23 ル・ルーの依頼
「バロネス、うちのリ・リーちゃんの迷宮探索に協力してくれない?」
現実で夏休みが始まってしばらくした7月も末日。EEC16では、初秋の頃。
いつまでもショックを受けていても仕方が無い、と初秋のお菓子開発に没頭していたクレハは、イチジクのコンポートとイチジクのタルトを持って、商人ギルドを訪れた。新製品の紹介も早々に、ギルド長のリコに、エクタシアンとの回線画面の前に座らされる。画面の向こうには、服飾ギルド所属のエンチャンター、褐色の肌、黄金の瞳、新雪色の髪をした2メートルを超える筋骨隆々の大男でオネエ様のル・ルーが、心底困った顔で待ち構えていた。
開口一番のセリフが、冒頭のそれ、である。
「うちのリ・リーちゃんが、根の国の地下迷宮の探索に行きたいって言うのよ。今、大々的に、根の国の迷宮探索をする旅人を募集しているでしょ。でも、地下って、滅茶苦茶広いじゃない?何かあれば、アタシが助けに行ければ良いんだけど、魔力汚染が進んでいるって言うし、流石のアタシもそう簡単には行けないのよ。本当はあの子は旅人だから、アタシの許可なんて必要無いのに、ちゃんと、許可をもらおうとするところが、ホント、可愛いのよね。だから、ちゃんとした大人と一緒に行く事、って条件を付けたのだけれど・・・。
リ・リーちゃんが、それなら、貴女が良い、って言うのよ。だけど、貴女も忙しいでしょう?去年はこの時期どこかにずっと出かけていたじゃない?だから、あの子声をかけずらいみたいで。
で、どう?今年も何か用事がある?」
「いやいや、ちょっと待って」とクレハは慌てた。
「ル・ルー様が行けない程、魔力汚染の進んでいる所に、私が行ける筈ないですよね」
根の国の迷宮探索にやる気になっていたのは事実だが、魔力汚染に耐えられないから、泣く泣く諦めたのに。
今回のイベントは命に係わる程の危険が無い、と宣言されているから、リ・リーの様な未成年の旅人でも、気軽に参加できる。大人の保護者が必要なリスクはないはずだ。が、イベント自体にリスクは無くとも、迷宮と言う構造、一つのお宝を巡る争い、と言う意味での危険は付きまとう。過保護のル・ルーが保護者を欲しがるのも分かると言えばわかる。のだが。
「うふふ。とっておきがあるのよ」
とっておき?
「それに、私じゃ、戦闘能力に欠けるよ。護衛としては役に立たないと思うけど」
「やぁねぇ、わかってるわ。そこは、うちのリ・リーちゃんはもう、砂漠の魔物も瞬殺できる程強いから、心配ご無用よ。むしろ、貴女には心のケアをお願いしたいの。
リ・リーちゃんも学園で、随分お友達も出来たけど、やっぱり、長期にわたる集団行動となるとね、まだまだ不安みたいなのよ。
本当はアタシが、姉として、きっちり守ってあげたいのだけれど、ほら、アタシが一緒に行くとあの子の成長にはならないでしょ。その点、バロネスなら、適度に距離を置いてくれるから」
お・ね・が・い♡
と、バチン、とウインクされ、ははは、と乾いた笑いが漏れる。
隣では商人ギルド長のリコが、イチジクのタルトを真剣に食べている。
あまり一度に食べ過ぎるとお腹が緩くなる危険がある、それを伝えねば、と気持ちが焦る。
「ル・ルー様の気持ちはわかったけど、根本的な解決法が秘密のままで返事は出来ないですよ。私も迷宮探索には行きたいな、とは思っていたので、行けるのなら是非、その ”とっておき” を教えて欲しいです」
「あらぁ、そうなの。それじゃあ、リ・リーちゃんを連れて、一度、そちらにお邪魔するわ。その時に、とっておきの新作も見て欲しいし」
じゃあ、またね、と通話は切れ、リコのお腹は守られた。
夏休み中のイベントである事、迷宮探索と時間のかかるイベントである事、等を考慮して、次回の、根の国の地下迷宮イベント期間は二週間もある。これまた、EEC16と現実時間の流れを同期させる上に、一日の迷宮探索可能時間を6時間まで、と制限を設けていた。
これは、あくまで迷宮に潜っている間の時間のみだ。根の国の地下迷宮は高密度の魔力が満ちていて、長時間それに触れていると魔物化する為、と説明されている。6時間以上、迷宮に留まろうとすると、地上に強制転移させられ、それまで進んだ距離は無かった事にされるらしい。
なので、そうなる前に、探索者は迷宮内に自らのセーブポイントを作る必要がある。ここまでの探索を記録し、次の探索時には、このセーブポイントから開始する事が出来るように、だ。
セーブポイントを作る為のアイテムは、探索者ごとに一つ、迷宮の入口で配布される予定だ。
そんな情報が少しずつ公表されていく中、ヴァルゴの商人ギルド支部をエクタシアンのエンチャンター:ル・ルーとその妹分の旅人・テイマー兼サモナーのリ・リーが訪れた。
