8 事件は次から次へとやってくる
藍色サーバーの旧王都ヴァルゴで起こった、旅人受け入れ反対派の起こしたテロに似たような事件は、藍色サーバー内の他国では起こっていなかった。他の6つのサーバーではどうだったのか?
EEC16公式サイトすら、滅多に見る事の無い紅葉だったが、息子に他のサーバーでの様子を聞いてみた。
息子曰く、
「実際、役に立たない情報も多いけど、ネット上にプレーヤーが立ち上げた、EEC16関連サイトを見てみたら?」
「いやー、私、あんまり、掲示板って好きじゃないんだよねー。」
「わかるけどさ、EECシリーズは悪質な書き込みは、即座に削除するし、16では、特にそれがしっかりしてて、垢バンされた奴ももう既に何人かいるらしいよ。
因みに、俺の赤色サーバーでは、初日から街の外に出ようとして、NPCと喧嘩して、垢バン喰らったやつがいて、そいつは、”NPC殺って何が悪いんだー”って叫んでたらしい。って言うか、VRMMO
でNPCと揉めていい事無いって、ラノベの定番じゃん。信じられないよね。」
LIME通話で顔を見ながら話をしているので、息子の落ち着きのなさが見て取れる。ゲームをしたくてたまらないのだ。
「はいはい、わかったから電話切るね。で、いつ帰って来るの?」
「休みを28日から取ったから、27日の夜の新幹線。」
「そんなに急いで帰って来なくてもいいんじゃない?夕食は?」
「いらない。新幹線で食べる。VRMMOって移動中に出来ないのが辛いよなー。こっちにいたら、家事とかする時間が勿体ない。帰ったら、母さんしてくれるでしょ。思う存分潜れるじゃん。」
よろしく~、と都合のいい事ばかり言って、LIME通話は切れた。
「たっくん、12月27日の夜に帰って来るって。」
そう伝えると夫はふーん、と返事を返した。「君たち、仲良いよね。」
「羨ましければ、お父さんもEEC16する?」
「いや、いい。」
それはやらない、と言う意味ですね、と笑う。ごく普通の日常だった。
チュートリアルの期間が終わると、街中に留められていた反発もあって、旅人たちは一斉にフィールドに飛び出して行った。
「少し、静かになったかな。」
アンの淹れてくれた烏龍茶と月餅に舌鼓を打ちつつ、ほっと息をつく。
結局、ゲーム時間で二週間近く、クレハは自宅に引きこもっていた。中庭の蔵で、アレクが粉砕した槍の復元を試みていたのだ。なかなか、満足のいく出来になったと思っている。
その間、アンを街に買い出しのお使いに出すことも無く、生鮮食品は近所の農家から直接分けてもらった。
顔見知りの農家の息子は、街の様子も教えてくれる。
「バロネスは引きこもって正解ですよ。今も、街中は、旅人が溢れていて、ピリピリしてます。物はよく売れるんですけど、中にはマナーの悪い奴もいて、勝手に果物を齧ったりして。やめてくれ、って言っても、品定めだ、って聞いてくれなくて。」
中には、目を逸らしたくなる恥ずかしい恰好で歩く若い女の子もいたり、使い心地を試すと大通りで武器を振り回す連中に、治安を守る衛兵たちも大忙しらしい。
本来の現地人の業務を考えると、そんな実情を運営に報告するのもクレハの仕事なのだろうが、初日に命を狙われた以上、暫くは、外出は避けたかった。
ガイド猫も、配信直後暫くは、運営直属のプレーヤーが治安維持に介入するので、大丈夫と言ってくれたため、噂話の収集に専念している。
自宅に引きこもっていても、アンやバトラーも近隣から情報を集めてくれている。
ヴァルゴの街中程では無いが、この辺りにも旅人が来る事はあるようで、畑に無断で入られたなどの苦情も聞こえる。
一方で、旅人たちの行動が経済を回しているのは事実で、食料は元より、武具や防具、アイテム関連は好景気に沸いている。魔物素材の納品も始まっているらしく、これからに期待する声も多い。
「週明けぐらいには、一度、街に行ってみようかな。」
そう提案したクレハに、バトラーは渋い顔だ。
「私が街を確認して参りましょう。」
申し出たのはアン。「商人ギルドに用事もありますし、ついでに、ご主人様を狙った連中がどうしているかも見てまいります。」
如何にも、垢ぬけない瓶底眼鏡っ娘のアンが、ギラリとその瓶底眼鏡を光らせる。彼女が、外見に似合わず、凄腕の護衛である事は証明済みだ。なので、アンを街に出さなかったのは単純に心配性なクレハの我儘。
かと言って、バトラーに行ってもらうとクレハの護衛がアンだけになり、それはそれで、二人が難色を示した。
