19 天空島の真実
球体状の結界に包まれた島とその周囲の海からなる星都上空に浮かぶ天空島。
その中央に建つ神殿の最上階に安置されている巨大な神像。その足元に星都からの直通ゲートがある。
ゲートから出た者は、まず、その目の前に広大な空を見る。
そして、眼下にひしめきあう石造りの建物。その向こうに空と溶け合う海。遠くには形を変える白い雲海。
この場所でしか見る事の叶わない圧倒的な景色。
神像の立つ最上階には、階下につながるエレベーターがあり、調査団の主な面々は、それを使い、下の教会の建物に移動したが、クレハは敢えて、神像の立つ尖塔をぐるりとらせん状に回る外階段を降りていた。
多少足元が不安ではあるが、天空島の360度のパノラマを見る事が出来る。
「絶景、絶景!」
最初ははしゃいでいたクレハだったが、ふと、ある事に気が付いて、足を止めた。耳を澄ませ、周囲を観察する。
天を見上げる。雲一つない青空。天空島の空には、何もないのだ。
流れてきた雲が、目に見えない星力の結界に阻まれて分かたれる。だから、天空島の結界内には
「雲が無い」
クレハは雲が水蒸気の塊である、と知っている。
天空島には海があって、太陽の熱で海の水が蒸発し、水蒸気となって空気中に含まれていても、上昇気流に乗って空へ昇るにも限界(結界)がある。湿った空気は膨張も凝結もしないから、雲の出来ようが無いのだ。
つまり、この島に雨は降らない。
天候は常に晴天。
そんな土地にも拘わらず、島のあちこちにこんもりした木々の緑が見える。流石、ゲームと言うべきなのか、生態系の成り立ちをあっさりと無視している。
とそこまで考えて、
海ごと一つの島が空に浮いているのだから、その島の生態系がどうの、と言うのは、実に細かい話なのではないか、と改めて思った。
尖塔は半円形の内陣と呼ばれる礼拝堂に繋がっていた。彩り鮮やかなタイルの敷き詰められた床、優美な細い柱が上に向かって広がり天井に至る。がやがやと人の話し声に導かれ隣接する広大なホールに入ると、そのホールの床にはゲートに似た模様が幾つも描かれており、その数は、星王庁から渡された事前資料よりも、遥かに多かった。
これらは本当にゲートなのか、そして何処に繋がっているのか、クレハたちの興味はいやが上にも高まった。
ホールの向こうには中庭があり、整えられた芝生と低い植栽は野ばらだろうか、小さな花が咲いていた。
ひらり、と何かが、クレハの視界を横切った。
「蝶?」
何となく見覚えのある造形。
あれは、EEC16登録時にプレーヤーを最初に迎え入れるチュートリアルキャラの蝶々妖精?
「やっぱりそうだ。星霊だ」
調査団メンバーの興奮した声が、教会内に響いた。
「あれは花の星霊ですね。では、さっきのは水の星霊。ああ、こうしてはいられない!あの礼拝堂の灯りは光の星霊でしょう。つ、捕まえて、観察、うわあぁー」
突然の叫び声に、全員の緊張が高まる。
さっきまで大興奮で叫んでいたメンバーがいきなり、床に倒れ、その体が、じわじわと黒い何かに覆われていく。
「虫?」
それは、一見するとダンゴムシの様で、その異様な光景に、誰もが唖然として立ち竦んだ。
「ちっ」
すぐそばから聞こえた舌打ちにクレハが振り返ると、眉間にこれでもかと皺を寄せたアンが、先程、クレハに飲ませていたミントティーを取り出していた。それを徐に倒れているメンバーを覆う黒い虫にぶちまける。
虫はさっと離れて、石畳の隙間に消えて行った。
一瞬の出来事だった。
「アンちゃん?」
「星霊を捕まえるなどと不穏な事を言った為、排除対象になったと愚考いたします。ミントティーが効いて良かったです」
アンはいつも通りの完璧なメイド業務用の真顔で一礼した。
何でも迂闊に触らない、大声で叫ばない、教会の敷地から出ない、を約束させられた調査団は各自、興味を惹かれた事物の調査に向かった。それぞれに、冒険者の護衛がついている。一方、星都騎士団は天空島全体の安全確認に出かけた。
そうやって、神像を含む教会の敷地内を一通り調べた結果、この天空島には、秩序を守るためのシステムがあり、その一つが”星霊”と呼ばれる存在だろう、との仮説が立てられた。
調査員たちが遭遇した星霊は、大きく分けて、5種類、虫型、鳥型、獣型、魚型、植物型だ。植物型以外のサイズは大きくてもクレハの手のひら大。中庭にいた蝶や、石畳に消えて行ったダンゴムシ、天井の灯り代わりになっていた蜘蛛の星霊などが虫型で、一番多く目撃されている。逆に少ないのは、魚型で、教会の入り口わきに設置されている聖水盆のような役割を果たす物だろうか、大きめな水盆の中に柳の葉の様な細い体の魚が、今、見つかっている唯一の魚型星霊だ。そして、中庭の野ばらや植栽、壁を伝う蔦もよくよく観察してみれば、虫型や魚型と同じく星力の輝きを放っており、星霊だろうと結論付けた。
