20 報告書
「ご主人様・・・」
見るからに元気のないクレハにアンもバトラーも欠ける言葉が無い。
数日前、クレハは帰還陣でヴァルゴ外れの自宅に帰った。
『あれ、クレハ様、どうしたんですか?お早いお帰りですね』
のびーと前足を思い切り前に出して、寝ていた縁側から、アレクが声をかける。
天空島調査団へ参加するに当たって、かなりの期間、その地に滞在することになる。
流石にペットは連れて行けない為、アレクはお留守番だった。
「アレキュ!」
ぎゅっと抱きしめる。
日向ぼっこをしていたホカホカの体。首元に顔を埋め、久しぶりに猫吸いを堪能する。ふにふにと肉球をマッサージすれば、腕の中の猫は嫌がって身をよじった。
『私ね、調査団のお仕事、断る事にした。勿論、ちゃんとレポートは上げるよ。でも、あそこにはもういたくなかった』
『にゃんですと⁉』
アレクの尻尾がぶわっと逆立った。
クレハから詳細を聞いた後、アレクはいなくなった。
クレハはぼーっと縁側で中庭を眺める日々だ。
いつもは猫を撫でている手が手持ち無沙汰でうろうろするのが、悲しい。
食事量も減って、夜まで縁側に座っている事もあった。
調査団の仕事を断る、とアレクには言ったが、天空島を出る前に簡単な報告書(一行!)は残してきた。そして、ログアウトして直ぐ、現実社会で詳細なレポートを仕上げて、運営には送ってある。つまり、仕事はきちんと完了させていた。
流石に社会人を40年近く勤めている。適当な仕事で報酬を受け取る事など出来はしない。
レポートを現実社会で提出した事には意味がある。書かれた内容が公に出来ない機密事項に関わるからだ。
『結界で囲まれた天空島は、閉じた世界である。
時間は地上と同じように流れているが、ここに、魔物は存在しない。
それはつまり、この天空島には魔力が無い、と言う事を意味する。
これまで数千年に渡り、繰り返し出現した魔神王にしても、天空島を侵す事は出来なかった。星力で結界が張られた島には、外部からの魔力は侵入出来ない、もしくは侵入しても、軽度の魔力汚染ならば、自浄作用で何とかなっていたのだろうと推測する。
しかし、天空島のゲートを旅人に解放する事は、島に魔力を持ち込むことになる(ここが機密事項抵触案件、旅人を形作るのは魔力)。彼らの魔力が、島のシステムに影響を及ぼす可能性は高い。その結果、数千年前から完結したビオトープである天空島に何が起こるのか、予想が出来ない。
最悪、島の墜落もあり得ると推測する。
そんな危険を犯してまで、旅人にゲートを解放するメリットがあるとは思えない。
よって、クレハ・デ・ノースヴィラは、ここに天空島調査の結論として、ゲート解放に反対意見を記す』
星力そのものである星霊の存在も、報告書には記した。
『魔物が魔力から生まれるのであれば、二元論的には星力から生まれた星霊はその対となる存在であり、魔力が魔神を生み、そこから魔神王が誕生するなら、星力から生まれた星霊から星霊王が誕生する可能性もある。これまで星霊王が誕生しなかった原因は今後の解明が必要だが、魔力は星力の対極にある為、お互いに打ち消し合い星霊の星力が溜まらなかった、星霊王の誕生には特別な何かが必要、などの要因が考えられる。
調査団が持ち込んだ魔道具は、魔石から魔力が失われ、使用不可となっていた。魔石に星霊の幼生が吸い込まれたのを見た、というメンバーもいた。
また、只人族に比べ星力が多いとされているエルフや獣人の周囲に多くの星霊が集まっていたのは、調査員・冒険者・星都騎士団の誰もが認める事実である。この事実からも、魔力と星力(星霊)の間には因果関係があると予想される。
以上の観点から、数多の星霊が暮らす天空島には、魔力を持ち込まないようにするべきである。
これまで、星王の代替わり時に、新たな星王と数人の神殿関係者が、天空島に報告にあがる際には、禊を終え、最小限の装飾品だけを身に付ける事を義務付けられている。滞在中の行動も制限されており、これも、魔力の持ち込みを最小限に抑えるための古の知恵だったのだろう』
