15 学園クエスト
講堂の中央、一番前の席に座りながら、クレハの講義を全く聞いていないそぶりを見せる少年、セイ。
15歳の只人族の旅人、とされ、ゲーム依存から脱却するために、この学園に放り込まれたプレーヤー。
にも拘らず、彼は自身を星王、と名乗っていた。
クレハの目には、彼の頭上に赤い炎が視えている。つまり、セイは間違いなく、旅人=プレーヤーなのだ。では、何故、星王を名乗るのか?本人の意思か、周囲の意図か。
少年の妙にクレハに敵対的な態度もあり、なるべく関わり合いになりたくないと思うクレハであった。
そして、人はそれをフラグ、と呼ぶ。
「お前さぁ、自分をこんな所に押し込んだ奴とよく仲良くできるな」
和やかな雰囲気をぶち壊す、酷く冷たい声が、学園の食堂に響いた。
何事もなく、好評のうちに特別講演を終えたクレハは、リ・リーと彼女の友達たちと共に、学園の食堂で彼女らのお勧めランチを食べていた。アンとバトラーも同席して、次の長期休暇の話で盛り上がる。
「バロネスは天空島の調査に行かれるのですよね、いいなあ」
「ふふ、私もとても楽しみにしているの。リ・リーは、エクタシアンに帰るのでしょう?ル・ルー様によろしくお伝えしてね」
「はい。その時は、ロメオも一緒にうちのオアシスに招待するつもりなんです」
と満面の笑顔を笑う少女にクレハもほっこりする。
学園クエストは、リ・リーに良い影響を与えた様で、隣に座っている少年ロメオと言う親友も出来た。現実でも、きちんと中学校に通えているらしい。エクタシアン国のエンチャンター:ル・ルーとは、なんちゃって和装の件で時々、連絡を取っているが、兄弟仲も良く、毎回、リ・リーの話題には事欠かない。ル・ルーがロメオにやきもちを焼くので、干渉しすぎると嫌われるよ、と助言をするまでがセットだ。
そんな平和をかき乱したのは、講演会でニヤニヤとこちらを値踏みするように見ていた少年だった。
「セイ君!何を言ってるの、バロネスに失礼だよ」
血相を変えて立ち上がるリ・リーだが、自称星王はフフン、と馬鹿にしたように鼻で嗤った。
「何が失礼なものか、俺は星王だ。この世界で俺より偉いものはいない」
「ふざけないで!そんな偉い星王様が、何で僕らと一緒に学園の授業を受けてるのさ。セイ君もそろそろ、現実を把握しなよ。君は自分を星王と勘違いしてるだけの、只のプレーヤー、だよ」
リ・リーの言葉は、かなり厳しいものだったが、少年は肩を竦めるだけだ。
「お前みたいな凡人には、この俺の真の力がわからないだけだ。まあ、せいぜい、大人に飼われて、いい子ちゃんになるんだな」
『ちょっと、待って、何この子、痛い』
セイの口から出る言葉が、中二病患者認定チェックリストを埋めていく。左手のグローブ、左耳のイアーカフ、右手中指の髑髏の指輪、どれもがいわくありげなアイテム風で、思わず、クレハの方が赤くなってしまう程の徹底ぶりだ。
それでいて、腰には短杖をぶら下げており、星都内で武器の形態が許されるレベルの旅人だとわかる。尤も、短杖をぶら下げたベルトにはその他にも色々ぶら下がっており、きちんと見ないと、その杖も本物と思われないようには擬態されている。
どうにも正体を掴ませない子供だ。
「あんたは正しい事をやったつもりなのかも知れないけど、俺たちに言わせりゃ、”放っておいてくれ” だ。何人もの奴が、不幸になったんだ。いずれその報いが来る。精々、今の内に、いい気になっていればいいさ」
そんな捨て台詞を右手中指を立てて吐き捨てるセイに、周囲は顔色を失う。取り巻きの少年たちもどうしたものかと、おどおどと助けを求める視線を彷徨わせた。
