21 GWイベント
「母さん」
EEC16内でゲート解放一周年を迎える頃に、突如、発生した海中国・竜宮での、魔物の脱獄騒動が|収束した。つまり、現実でのゴールデンウイークイベントが終了してから、紅葉に息子の龍樹から、酷く落ち込んだ連絡が入った。
「俺、もうEEC16、続けられないかも」
「いきなり、どうした?」
息子の所属する冒険者クランは、海底牢獄の大規模レイドに参加し、全員無事に帰還した、と聞いていた。順調に冒険が進んでいるようだったのに、何故?
「ゴールデンウイークの大規模レイドでさ、」
と、ポツポツと息子は話し始めた。
「俺のクラン ”愚者たちの酒場” は、クランマスター始め、精鋭たちで今回の大規模レイドに臨んだ。お陰で、死者は出なかったし、討伐数も多くて、報酬にも問題は無かった。
だけど、他のクランには、死人が出てるんだ。
プレーヤーはいい。ペナルティがあるとは言え、死に戻り出来るから。
でも、NPCは・・・。
ついさっきまで、俺のすぐ横で剣を振るっていた奴が、次に振り返った時には、血塗れで倒れていて。
俺、これまでも他のVRMMOで、NPCが死ぬシーンとか、何とも思わず見てたけど。でも、EEC16は、全然違って。戦場の音が、魔物の雄叫びが、仲間たちの息遣いが、血の匂いが、皆、皆、リアル過ぎて。
母さん、戦場って、汚いんだ。
血と汗と内臓と吐しゃ物と汚物と。
そんな物がぐちゃぐちゃになって。どうして俺、R18設定切った、って思ったよ」
ゲーム依存の未成年問題に関連して、新しく設定された連続接続時間制限以前に、EEC16にはR18の設定がある。エログロが苦手なプレーヤーはR18設定が可能だ。例えば、R18で遊ぶなら、魔物との戦闘時のダメージ表現は、ポリゴンで表されるが、R18を切っていれば、血しぶきが上がるし、返り血を浴びる事もある。因みにクレハは現地人枠なので、R18設定は無い。
「でも、まあ、それは良いんだ」
『良いんかい!?』
「だけどさ、魔物倒そうぜ、って、一緒に飯食った奴が、急に倒れて動かなくなって、死んじまった。プレーヤーなら、笑い話で済む。”さっさと戻ってこなけりゃ、経験値入らないぜ”って、死に戻りする奴になら、そう煽って手を振る事も出来る。
だけど、NPCは戻ってこない。死んでしまったら、体がそこにそのまま残ってるんだ。
そして、それをそのまま、そこに残したまま、俺たちは、戦い続けた。
そこからは、もう、楽しくなかったんだ。
一緒に戦っていたプレーヤーの奴らは、自分が死んでキラキラと消えても、NPCを守って戦ったよ。
そうやってもぎ取った勝利だったんだ」
「だけど、他のサーバーでのレイドの様子がネットで流れててさ、そこに、NPCを盾にして攻略を進める連中がいて。
ぱっと見、NPCと旅人の混合クランで協力して攻略をしてるんだ。だけど、上手くNPCを危険な所に誘導してるみたいで。だってさ、あらかじめそこにおびき出す事を決めていなければ、この角度で映像なんて撮れないだろう、って、そんな動画なんだ」
「それは、運営から注意されるんじゃないの?」
確か、EEC16の運営はNPC保護がかなりきっちりしていた。それこそ、”現地人のクレハ”の役割もそうだし、配信直後は運営直属のプレーヤーが治安維持に介入していた。今も、掲示板関連のチェックは厳しい、と聞く。
「そこが巧妙でさ。バフかけとか、庇ったりとか、一応、きちんと協力しているようにも見えるんだ」
LIME電話の向こうで、息子が大きく溜息をついた。
「けど、死んでるのはNPCのみ。実力が、とか、装備がって言われてしまうとそうなのか、ってなるんだけどさ」
ま、暫く、ログインしないで頭を冷やすよ、そう言って通話は切れた。
ゲームと言えど、現実社会に齎す影響は侮れない。
EEC16が妙にリアルだからこそ、その時の気持ちを、ログアウトした後にも引きずってしまうのだろう。
VRMMOの作り込まれた環境が、AIで自立するNPCに個性を感じさせる。
現実を生きるには、ゲームはゲーム、NPCはただのプログラム、そう割り切って遊ぶのが正しいのだろう。
だから、紅葉は息子の龍樹が、暫くEECにログインしない事を喜ぶべきなのかもしれない。
自分が、今回の天空島調査で実感したアンやバトラー、商人ギルドのリコやル・ルーに感じる友情のようなものを、勘違いしないように、改めてそう思い。
そして、寂しさを感じた。
今回のGWイベントは、先日のゲーム依存の未成年者たち同様、社会に大きな衝撃を与えた。VRMMOのリアルさが、衝撃的過ぎた、と言うのだ。平和な日本において、戦いどころか、人が死ぬ場面に立ち会う事自体、人生において1度か2度あるかないか、だ。自分の祖父母の臨終の場にすら立ち会う事は無い人も多い。あったとしても病院のベッドの上での、綺麗な死だ。瓦礫の中、泥にまみれて、血だらけの剣を振るう、そんな戦いを現代日本人が経験した事が無くて当たり前だ。
ゲームのキャラを動かすのとは違う、五感に訴える生死を分ける瞬間に耐えられなかった者は多い。
GWイベント後にEEC16へのアクセス件数は激減した。
お陰で、クレハはのんびりと縁側に座り、暮れゆく秋の夕日を眺めながら、愛猫を撫でている。
これ!これこそ、求めていたセカンドライフ!