つまり、この天空島の動植物は全て星霊。そして、島中に浮かぶシャボン玉が星霊の幼生らしい。成長し、更に多くの星力を得ると、動植物の形をとり、システムとしての意識を持つようになる、というのが、現段階での仮説だ。
「おとぎ話と馬鹿にされていたんですぅ~」
おいおいと泣きながら、シャボン玉に囲まれる調査員は、初日に星霊を捕まえると叫んで、ダンゴムシに襲われた青年だ。
取り敢えずの安全が確認され、教会の敷地以外の調査によって、天空島が星霊の生まれる場所と彼は確信した。”名も無き神様”の像が立つ前からこの天空島に住んでいる亀の星霊が、そう教えてくれたと言う。
『メルヘンだわぁ』
初日は、隠れて様子を見ていたのだろう星霊や星霊の幼生たちが、ふわふわと、至る所に浮かんでいる。クレハは感動に涙する調査団の面々を残し、ホールを出て、中庭を突き切り、回廊を巡り、教会の門にやってきた。格子状の門は上に引き上げられ、跳ね橋も降ろされている。
石畳の道が緩くカーブしながら、下り坂となり麓へと続いている。
馬車一台が通るにギリギリの幅しかないその道の左右に、高さも大きさもバラバラな建物が立ち並び、迷路のような小径、ぽかりと空いた空間、そんな不思議な街並みが広がっていた。
ぽつりとぽつりと歩く人の姿が見える。それらは、調査団のメンバーであり、護衛を任された冒険者や星都騎士団員である。
天空島に住人はいない。
数十年に一度、星王の代替わり時、この島に参拝する事以外は、これまで天空島は立ち入りを禁じられていたからだ。
人が暮らした事の無い街。”名も無き神”に捧げられた街。
それがこの天空島だ。
それを、解放しようと言うのだ。
英断?無謀?
これが発表されれば、ゲート解放と同じように反対派が現れるのは想像に難くない。
天空島の調査にあたり、クレハはNPCの人々に、天空島についての聞き取り調査も行っている。ヴァルゴのギルド関係者や、エクタシアンのル・ルーたち、星都の学園関係者。誰に尋ねても、天空島を神聖不可侵と答えた。
空は神の領域とは、世界中のどの神話でも言える事だ。
興味本位で探っても良い事は無い、そう警告を鳴らす者もいた。
振り返るとクレハ達が転移してきた、”名も無き神様”の神像が見える。神像は神殿の尖塔の最上階に設置されており、この天空島で、強いてはこの星で一番高い所に立っている。
神像は、慈しむように下界を見下ろしている。
「”名も無き神様”はこの島にたくさん人が来る事をどう思うかなあ」
そんな事を呟くクレハの周りには、先程の調査員とは比べ物にならない位の星霊がまとわりついていた。
「神、なんてモンはちっぽけな人間が何万人集まろうと知ったこっちゃないさ」
クレハの呟きに答えたのは、意外な人物。
星都で食って掛かって来た生意気な少年セイ、だった。
「にしても、お前、ホント、面白いな。どうやったら、そんなに星霊に懐かれるんだ?こいつらは力の強さに惹かれるように設定されてるんだ。お前みたいな程々の奴より、俺の方がずっと力は強い筈なんだけど」
「セイ君は魔力を持ってるからじゃないかな」
何となく思い付きの様に言ってみる。いくら雇い主の関係者とは言え、常に上から目線の、多分、現実では自分より少し年下位の年齢のおじさんと思う相手に、ゲーム内で忖度するつもりは無いクレハは冷たく言う。
「私は、この世界の人間だからね」
「ふむ、では、別のサーバーで試してみよう」
少年らしくない仕草で顎を撫で、セイが言う。
息子から聞いた話では、星王は各サーバーで、年齢も性別もバラバラ、らしい。
つまり、このいけ好かないお金持ちのEEC16のスポンサーは各サーバーに星王と言う名でログインしているようだ。
ふと、違和感を覚えて、クレハは自分の傍に控えている筈のアンを見た。
彼女は、こちらを見てはいるが、その瓶底眼鏡の奥の瞳は只のガラス玉だ。
「アンちゃん⁉」
「あぁ、ちょっとお前と話をしたかったから、NPCは一時活動停止させた」
何気なく言うセイに、クレハはやはり、この人とは分かり合えない、と思う。そして、この世界がゲームで、アンたちがシステムに逆らえないNPCなのだと、改めて、自覚した。
「どうした?お前もゲーム依存か?」
クレハの反応を楽しんでセイは意地悪く笑う。クレハのちょっとした嫌味に、対する切り返しは強烈だ。
「何の御用ですか?」
気持ちを抑え、業務用の対応を心がける。
「別に。この天空島の感想を聞きたかっただけ」
おっと目を軽く見開いて、にやにやと問いかけるセイに、クレハは「素晴らしいです」
と一言で答え、「現地調査はほぼ終了しました。近日中に、レポートを送らせて頂きます」と頭を下げた。
セイが立ち去るまで頭を下げ続けたクレハは、心配そうなアンの声に、やっと頭を上げるのだった。
翌日、クレハは調査団を辞し、天空島を去った。
彼女のレポートには一行、
天空島の解放は避けるべき。
とのみ、書かれていた。




