灰色のカイと、薄桃の火1
初めまして。
小説を書くのは学生以来。
完結させたことも少ないですが
私の頭の中の物語を楽しんでくれたら幸いです。
【序章:神話】
──はじめに、神さまが世界をつくりました。
けれど、神さまは思いました。
『なにかが、足りない。……そうだ、色がない』
神さまは絵の具箱を持ってきて、世界に1つずつ色をつけていきました。
空には青を、森には緑を、炎には赤を。
そして、最後にこう思いました。
『人間にも色をつけよう』
人間は7人いました。神さまは、1人1人に違う色を塗っていきました。
けれど、最後の1人を塗る前に、絵の具がなくなってしまったのです。
神さまは悩んで、そして言いました。
『色はないけれど、お前には──煌めきをあげよう』
神さまは箱のすみから、キラキラの粉をかき集めて、それを最後の1人にふりかけました。
……そのとき、小さな声が聞こえました。
『神さま、どうか僕も使ってください』
金色の絵の具の声でした。
神さまは言いました。
『ああ……すっかり忘れていた』
金の絵の具を取り出し、もうひとり人間をつくりました。
こうして、8人の色を持つ人間が生まれました。
これが、世界のはじまりです。
そして今──
その“最後の煌めき”が、再び姿をあらわそうとしています。
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「ここが……色彩学園」
白い制服に身を包み、小さなぼろ布でできたカバンを肩に下げながら、カイは広すぎる校門を見上げていた。
校門の上には『色彩統合学園』という文字が金色の装飾で掲げられている。
ただ、カイの口からこぼれたのは皮肉まじりの声だった。
「何が“統合”だよ……階級差別の間違いじゃないのか?」
広く長い並木道を歩く間に、カイはすでに感じ取っていた。
そこにあったのは、色の濃度によるはっきりとしたヒエラルキーだ。
中心を歩くのは、鮮やかな色の髪を持つ者たち。
それに従うように、やや薄い色の生徒たちがその後を歩く。
さらに外側──敷石の端を歩いているのは、ほとんど無彩色に近い者たちだった。
灰色の自分は、小さな村の出身で、
一族はみな、くすんだ灰色をしていた。
この世界で“灰色”というのは──
色を交配させた末にできる、みそっかすのような存在だった。
濃すぎる色と色の間に生まれた子どもは、やがて“黒”に近づく。
それは“穢れ”とされ、恐れられる。
そのため、強制的に白の一族との交配が命じられ、
その末に生まれるのが、灰色の子どもたち。
そうして生まれた子どもは、
どの家であっても──灰色が生まれたと知るや否や、山奥の村に捨てられる。
だから、村はみな他人。
それでも、村は“ひとつの家族”だった。
カイも今はひとりだ。
けれど、それでも──
色の濃い連中に媚びて取り入るくらいなら、
灰色として静かに生きている方が、ずっとマシだと思っていた。
「……それでも、やっぱり。“色がすべて”のこの世界には……すこし嫌気がさしてしまうな」
つぶやいた声は、騒がしい校内の喧騒に溶けていった。
「ここに整列したまえ! 色同士が混ざらないように!」 「赤の一族はこちらへ!」 「青の一族はここへ!」
広い講堂に教師たちの声が響き、生徒たちを整列させていく。
カイは、当然のように一番端っこ──日陰の片隅に静かに立っていた。
「お前は……灰色の村か」
「そうです」
「では、この腕章をつけなさい」
渡されたのは、灰色の線が入った粗末な腕章だった。
この学園では、色の系統を示すために生徒全員が腕章をつける。
赤は炎の刺繍、青は波模様、緑は月桂樹の冠……
どれも誇り高く、美しい。
だが、カイの腕章は、明らかに粗雑で、糸もほつれていた。
「灰色は……聞いてた通りに地味だな。それに、なんだか縫製が粗い」
「……なんだ? 不満か?」
「いいえ、なんでも」
周囲を見渡せば、色の濃い生徒たちが中心に、薄い者ほど外側に追いやられている。
「共存」「共学」とは程遠い、そこには明確な色濃度によるヒエラルキーが存在していた。
「静粛に! これより『金の御方』よりお言葉を頂戴する!
