18 天空島
セイのキャラは、黒髪黒目の一見して日本人の特徴そのままだ。しかし、よく見ると、その黒い瞳は、単色の黒では無く、色を塗り重ねて黒くなってしまった、色の三原色(シアン(青緑)、マゼンタ(赤紫)、イエロー(黄))を混ぜて出来る深みのある黒。そして、その黒を、スクラッチアートの様に表面を削り取って下の色を露出させたような髪だった。
「あんたは面白い。このあやふやな世界に色々な形を作りだす。それが、現実にも影響を及ぼして、退屈しない」
「人を玩具みたいに言わないで」
とは言うものの、自分が何かしらやらかしている気はしているクレハだった。だが、それは、他の人にも言えるのではないか、と思う。プレーヤーのリ・リーがNPCのル・ルーの妹枠にしっかり収まり、テイマー兼サモナーになった事もイレギュラーだし、息子の龍樹が、旅芸人一座と交流した結果、NPCの傭兵団に加わった事もそうだ。
元々、シナリオなどあってないような物なのだから、新たな設定の追加をクレハだけのせいにされても困る。
そんな不満が表情に出ていたのだろう。セイは16歳設定とは思えないニヤリとした笑みを浮かべた。
「だからさ、今回の天空島の調査も期待してるぜ」
そう言い置いて、セイは騎士団に合流する為に走りさった。
『あれ、絶対、16歳じゃない。中二病を煩わせたおっさんに違いない』
「なんか、行く前に疲れた」
そう言って力なく笑ったクレハの試練はこれだけでは無かった。
「ご無沙汰しております、バロネス」
次に現れたのは、オーラン。エルフの冒険者だ。
「まさかここでお目にかかるとは思いませんでした、オーランさん」
「貴女が参加されると聞いて、立候補したのです」
え?とクレハは耳を疑った。
オーランはクレハを苦手だと思っていたのだが、どういう風の吹きまわしだろう。
「えーっと、それは、何故?とお聞きしても??」
オーランは苦笑して、すっと右足を引いた。腰を落とし、左手指の人差し指と中指を二本揃え、額、唇、心臓に当てて、頭を下げる。
それは、正式なエルフの礼だ。
「これまでの数々のご無礼、お許し下さい。先日の、星都での星力の展開、感嘆致しました。未だ、あの森に残る星力の美しさ、清らかさ。まさに昔話に聞くハイエルフの至宝の技」
「ちょっーと、待ったぁ」
慌てて、クレハはオーランの言葉を遮った。
「そ、その、その話は、また、この次に、あー、もっと、人のいない所で、ね、ねっ」
『ハイエルフの件は内緒でお願いします。』
こそっと小声で依頼すると、オーランは驚いたように目を見張らいた後、頷いた。「御心のままに」
「大丈夫ですか、ご主人様」
そっと差し出されたカモミールティーに、救いを求める。
「アンちゃん、どうしよう、行きたくなくなった」
崩れ落ちそうになる気持ちを立て直すには時間がかかりそうだ。
だが、それは杞憂でしかなかった。
僅かな浮遊感の後、クレハの目の前には、真っ青な空と白い雲海が広がっていた。
「凄い。綺麗」
飛行機の窓から見るのと同じ、けれど、遥かに広く、360度のパノラマが広がっている。
眼下には迷路のような街並み。
呆然と立ち竦むが、次の冒険者たちが転送できない為に、促されてゲートから離れる。
振り返って、クレハは息を飲んだ。
彼女たちが出てきたゲートは、巨大な神像の足元に刻まれていた。
見上げたそれは、10階建てビル並の高さの、6対12枚の翼をもつ神像で、その両手は全ての物を包み込むかのように大きく広げられていた。
「はわわ、これ、これっ!名もなき神様の像!どうしよう、本物!うわー。ちょっと、待って。心の、心の準備が。カメラ、スマホ、無い、無い。スクショ。あー、駄目だ。私、その機能持ってない。何で!あ、不味い、これ、状態異常つくやつ。アンちゃん、アンちゃん、ちょっと、私の事殴って、気絶させて!でないと、強制ログアウト。それは、流石に不味」
