3 新居
「抜け駆けはいけませんね、アン。」
そう言って、更に後ろから現れたのは、ロマンスグレーのイケおじ執事。しかも、狐耳・尻尾付き!
「初めまして、ご主人様。私は執事のバトラー、これはハウスメイドのアン、でございます。」
執事とバトラーって同じよね。
この場合のバトラーって名前、で合ってる?
あわあわするクレハに、アレクが、解説を入れてくれた。
「現地人になる、と言っても、やはり、数日ログインできない日が出て来ると思われます。そんな時に、周りに違和感が生じないよう対応する役目を彼らは担っています。」
「え?NPCじゃ無いの?」
「いえ、NPCですよ。ですが、特別にクレハさまに紐づけしてあるので、何か急用でログイン出来なくなった時には、彼らに直接メールで連絡が可能です。」
だから、事前にそう言う事があるかも、とだけは伝えておいてくださいね。
そう締めくくられはしたものの、うーん、とクレハは考え込んだ。
「この家に二人も要りますか?雇うとお給料も出さないといけませんよね。バトラーさんは、過剰戦力かも。」
ガーン!と音が出そうなぐらい、衝撃を受けるバトラー。
「ご、ご主人様。私は、金銭管理が出来ますし、ご主人様のスケジュール調整もお任せいただければ、全て、ご負担の無いように、致します。」
「いえ、あの、バトラーさんの能力を疑っている訳では無いんです。ただ、」
「「「ただ?」」」
二人と一匹の目がクレハに注がれる。
「あー、バトラーさんがイケおじ過ぎるので、現実に帰った時の、実際の旦那とのギャップが・・・。流石に、ゲームのせいで熟年離婚と言うのも・・・。」
こっそり、アレクの耳に囁けば、子猫は、ぴゃっと毛を逆立てた。
「確かに!」
今度は、一人と一匹でそろりと、バトラーを見る。
「はあ、わかりました。私としてはご主人様の生活のお世話をしたかったのですが、仕方がありません。では、私は領地に参りましょう。」
そう言うと、綺麗に一礼して、バトラーはその場を去って行った。
「領地?」
「あー、クレハ様は、一代バロネスに叙爵された時に、小さな領地をもらった事に、たった今、なりました。バトラーには、その全てを管理してもらうと言う事で。これで、必要時以外は顔を合わせる事もないでしょう。」
「ただ雇わない、だけじゃなくそこまでするんですか?なんかすみません。」
「NPCと言えど、人間一人を移動させるのは、色々手間なんですよ。それ位なら、設定をいじる方が簡単なんです。」
ほぇーっと感心しながら、クレハは出されたお茶を飲んだ。
「わ、美味しい。」
ゴスロリメイドは嬉しそうに微笑んだ。
VRMMOって凄い。
喉の渇きもそうだけど、お茶が美味しいとか、現実世界と何ら変わらない。
「凄いね、アレキュ。」
子猫を両手に抱いたまま、ゴロン、と縁側に寝転ぶ。
「えっと、アンちゃん、だったっけ?」
「はい。」
一見すると、アンは瓶底眼鏡をかけて赤茶の髪を三つ編みにした田舎の素朴なドジっ子を連想させる。お茶は美味しいけど、何となく、不安ではある。
「これからよろしくね。」
「はい。誠心誠意、お勤めさせて頂きます。」
でも、間違いなく、素直な良い子だ、とクレハは思った。
買い物に行って来る、とゴスロリメイド・アンが出かけてから、クレハはアレクの案内で、自分の家となった建物の中を見て回った。
漆塗や蒔絵の施された美しい日本の伝統家具が、おしゃれに配置された室内は、全く生活感が無く、流石に憧れだけで暮らしてはいけない、と痛感した。天然温泉の檜風呂は嬉しいが、傷つけるのが怖くて使えない可能性が高い。
「大丈夫ですよ、ここ、バーチャルですから。家具の傷は翌日には無くなります。」
「ホントに?」
「当たり前じゃないですか。そうじゃないと、バトルフィールドなんて穴だらけですよ。」
そう聞いて一安心だが、実際、トイレやキッチンは、現代日本仕立てで、快適なシステムが導入されている。
そんな一室の一つが図書室だった。
床から天井までびっしりと本の詰まった本棚が壁と言う壁を覆っていた。縦長の細い窓からさす僅かな光に、空中の埃がキラキラと光を弾く。部屋の中央に重厚な両袖のデスクがあり、その上にもうず高く本が積まれていた。
「ここは?」
「あなたのお望みの研究室です。」
この大陸、ペルムの古地図が時代ごとに並んでいる。かつて出現した魔神王の居城の場所や、主戦場が書き込まれて、従軍者の戦記や、その時代の有識者の手記などは、古地図と同じナンバーリングがされていて、資料探しにはとても便利だ。
「これ、全部、私の?」
「勿論。クレハ様が収集した資料以外にも寄贈された物や、ご自身が書かれた書籍もありますよ。」
「は?」
その言葉に、クレハはぽかんと口を開けた。
「ご自身が書かれた書籍?」
にやっ、とアレクは軽やかにジャンプすると、たしっと本棚の棚板によじ登った。
「ここの一列をご覧ください。」
立派な装丁の施されたA5判の分厚い本。その背表紙には『エターナル・エデンにおける武具の変遷』著者クレハ・デ・ノースヴィラとあった。その横には『古代エデン人の思想と占星術』同じく著者はクレハ・デ・ノースヴィラ。etc.etc。
「同姓同名、何てことは・・・?」
「ありません。正真正銘あなたの書いた本ですよ。」
「う、そ。」
EECシリーズの周年イベントにあった、”あなたの考えるエターナル・エデン・クロニクル”コンクールに応募した作品だ。
「え?だって、あの時、入賞なんてしてないし。」
「企画の方向性と合ってなかったかららしいですよ。で、今回、猫アレクさんが現地人をやって頂けることになって、日の目を見た訳です。私も読ませていただきましたが、発想が独特ですね。」
褒められている気がしないし、今、読み返せば、きっと恥ずか死ねるレベルだと思う。黒歴史。
「来年も募集するので、よろしくお願いしますね。」
愕然とするクレハにアレクはガイドキャラモード、二足歩行に移行する。
「猫アレクさんにこの現地人のお仕事をお願いするきっかけになった記念すべき論文集ですよ。当時、これを呼んだシナリオライターや武器デザイン担当者が、神棚に飾る、と言って大騒ぎしていました。」
あの時は大変だったなー、とアレクの目が遠くを見た。「連日の徹夜で、皆、おかしくなっていたのだと思います。」
「まあ、そんな裏話はさておき。」
プルプルと頭を振った子猫は、しゅたっと床に飛び降りて、ドアに向かう。「もう一つの方もご覧になりますか?」
玄関では無く、中庭に面した扉から外に出る。そこには、土蔵が建っていた。
漆喰で仕上げられた白壁に建物の下半分はしっとりとした板張りが美しい。
重厚な扉を開けると、自動で明かりがつく。それが、LEDの様な強い光では無く、ほんのりと、目に優しい灯りで、土蔵の雰囲気にとても合っている。
「魔道ランタンですよ。」
子猫のアレクは、それだけを言うと、土蔵の中に飛び込んだ。
中には、色々な物が棚に並んでいた。
食器や家具、服や武器。
様々な年代の多種多様な品々。
「これって。」
「貴女のサブ職業、遺物修復師の作品です。」
考古学者・歴史家、クレハ・デ・ノースヴィラは、ただ、研究するだけではなく、実地調査を主体とし、そこで得た遺物を修復・再現するスキル持ちだった。