みな、心して聞くように!」
教師の一声と共に、空気が凍る。
「一体どうしたんだ?」
思わず口にしたカイに、隣の生徒たちがひそひそと答えた。
「お前、知らないのかよ」
「なにが?」
「毎年、金の御方は文書をよこすだけだったんだけど……
今年は、直接来られるんだってよ。まさか……本物が来るなんてな」
「金の御方?」
「金の御方を知らないなんて……どんな田舎だ?」
「灰色の村だよ」
「うげ! 関わって損した!」
そう言って生徒は距離を取り、
それでも緊張した顔で、壇上を見つめていた。
壇上に、ひとつの光があった。
きらびやかな金の髪に、金色の瞳。
白い肌は、ほんのりと発光しているかのよう。
その姿を見た瞬間、目を細める者、頬を紅潮させる者、
恐怖から震え出す者──周囲の反応はさまざまだった。
『金の御方』と呼ばれたその存在の近くにいた教師たちは、
顔を上げることすらできず、下を向いてわずかに震えていた。
「そんなに……すごいものなのか?」
カイは、遠目に見ている分には特に何も感じなかった。
しかし、ふと──目が合った、気がした。
金の瞳が、こちらを見た気がした。
その瞬間、反射的にカイは顔を伏せ、膝を震わせていた。
(な……なんだ、あの殺気は)
全身の毛が逆立ち、内臓がひっくり返るような感覚。
灰色をチリのひとつとも思っていないような、あの鋭い瞳。
──あれは、明らかに“敵意”だった。
「本日より、この学び舎に立つ者たちへ、祝福の言葉を贈ろう」
金の御方が静かに口を開くと、その声は水のように澄んで校内に響いた。
「我ら金の一族は、すべての色を統べる存在。
それは生まれながらに与えられた定めであり、責務でもある」
「だが、色とは本来、交わることで広がる可能性を持っている。
混ざり合い、響き合うことで、世界はさらに美しくなるだろう」
「この学園は、その理想を体現するために設けられた」
「──かつて、調和を超えて、光を与えようとした色があった。
だが、力とは与えるものではない。
真に輝く者とは、己が色を極め、他を導く者だ」
「色の徒たちよ。
己の色を磨き、金の栄光にふさわしい礎となれ」
短く、そうスピーチを終えると、割れんばかりの拍手が講堂を揺らした。
カイは手を震わせ、顔を伏せたまま、
その気配が壇上から消えるのをただ待つしかなかった。
そして、金の気配が完全に消えたとき──
「光を与える……?」
その言葉だけが、妙に引っかかった。
記憶にも、意味にも、心当たりはない。
自分に向けられたとも思っていない。
けれど、どこかざわつく気配が、胸の奥に確かにあった。
その意味を考えようとしたとき──
「今日はこれにて終了とする! 生徒たちは各自、自分の寮へ向かうように!」
教師の号令と生徒たちの喧騒が、思考の波をかき消していった。
入学式が終わり、生徒たちはそれぞれの寮へと移動していった。
学園の寮は、貴族出身の一部生徒にのみ別棟の「一等室」が与えられ、
ほとんどの生徒には、色に関係なく平等な二人部屋が割り当てられる。
カイが案内されたのも、そのうちの一室だった。
白を基調としたシンプルな内装で、木のベッドが二台と、窓際には小さな学習机。
オイルランプと本棚も設置されており、決して豪華ではないが、
カイにとっては村の生活よりも幾分か快適に感じられた。
部屋に入ると、すでに先客がいた。
ベッドに横たわり、片手に入学案内を持ったまま、
天井を見上げながら、どこかぼんやりとした表情を浮かべていた。
こちらを見ようともしなかったが、カイが「はじめまして」と声をかけると、
その視線がふいにこちらへ向き、目を見開かれる。
