだ。
「もっ申し訳ございません...」
「後で執務室に連れて来い。」
リリーが謝罪をすると、皇帝は不機嫌そうに使用人へ指示を出し、その場から去って行った。
皇帝から呼び出される間、部屋で待機していると、赤髪の男性が入って来た。
この男性は、皇帝の護衛を担当している近衛騎士団の騎士団長、テト・ルーズベルトだ。
「ルーズベルトさん、信じて下さい...私は何も...」
「弁解は陛下の前で聞きます。それに、貴方をどうするかの決定権は、私にはありません。」
テトは、近衛騎士団長兼皇帝専属の秘書も務めている為、皇帝の命令に逆らう事は許されない。
リリーが何を言おうと、テトは皇帝の味方だった。
皇帝の元へ行くまでの時間は、リリーを不安にさせた。