4 エターナル・エデン・クロニクル
エターナル・エデン・クロニクル16、通称EEC16の配信まで一週間を切った。
世間は年末年始の慌ただしさだが、ゲーム内のクレハもバタバタしている。
「いいですか、クレハ様。クレハ様は、ハイエルフのお父上さまと、このシデリアン国の高位貴族のお母上様の間にお生まれになった、ハイクオリティなハーフエルフです。」
アレク型ガイドキャラが、図書室で、クレハに講義をしている。
「ですので、それなりにマナーはちゃんとしてもらわなければ、困ります。」
えー、ゲームの中でマナーの勉強?とクレハは顔を顰める。
「そんなの覚えてもお披露目する機会は無いですよー。」
「品の良さは行動の端々に現れると言いますよ。」
「なら、無理じゃない?」
「諦めるなー。」
今回のEEC16はVRMMOだから、これまでのRPGとは異なり、焚火で時間を潰すとか、宿屋で寝れば翌日、とか、そう言う時間の早送りは出来ない。同様に、失敗したからとセーブデータからやり直す事も出来ないので、攻略勢はとても大変だと思う。
だが、のんびり現地人をするクレハにはそう言ったプレッシャーは無い。
「現実の1日がこっちでは4日。と言う事は、このアバターでログインするようになってから、一か月になるから、そりゃあ、季節も変わるわー。」
パタパタと、団扇であおいでもらいながら、縁側で、水桶に足を入れ、西瓜を食べる。
室内は空調が効いて快適なのだが、体感温度を確認するのもクレハの仕事、と言われて、今日は一番暑い時間帯に、外気に晒されている。
流石に、ハウスメイドのアンも熱中症を心配していたが、仕事は仕事。ゲーム開始後の気温の設定に反映されるとあれば、きちんと検証しないわけにはいかない。
「うー、暑ーい。大阪の夏と同じぐらいかな、体温より高そう。」
住んで四か月になる我が家の周囲をぐるりと歩いただけで、ダラダラと汗をかいたクレハに、アンは水桶と良く冷えたレモン水を渡してくれた。どんくさそうな見かけによらず出来るメイドである。
アレクはさっさと涼しい室内に入って伸びている。
手のひらサイズだった子猫は、この四か月で、ちょっと大きくなっている。ツヤツヤ、モフモフにすりすりするのは、いつだって至高の喜びだが、今の時期は、流石にちょっと、暑苦しさは否めない。
クレハはそのまま、縁側に座って、真夏の庭を眺めていた。
アンがきちんと管理しているおかげで、庭の草木は灼熱の太陽に負けずに元気だ。
そんな中、ふと思った。
「そう言えば、アンちゃん。アンちゃんは、ゲートが開いて、旅人が沢山来ることはどう思っているの?」
これまでのエターナル・エデン・クロニクルは、オープンワールドRPGだが、当然、自分が主人公を動かして、最終的には魔神王を討伐するゲームだった。
その世界をそのままVRMMOにするには無理がある。
だからEEC16の基本は、EEC15の魔神王が主人公に倒された後の世界。未だ、各地で魔物が湧き、魔神王復活に向けて魔力を集める魔物が動き出している。そんな時代だ。
この繰り返し魔神王が生まれる不安定な社会をどう治めるべきか。
第15代目の魔神王が倒れた後、世界各国首脳が、主人公が守った平和を維持するために、何をすべきかを話し合う会議が開かれた。
EECの世界で主な舞台となるペルム大陸には東西南北に四つの大きな国がある。その他に地下にある根の国、空に浮かぶ天空島(但し、無人島)、海の中の竜宮が、主要な7か国だ。これら各国代表(天空島除く)と、もう一人、ペルム大陸中央に位置する星都の星王を加えた7名の話し合いで、ゲートの解放が決められたのだった。クレハの故国(と急遽、設定された)エルフの国ヤマタイなど、他にも小国はあるが、それらは、この会議には招かれていない。
本来のゲートは、異世界と繋がっている、と言われ、厳重な王家の管理下に置かれている不思議な門の事だ。門、と呼ばれてはいるが、物理的な建造物がある訳ではなく、特殊な転移陣だ。
EECシリーズの便利アイテムの一つ、転送陣は、このゲートを参照して作られている。
そして、この世界の中世ヨーロッパ風の佇まいに相応しくない、主要都市の上下水道や携帯型端末による通信手段などは、ゲートからもたらされた異世界の知識を使った、とされていた。
ただ、そう言った設定は、当然、一般人には知られていない。王族を中心とした一部の特権階級、国の中枢部のみが知っている事実だ。
だから、アンの様な普通のNPCは、どう思っているのか、もっと言うなら、どういった考えが焼きつけられているのか。それを知りたいと思った。
クレハを団扇であおいでいたアンは、突然の問いかけに、少しの間考えた後、口を開く。
「私の様な平民に、尊い方々のお考えはわかりかねます。けれど、国王陛下が、ゲートの解放をお決めになられたのなら、それに従うだけです。」