「灰色とは珍しいな」
「それはどういう意味?」
「深い意味はない。ただ、僕は噂やオカルトが大好きでね。灰色についても知りたかったんだよ」
その少年は、体を起こしながら軽く笑い、胸に手を当てて名乗った。
「僕は黄色の一族、オーカーだ。そちらは?」
「灰色の村。カイだよ」
その言葉に、オーカーはますます目を見開いた。
「灰色にも名前持ちがいるとは知らなかった!」
「さっきから失礼な奴だな。村にも何人かは名前持ちくらいいるさ」
カイが口をとがらせて答えると、オーカーはひらひらと手を振って謝った。
「悪い悪い。黄色の一族は知識欲が深いってよく言うだろ? 僕もそうなんだよ。知らなかったことが嬉しいのさ」
「そんなに珍しい?」
「少なくとも、僕が住んでいた黄色の国の近くには、灰色の村は見当たらなかったな」
それもそうだ、とカイは思う。
灰色の村は、各色の国が集まる帝国の端っこも端っこ。
誰も知らないような山岳地帯の中にあり、ある意味、人を捨てるにはもってこいの土地だった。
「なあなあ、ほかの人はどう呼ばれているんだ?」
「灰色のおばあとか、山上の三番目とか。そんな呼び方ばかりだよ」
「色が名前代わりってことか。ますます興味深いね」
「そっちはどうなの?」
「うちは中級貴族ってやつだけど、使用人の中には色の名前を持たないやつがいてね。
ナンシーとか、メイドのなんとかとか、適当に呼ばれてるよ」
「職業で呼ばれているのか」
「そんな感じだね」
少し沈黙が落ちたあと、オーカーがふと、興味深そうに尋ねた。
「でも、お前って“カイ”ってほど灰色じゃなくないか?」
「夜明けの空の色に似ているからって。拾われたときの夜にちなんでつけてくれたんだそうだ」
オーカーは「ふうん」と呟き、にやついた顔で再びベッドに寝転がった。
興味津々そうなやつで、助かった。
差別意識のひどい相手だったなら、自分は廊下で眠るか、寮の裏の森で野宿する羽目になっていただろう。
名乗り合っただけで、なんとなく“敵ではなさそう”という空気は、
カイを安心させるには十分だった。
翌朝、目を覚ますと、知らない天井がそこにあった。
「そうだ。今日から学園にいるんだった」
隣ではオーカーがまだいびきをかいて寝ており、空は朝焼けで白んでいた。
村では日の出とともに働いていたため、この時間でも騒がしく、
寮で迎えた朝は、少し物足りないほどに静かだった。
身支度を整え、少し寮の周りを散策していると、薄桃の色が目に入った。
彼女は寮の近くにある温室から出てくると、周囲を気にしているのか、こそこそと小走りで走り去っていった。
「僕以外にも、この時間から動いている人間もいるんだな」
そうつぶやいたカイの鼻先に、パンの焼ける香ばしい匂いが届く。
腹の虫に従って、朝食のために食堂へ向かうことにした。
ブッフェスタイルのこの学園では、様々な料理が並んでいたが、
どれも食べ慣れないものだったため、
小さな丸パンを二つと豆のスープ、あたたかなハーブティーで簡単な朝食を選んだ。
食事をとろうとしたそのとき、髪がぼさぼさのままのオーカーが駆け寄ってきた。
「置いていくなんてひどいじゃないか! 同室だろ!」
「朝からいびきをかいて寝ているのが悪い」
「家では全部メイドがやってくれていたんだから、仕方ないだろ」
口を尖らせたオーカーを見て、温室育ちも苦労するんだなと思いながら、
「食事も自分たちで取ってくるんだぞ」と、ブッフェを指さした。
それにも慣れないのか、オーカーはぶつぶつと文句を言いながら、朝食を取りに行くのだった。
食事を終えるころには、オーカーも少しは身なりが良くなり、