ル・ルーがエンチャントした帯留め、根付などのアクセサリーだけでなく、刺繡半襟や組紐の帯締めなど、見事な品々が、クレハの目の前に並んでいる。
商人ギルド長リコの肝いりで製作を始めた、クレハのなんちゃって和装は、一定数の需要を生み、小物に至っては、ドレスに組み合わせてもおかしくはないデザイン中心に売れていた。
特に、ル・ルーがエンチャントしたバフ付きのアイテムは、旅人の間では即完売となる程の人気だった。
但し、これは、クレハの住む藍サーバーでのみの、お話。
他のサーバーには、なんちゃって和装もその付属品としてのエンチャントされた小物も存在しない。それは、クレハが藍サーバーのみの住人であることが一番の原因だが、ここでの成功を真似て、他サーバーでも、クレハの着物や小物を真似た衣装やアイテムを作ろうとした旅人はいた。けれど、その旅人の試みは失敗に終わる。
単純にNPCの協力が得られ無かったのだ。
クレハの商売は、商人ギルドへの伝手、エンチャンターとの繋がり、商品を扱ってくれる店、など、どれを取っても、NPCとの関係の上で成り立っている。
同じような物を作ろうにも、そもそも、周囲の環境が異なるのだ。同じような事をやったからと言ってものになるものでは無い。逆に、全く別の独自の手法でなんちゃって和装を生み出した旅人がいるサーバーもあるようだ。
同様に、他サーバーで成功した事業を藍サーバーでも試みて、失敗した話も耳にした事はある。ここには存在しない品々を、他サーバーの旅人は普通に所持していたりもする。
EEC16とは、VRMMOであり、舞台であるエターナル・エデン自体が成長する物語である。今はまだ、各サーバー間の差はあまりないが、数年後には、本当に同じゲームをしているのか?と疑問に感じるほどの差が生まれるのではないか、とクレハは思っていた。
「お久しぶりです、バロネス!うわぁ、可愛い、猫ちゃんですね」
元気いっぱいに挨拶をしたのは、リ・リー。約一年前の、オネエさんの影に隠れていた引っ込み思案の少女の面影は、もうそこには無い。
「元気してたぁ?どうよ、これ。アタシの自信作ばかり持参したのよぉ」
挨拶もそこそこに、和装小物を見せびらかすル・ルー。
ル・ルーとはすっかり気心の知れた友人となった商人ギルド長のリコは、テーブルの上に並んだそれらを食い入るように見つめている。そして、今日はクレハの膝の上にいるアレク猫も、キラリンとその緑の目を光らせて、同様の熱意を込めて、見つめていた。クレハの愛猫を抱く腕に、ちょっぴり力が籠る。
「これは、また、繊細な美しさですね。帯留め?ボタンや、髪飾りにも転用できそうです。この刺繡半襟も絵画の様です」
白い手袋をはめて、まるで宝石を鑑定するように一つ一つをじっくり観察して、溜息をこぼすリコ。
「でしょぉ。うちの細工師渾身の作よ。だから、アタシもエンチャント頑張っちゃった。それに半襟や帯締めは、うちのリ・リーちゃんの黄金丸が監修した桑の葉で育てた魔物デザートモス・エリサンのキヌ製だからね。そっちもエンチャントの馴染みが良いから、実は複数のバフがかかってるのよ」
ふふんと胸を張って、ル・ルーが、自信満々の表情でクレハにウインクをする。
「どお?バロネスのお眼鏡に適ったかしら?」
「勿論。私みたいな素人が口を出す事なんて無いですよ」
亀型の魔物の甲羅から取れたべっ甲のようなものや、濃紅の珊瑚など、竜宮から取り寄せた素材から作られた帯留めや根付に、GWイベントの影響が及んでいる事を知る。
「エクタシアンでは竜宮との交易は、順調なのですか?」
鑑定を終えたリコが、ル・ルーの持ち込んだ品々に頭でおおよその値段をつけながら、尋ねた。
「そおねぇ、まあ、べっ甲や珊瑚は別格として、螺鈿細工に使う夜光貝、蝶貝なんかは、入手しやすくなったわね。後は、塩、ね。こればっかりは、竜宮産が一番よ。こちらの輸出品では、砂漠の魔物素材が人気ね。着物自体よりも帯や半襟の方が、何故か問い合わせが多いわ」
「ル・ルー姉、それは、竜宮の魚人族の人がそういうマフラーみたいなものしか着てないからだって」
そう言ったリ・リーにクレハは話の続きを促した。
「魚人族の人は、あんまり、服って着ていないんです。泳ぐのに邪魔になるんですって。室内で、半人化した時も、布を腰に巻いてるか、女の人でも、こう、ストールを羽織ってるぐらいで。全身が鱗で覆われているから、それが服、みたいに見えないことも無いんですけど」
「リ・リーちゃんは、魚人に会った事があるの?ひょっとして、GWイベントに参加したの?」
「あ、はい。海底牢獄のイベントには後方支援で参加しました。お陰でイルカの魔物やヒトデ、貝の魔物
なんかもティム出来て、仲間が増えました」
とても良い笑顔で頷いたリ・リーに、クレハはホッとした。