失礼します、とバトラーが、興奮するクレハの顔にそっとハンカチを当てた。直ぐにくたりと力の抜けた体を執事は抱き留めると一礼して、そっと、その場を離れた。動揺を湛えたまま、メイドもそれに従う。
調査団の面々は、自分たちも初めての天空島に興奮はするものの、突然のクレハの豹変に、逆に冷静になることが出来た。
「取り敢えず、我々騎士団はベースキャンプを設ける場所を探す。冒険者はこの場所の安全確認と、研究チームの護衛を頼む」
星都騎士団の隊長が、気を取り直すように声をかけ、それぞれは動き出したのだった。
クレハは暫くして気が付いた。
「迷惑かけたわね。ごめんなさい、アンちゃん。ありがとう、バトラー」
石のベンチに毛布を敷いた上に寝かされていたクレハは、ゆっくりと体を起こすと、近くで、探索用の資材を組み立てていたチームメンバーに、軽く手を挙げた。向こうからも笑顔でひらひらと振り返されたので、気を失う前の暴走は許されたと思いたい。強制ログアウトはギリギリで逃れる事が出来た様で、気を失っていた時間は30分程だと言う。
「何処か痛い所や苦しい所はございませんか?」
アンの表情が固い。
「ん、大丈夫。ちょっと、興奮しただけだから」
かなり気まずい。
クレハは大きく深呼吸をして、目の前の神像を改めて見上げた。
黄金に輝く神像は、今、クレハが休んでいる場所からは背中しか見えない。
それでも、纏っている衣につる草模様が細かく刻まれている事がわかる。12枚の翼にも一枚一枚の羽が丁寧に彫り込まれ、緩くウェーブした髪と飾られた葡萄の実と葉のような植物の飾りらしき物。それら全てが精巧な芸術品で、とても数千年前の物とは思えないほど、風化せずに残っている。
「これを目の前にして、我を失わない考古学者はいないでしょ」
ほぅーと溜息をつくクレハにアンもバトラーも警戒を露にする。
『だから、ごめん、て。』
年甲斐もなくはしゃいでしまった自覚はある。なるべく、落ち着いた口調を心がけて、クレハは二人にこの神像について、説明した。
「これはね、エターナル・エデンに降臨した最初の神様。あまりにも昔過ぎて、名前すら伝わっていない失われた”名もなき神様”の像、なんだよ。
どうして、そんな事がわかるかと言うと、あの6対12枚の翼と、あの植物の髪飾り。文献に残されている最初の神様の描写には、必ず、あれらが、描かれているからね。
あの植物は、アンブロシア。神の食べ物と言われ、それを食べた者は不老不死となるとも、傷に塗ればたちまち治るとも言われる、所謂、万能薬の原料だよ。
あの植物が本当に存在するのかどうかは別として、”名も無き神様”はそれらをエターナル・エデンに伝えた神様として崇められていたんだね」
「その”名も無き神様”の像が、ここ天空島に残っているっている事は、この天空島は、”名も無き神様”を祀っていた時代のまま、ここに在るって事。ひょっとすると、この天空島自体がタイムカプセル、数千年前、そのままの形で残っているのかも知れないね」
「そしたら、この島には手付かずのお宝が残ってるって事かい、バロネス?」
警備に当たっていた冒険者たちが、クレハの話に聞き入っており、どうやら、最初のやらかしは、許してもらえそうだ。
「お宝の意味は、私とあなたたちでは違うかもしれないけどね。私にとってはここは宝の山だね。いっそ、引っ越したいくらいだよ」
そう言うと、調査団は笑いに包まれた。
戻って来た星都騎士団の報告によると、この天空島は、周囲約1Km、高さおよそ100mの島の中央に建つ神殿とその麓にひしめあう石造りの建物、更にその周囲に浮かぶ海からなっていた。
空に海が浮かんでいる理由は、球体状の結界が天空島を中心に張られているからだ。
モンサンミッシェルを周囲の海ごと、カプセルに閉じ込めた、と表現するとイメージし易い。
それが、星都上空に浮かぶ天空島、である。