きちんと制服を着こなしていた。
教室棟へと向かう道すがら、カイはふと尋ねた。
「今日って、火の実技をやるんだよな?」
「もちろん。色に関係なく、全員が受けるらしいよ」
「それも、この学園の方針?」
「そうらしい。力の差はあるけれど、みんな基本位は使えるからな」
「そういえば黄色って何が得意なんだ?」
「土魔法。地味だろ」
「そういうのは茶色かと思ってた」
「正確には天候を操る方なんだけどな。茶色は黄色からの派生で、黒の一族と交わらないとダメなんだよ」
「なるほど。黄色の方が原色に近いから、土魔法が得意ってわけね」
「そういうこと。でも、見てるだけでも面白いよ。赤の一族の炎魔法は、本当に派手だから」
教室に入ると、生徒たちは色ごとに自然と位置を分けて立っていた。
赤の腕章をつけた生徒たちは最前列。
濃い色をした者が堂々と中心に立ち、薄い者はその後ろ、いや、端に立たされていた。
その中に、朝見かけた少女がいた。
髪も瞳も、ほんのりとした桃色。
赤の腕章をつけてはいるが、他の赤たちと比べて明らかに色が薄い。
派手な炎が赤の一族から放たれる中、少女の順番が回ってくると、明らかにおびえた様子で前に出た。
「ほら、さっさとやりなさいよ。時間の無駄なんだから」
「は、はい」
少女はぎこちない笑顔をにへらと浮かべると、手を前に出して力を込める。
教室の空気がほんのり温まるのを感じ、少女の手を中心に温度が高まる。
そして……ポンという音とともに、小さな火花がはじけた。
「村で見た線香花火みたいだな」
「ぷっ……!やっぱり、そのくらいしか出せないのね」
「さすが、白の血が混じっていると、火力まで薄まるのか」
教室の一角から笑いが起こる。
「す、すみませぇん」
「やっぱり、薄桃のモモは魔法まで薄いわね」
「す、蘇芳様のように色が濃くありませんから」
「当然!私は蘇芳家の長女!深蘇芳ですもの!」
「ははは……」
モモと呼ばれた少女は、怒ることも、泣くこともなかった。
悪くしないための努力であろうことは、カイには感じ取れた。
主人を立てるかのように紡がれた言葉が、教室の空気をふわりと中和し、
その場にいた誰もが、何事もなかったような顔で次の順番へと視線を移す。
「……あの扱いは普通なんだろうか」
「気分のいいもんじゃないけど、普通じゃないかな」
「蘇芳ってのは?」
「赤の一族の上流貴族。その中でも、けっこう性格きついって噂」
オーカーとそんな話をしている間も、カイはモモから目を離さなかった。
教室の横で見守っていた教師ですら、その様子が当然であるかのように、ただ次の生徒の名前を読み上げるだけだった。
(火花ひとつで笑われ、色が薄いというだけで虐げられる。
“赤”であるはずなのに、赤の中にも彼女の居場所はないんだな)
カイの胸の奥に、じわりと何かがにじんだ。
同情なのか、共鳴なのか。
それとも別のなにかなのかは、まだ言葉にはできなかった。
けれど、彼女の取り繕ったような笑顔が、頭から離れなかった。
灰色の村はカイのような両親のいない人たちが集まり
かつては貴族だったけれど
色の交配によって落ちてしまった人もいます。
灰色の村に子どもを送るときには
少しの財産を分けるのがマナー。
そうやって得た資金と自給自足の生活で
灰色の村は成り立っているのです。
しかし、貴族落ちの人が
村になじめず、狂ってしまったり
さらに山奥の方まで行ってしまうこともあるので
生存率はそんなに高くありません。
灰色同士が交配したところで、灰色しか生まれないので
灰色から成り上がるためには
より色の濃い一族と交配する必要があります。