アンとバトラーの間では、明らかにバトラーの方が実力が上、らしい。
うーん、うーんと悩んだ挙句、結局は三人で出かける事になった。折角なので、アレクも一緒に連れて行く。
バトラーの用意した馬車は、バルーシュと呼ばれるタイプの2人掛け1頭曳きの馬車で、深緑色のボディに深紅のジャバラ状の覆いが備えられていた。身分に相応しいエレガントな造形で、御者席はボディの前方の高い位置に配され、そこにバトラーが乗った。アンは後ろのランブルシートに立ち後方警備をする。
「目立つね。」
ぽそっと抗議したが、無視された。
街道脇の田んぼは収穫を終え、今は、秋起こし(秋耕)と呼ばれる土作りが行われている最中だ。稲わらをすき込んだり、水を抜いて土壌改良したり、来年に向けての作業が行われている。果樹園も整枝・剪定され、ゲーム内だと言うのにしっかりと作り込まれているのがわかる。
アンに向かって手を振る農民がいて、つられてクレハも手を振り返した。
クレハの家はヴァルゴの街外れ、しかも、王都と反対側にあり、そこから先に人の住んでいる土地は無く、かつての古戦場、今となっては不毛な大地が広がっている国の東端だ。その為、こちら側に向かって移動する旅人たちは、殆ど見かけなかった。
オープンタイプの馬車は、景色を楽しむには最高だが、この時期、そろそろ風が冷たく感じる。
毛足の長い毛皮の敷物とふわふわの大判のショール、そして膝上の子猫で暖をとりながら、ゆっくりと冬支度を始めた世界を行く。
建国祭初日に旅人の”受け入れ反対派”に襲撃された(ことになっている)クレハは、領主から丁寧なお見舞いの言葉と謝罪の品を贈られている。その事は、東門の門番にもしっかりと通達されており、クレハ達は、非常に丁寧、かつ、危機感を持って対応された。
「バロネス、お久しぶりです。」
いつもなら、よぅ、ぐらいの軽いノリで対応してくる顔見知りの門番に、きちんと挨拶され、クレハの方が面食らう。
「あー、久しぶりになるのかな。街は、少し、落ち着いた?」
言った後で不味かった、と思う。明らかに、門番は緊張した。
「あー、えー、はい。こちら側は概ね。」
あえてこちら側、と言ったのはその他、王都や他国方面への街道の門は、移動する旅人たちでごった返しているのだろう。
「お疲れ様。」
思わず、心の底から労った。
「いえ、これが仕事ですから。」
きりっとした顔で、槍を構えなおす門番に、差し入れのアップルパイを渡す。
クレハとアンの手作りだ。
お菓子作りも、現実ではなかなか出来なかった、やりたかったことの一つだ。現実と違い、有能なハウスメイドのアンのおかげで、一緒に作っている限りは、失敗する事は無いのが、嬉しい。
まだまだ旅人で賑やかなヴァルゴの街を行く。
バルーシュの深紅のジャバラ状の覆いを少し広げ、覗き込まなければ、中に座っているクレハの顔は見えない。
それでも、バルーシュ自体が上品な仕上がりで、美丈夫なイケおじが御者席に立っているのだ。
街の人、所謂NPCは別として、そう言った乗り物を見慣れない、旅人=プレーヤーからの注目度は高かった。
商人ギルドの建物前でバルーシュは停まった。後ろのランブルシートから、アンが降り、クレハの為に、足台を用意して、ドアを開ける。
降りてきたクレハを一人の旅人が指差した。
「ねぇ、ねぇ、見て。あの子の服、すっごく可愛い。」
そして、何も考えずに、クレハに駆け寄る。「ねぇ、その服?着物?何処で手に入れたの?あたしに頂、だ、ぃ?」
その旅人は言い終わる前に、石畳にくの字に崩れ落ちた。
腹部から、ごろん、といがぐりが転がる。
「無礼者!」
凛としたアンの声が、しん、と静まりかえった商人ギルドの入り口付近に響いた。
「痛い、痛い、痛い。」
まだ青い栗のイガを、装備のないお腹にもろに喰らったのだろう、クレハを指差した旅人が、痛みにのたうち回っている。
「何んするのよ、このNPC風情が!」
物凄い形相で叫ぶ彼女と、宥めようとおろおろする少年の旅人。
バルーシュから降り、クレハの前後を守護するアンとバトラー。
周囲は緊迫に包まれた。
「また、お前たちか?今度、騒ぎを起こしたら、ギルドから追い出すぞ、って言われてたよな。」
商人ギルドから現れたのは、インテリ眼鏡の40代ぐらいの只人族の女性と30代の巨大熊獣人族だった。
勿論、クレハは二人と顔見知りだ。
インテリ眼鏡の女性は商人ギルド長、2メートルを優に超える熊獣人の男性は傭兵ギルド長だった。
渦中の人物がクレハと知り、二人とも、困った顔になった。




