プロローグ
暗く静まり返った部屋に月明かりが照らす。
窓際にあるベッドには、痩せ細った女性が横たわっており、見舞いに来ていた男性と話をしていた。
「私は貴方との子を愛せない。」
突然、男性がそう言った。
「分かっています。だから、その様な悲しい顔をしないで下さい。」
その子供の親として、非常に最低で残酷な言葉のはずだが、女性は怒りもせず平然としていた。
「日に日に、自分の心が欠けて行くのを感じる...いつか、貴方の存在も疎ましいと思う日が来るかも知れない...」
「そうですか...それは少し寂しいですが、貴方のせいではありません。」
次々に最低な言葉を吐いて行く男性に対して、女性は怒るどころか、柔らかい笑みすら浮かべている。
「私に許しは必要ない...貴方は私を恨むべきだ。」
男性の抱く罪悪感は、大切な女性に慰められて軽くなる程の小さな存在ではなかった。
「今はそうかも知れませんが、その感情も時が経てば癒えるはずです。」
その言葉に、男性の頬に涙が伝う。
「最後に一つ、お願いをしても宜しいですか?」
「何でも言ってくれ。今の私には、それくらいの事しか出来ない。」
女性は優しく微笑むと、男性の頬にそっと触れた。
「此処は、多くの方が様々な思念を抱いて集まる場所です。そうなると、闇の精霊達も悪い気を運びやすくなります。来たるべき災厄から、どうかお守り下さい...貴方の大切な存在が道を踏み誤らない様に。」
「誓おう...貴方と貴方の愛する者に懸けて。」
男性は、頬に触れる女性の手を強く握りしめ、固く誓った。