旅人への天空島の解放は避けるべきだ。
勿論、それが、配信一周年記念の一大イベントとして計画されている事は承知の上でだ。
それでも、クレハはEEC16の世界を大切にしたい。セイの言う通り、このゲーム世界に依存とまではいかずとも、どっぷりとハマっている事実を認めないわけにはいかなかった。
運営と契約した業務内容は、現地人として、NPCとプレーヤーのサポートが主で、時々、クエストやイベントの手伝いをする、というものだ。今回の天空島調査団への参加もそれに当たる。調査結果から導き出した結論が、運営の方針に反するものであったとしても、契約違反にはならない筈だ。
自分が過去に応募した周年イベントの論文が、このゲームの設定の一部となった。応募時の募集要項を取り出して見たが、応募された論文の権利は運営がもつ、という一文がちゃんと書かれている。つまり、あの論文を書いたのはクレハであっても、既に権利は失われている筈だ。周年イベントで日の目を見ず、後日にそれを使った設定を組み込んだ負い目?でもあるのだろうか、運営はEEC16の世界に現地人としての立場をクレハにくれた。
普通にプレーするのとは、また違った視点でゲームを楽しめていた。
色々、優遇されているのも、理解している。
けれど、これからについては、微妙だ。
一年前の今頃は、ゲートが解放され、旅人が領都に溢れていた。万が一に備え、早めの収穫をしていたが、今年は例年通り。道路脇の水田には黄金色の稲穂が頭を下げていた。豊作を予感させる光景に、落ち込んでいたクレハの気持ちもようやく上向く。
運営の対応など、一ユーザーにはどうしようもない事で悩んでいても仕方が無い。
契約が打ち切りになるなら、それはそれで、その時に考えよう。
それまでは、この世界を目一杯楽しもう。
天空島でなくとも、地上にも地下にも興味深い場所は幾つもある。幸い、現地人扱いであっても、クレハはパスポート持ちだ。行こうと思えば、どこの遺跡にだって行ける。
「うん、ちょっと休んだら、竜宮に行こう」
暗くなる気分を上げるように、クレハは、明るい声で言った。
「そろそろ、海底牢獄の問題も解決するだろうし、そうなれば竜宮への航路も開かれるかもしれないしね」
笑顔を見せたクレハに、離れて見守っていたアンもバトラーも安心したような笑顔を見せた。
「はあぁ~、クレハ様。ただ今、戻りました」
アレクが帰って来たのは、その翌日で、ガイド猫として運営と協議した結果を持っての事だった。
「エターナル・エデン・クロニクル16配信一周年記念の目玉にするはずの天空島解放イベントが、何やら恐ろしい事になりそうです。開発が泣いてましたよ」
ため息交じりにジト目で見られた。
「いや、別に、私の報告で運営の方針が決まる訳じゃないでしょ。私はただの現地人で臨時バイトなんだから」
「ふっ、そう言う事はお財布握ってる人に言って下さい。なんで、クレハ様、あの人に目、付けられちゃったんですかね」
ぎょっとして、クレハはアレクを抱き上げ、しっかり、その緑の瞳と目を合わせて尋ねる。
「それってどういう意味かな?」
お財布握ってる人、とは、星王を名乗って好き勝手やってそうな、あの人の事かな?
「”ふっふっふー、クリスマスを楽しみにしてくれ”、らしいですよー」
目が死んでいるアレクが、伝言と言う名の棒読みのセリフを吐く。
「アレクぅ!?」
『配信一周年記念イベントは、まだ半年以上先。余裕、余裕』
と、黒い笑顔で、赤ペンの入った資料が渡されたらしい。
『まあ、ぶっちゃけ無理のあるイベントだったので、ある意味、良い感じで先送り出来て助かるんですけどね』
星王めー、私のせいかー!と叫ぶクレハに、ちょっぴり申し訳ない、と思いつつ、まあ、この人も大概やらかしてるよね、と小さく呟いて、猫らしく丸まるアレクだった。