運営は落ち込んだ需要に躍起になって挽回を図ろうとしているようだが、まあ、クレハには関係ない事だ。
天空島調査に関する追加の業務連絡は、今の所、来ていない。
「アレキュぅ、天空島は素晴らしかったんだよー。神像はもとより、神殿の建築様式とか、装飾品の数々もだけど、麓の建物一つをとっても、興味深くって。石畳の石組みすら一見の価値あり。もう、設定資料を読んでるみたいでね。
でもね、駄目だった。
天空島に入るには、それこそ、無菌室に出入りするぐらいの徹底した魔力排除の管理が必要なのよ。
天空島には星力しかないの。だから、魔力を放出する魔石は、あそこでは放射能汚染をまき散らすような危険物でしかない。
あの世界、魔力を使わずに生活なんて無理でしょ。
なのに、今回の調査は旅人に天空島を解放するための下準備。
魔力の塊である旅人を、あの島に行かせるなんて、環境破壊へ突き進むようなこと、私には出来ないよ」
『でも、クレハ様なら、行けるじゃないですか、魔力無し、なんだから』
アレクの言葉にクレハは頷きながら、首を振る、と言う器用な動作で答えた。
「なんかね、それはズル、な気がする。
他人には行くな、って言いながら、自分は関係なく訪れて、好きなように研究するのはね」
それに、色々、調査用の魔道具や魔法陣には魔力が使われているから、と。
「あと、ほら、やっぱり、星都経由で行かなくちゃいけないでしょ。セイ君には会いたくないなーって」
自称聖王は、クレハには天敵の様だ。
そんなある日、そろそろログアウトしようとしていたクレハに、アレクは戻ったら、何処の民放でも良いのでテレビをつけるように告げた。
「EECのCMを一斉に流します。必ず、見て下さい」
そうして、言われるがままにテレビをつけると、
「エターナル・エデンを旅する者達よ」
と画面越しに呼びかける超絶美形がいた。
年の頃は20代前半。金髪碧眼のハリウッドスターも顔負けのイケメンは、ローマ教皇のカズラに似た白地に金の装飾の衣装を着ていた。そして恐ろしく美声だった。
「我がエターナル・エデンは、長年、魔物との戦い、魔神王の支配にあがらって来た。
過ぎし年、旅人をエターナル・エデンに招く決断をしたのは、全て、この地に恒久的な平和をもたらす為である。
我がエターナル・エデンに魔物が産まれる原因は、其方たちの住む世界にある。
我がエターナル・エデンと其方たちの世界は、表裏一体、表と裏の関係にある。
其方たちの世界で溢れた悪意が我がエターナル・エデンに魔力となって染み出で、魔物を産む。
故に我は、我らは、その魔物の討伐に其方らを招くことにした。
けれど、其方たちは、魔物を弑することを残酷と言う。
命をかけ、同胞を守って戦い死した我が民の暮らす世界を残虐だと言う。
何不自由なく、命を脅かされる事の無い世界で暮らす者達よ。
其方たちの悪意の成れの果てを、負の感情の息つく先で、命をかけて戦う我らを非難する事を、我は許さぬ。
エターナル・エデンを統べる星王として、我はここに宣言する。
全ての旅人よ。
エターナル・エデンはエターナル・エデンの在り方を否定する者を受け入れる事は無い。
殴られれば痛い。切られれば血が流れる。その辺り前を受け入れられぬ者は不要。我らとて生きている。
我らと共に、其方たちの世界の負の遺産を清算する強き気概のある者のみに、我がエターナル・エデンは星の力を与えるだろう」
これは、星王の宣戦布告、として、瞬く間にネット上、全世界を駆け巡った。