模範的なNPCの答えが返って来た。けれど、そのまま、じーっと見つめ続けていると、ウロウロと視線を彷徨わせた後、小さく尋ねた。
「あの、大丈夫、なんですよ、ね?」
何をして大丈夫、と言えるのかは、クレハには分からない。
けれど、自分の生活圏内に見知らぬ他人がわらわらとやって来るのは不安を掻き立てられるものなのだ。
ちゃんと学習したAIを搭載しているからこその不安なのだろう。
クレハが参加しているゲーム開始前の現状は、このAI搭載型NPC育成の最終段階に相当する。故に、なるべく多くのNPCと接触し、会話を交わす事が求められていた。
只のNPCなら、決まった行動しかとらないから、性格付けなどは不要。けれど、AI搭載型NPCはゲーム開始直後から、ある程度はプレーヤーに応じた会話と行動が求められている。
例えば、イベントフラグの定番、おばあさんがひったくりにあったシーン。
①助けを呼ぶ
②追いかける
③見て見ぬふりをする
このどれを選ぶかでルートが変わって来るとして、只のNPCなら、プレーヤーの指示を待ち、自分で決める事はしない。けれど、AI搭載型NPCなら、状況に応じて行動を決める。
実際、アンはクレハと共に行動している時は、①の助けを呼ぶ、だ。けれど、その時、バトラーもいれば、アンは②を選んだ。
AI搭載型NPCアンの優先順位はクレハで、そのご主人様の安全が確保されていれば、ひったくり犯の確保に動く。一方、バトラーの場合は、③一択である。
そんな感じで、この世界のAI搭載型NPCを育ててるのも業務の一つであるクレハは運営に報告する。
『配信直後は、AI搭載型NPCの配置は少な目が良いのではないか』と。
期待と興奮で押し寄せるプレーヤーに不安を抱えたAI搭載型NPCとの接触は、不幸な事件を予想させた。
楽しいゲームの筈が、最初からぎすぎすした対立構造を孕んでは、初手から躓くことになる。
後日、運営から、とても貴重な情報ありがとうございました、と感謝のメールと共に一枚の招待状が送られてきた。
ゲートが解放される当日、噴水広場を望む領主邸で開かれるパーティへの招待状だった。
ちゃんと仕事が評価されたと自信がついたクレハだった。
そんなクレハには、現地人の役割上、きちんとした過去が必要、と62年分の人生が作られている。
簡単な履歴書から始まって、色々と肉付けていく過程は、かなり、楽しかった。
ガイドキャラであるアレクとわいわい言いながら設定を盛り込んでいったのだが、
「こんな手間をかけてまで現地人設定が必要なのかしら?」とつい思ってしまった。
宇宙猫の表情でアレクが愚痴る。
「EEC16は、うちのスポンサーが、我儘で作ったゲームですから。」
EECシリーズにはオンラインゲームと併売したころから、強力なスポンサーが付いている。今回の現地人設定は、EECシリーズにVRMMOの導入を決めたそのスポンサーの希望だと言う。どうやらこの人も現地人として参加しているらしく、自分一人では、批判が来ると考えたのか、一般人を巻き込んでこの計画を強行したらしい。
その話を聞いて、スポンサーさんは、きっと星王に違いない、とクレハは確信した。
そんな裏事情もあり、EEC16では、他のゲームのように、プレーヤーとNPCの区別がぱっと見、わからない仕様になっている。戦闘にならない限り、頭上にライフゲージも出ないし、特殊スキル:鑑定を使ってもNPCとは表記されない。それは、この世界のルールが現実に乗っ取り、無闇にヒトやモノを傷つけない前提になっているからだ。EECでも初期は、他人の家や畑にどかどかと入って、タンスを片端から開けたり、壺を割ったり、植木を切ったり、そんな事をして、チマチマゲーム内通貨を集めたり、そこからアイテムをゲットしたり出来たのだが、VRMMOへの展開を意識し始めたシリーズ12からは、そう言う行為は咎められ、場合によっては犯罪扱いされるようになっていた。因みに家には鍵がかかるし、あちこちに壺や宝箱が無造作に置かれている事は無い。地面の石を持ち上げても、草を刈っても、お金は落ちていない。
「EEC16は、シリーズでも初めての試みですからね、失敗ありき、で始めるんです。幾つかのサーバーに分けて配信しますから、それぞれのサーバーでいろんなトラブルが生じる事は当然と考えています。ただ、それらを修正しながらこの世界を創っていく事が可能なんですよ。僕らは、EEC16の世界を単なるゲームにはしたくないんです。現実世界で叶えられなかった夢を実現できる場所。そんな世界にしたいんですよ。」
そう語った子猫を抱き締める。
昔と変わらぬ暖かさと匂い。ちょっと嫌そうに前足を出す仕草。もう二度と触れられないと思っていた。
「確かに。人をダメにするゲームかも。」
涙声になったクレハにアレクはにゃ、と小さく鳴いた。