「言わせておけば勝手な事ばっかり。いい加減にしろよ」
リ・リーの口調が変わった。「召喚、黄金丸!」
リ・リーの伸ばした手のひらの上に召喚魔法陣が浮かび上がり、そこに、丸々と太ったカイコガの幼虫が現れた。
「黄金丸、セイ君を拘束!」「きゅーっ」
可愛い鳴き声を上げて、その幼虫は上半身を持ち上げると、その口から、糸を吐いた。
逃れようにも、呆然とする取り巻き達が邪魔で、セイはその糸に絡めとられてしまう。
ぐるぐる巻きにされたセイだったが、瞬時に糸を焼き切って脱出した。彼は火魔法が使えるようだ。
「リ・リー、お前、サモナー?」
「違うよ、僕はテイマーだ。けどね、テイマーと強い絆で結ばれた従魔ならどんなに離れていてもこの召喚魔法陣があれば呼び出す事が出来るんだよ。
それを教えてくれたのは、この学園の先生方だ。
だから、僕はこの学園クエストに参加できて良かったと思ってる。
セイ君の価値観を他の人にまで押し付けないでよね」
ふんす、と腰に手を当てて堂々と言い放ったリ・リーはとても、かっこよかった。
あの時、泣いていた子供の成長に、クレハも嬉しくなる。半面、こんな場面だと言うのにちょっと引いてもいた。
『黄金丸、すごく大きくなってる』
ヴァルゴの裏道でリ・リーと一緒にいるのを見た時はまだ、小型犬サイズだった幼虫は、今では体長1メートルはあろうかと言う程に巨大化していた。
「バロネス!」
リ・リーはクレハに向かって、深々と頭を下げた。「全部、バロネスのおかげです。あの時、僕を見つけてくれてありがとうございます。僕の話を聞いてくれてありがとうございます」
「僕は、学園クエストに参加して良かったと思ってます。ホントです。ロメオとは、現実の世界でも、連絡を取りあう仲になりました。他にも、ここの話が出来る友達が出来ました。皆、同じ学校じゃ無いけど、凄く遠い所に住んでいるけど、会えなくても、親友、って言える程、仲良くなりました」
「そうです。実は僕、小学校に入って直ぐ、交通事故にあって、歩けなくなったんです。でも、EEC16で久しぶりに、自分の足で歩いて、走って。すごく嬉しくて。でも、ゲームを止めると、やっぱり歩けなくて。それで、ずっと、こっちの世界にいたい、って、強制ログアウトされても、また、直ぐにログインしていたんです。
でも、この学園クエストに放り込まれて、同じようにゲームの世界に逃げている皆と逢って、話をして。諦めないでリハビリ頑張ろうって思ったんです。頑張っても歩けないかもしれない。でも、ゲームの世界で走るより、現実の世界で、車椅子でもいいから、外に出てみたい、って思えるようになったんです。
それって、このクエストのおかげなんです」
リ・リーの友人と紹介されたロメオは、歌舞伎の連獅子(赤と白の長い髪を掴んで振り回すシーンは見た事もある人が多いだろう)そっくりな真っ赤な長い髪をしていた。
「病人だから、風呂とか迷惑をかけられない、ってずっと坊主にしてたから、その反動」と笑う。
結構、辛い過去を話しているはずなのに、ロメオの表情は明るい。
「先生がこの学園クエストを発生させた訳じゃ無いのにね」
ちょっとかなりぽっちゃりめの少女も、話に加わって来る。
「私はロメオ君と違うけど、やっぱり小児喘息もってて、軽い運動しただけで発作は起こすし、大きな声は出せないから、昔っから引っ込み思案で。それに、どんなに食べても太らなくて、やせてガリガリな自分が嫌で、キャラクリするときに、太った子にしたんです。そしたら、NPCだと思って、他のプレーヤーたちに意地悪されたりして。あー、ゲームの世界も現実と同じなんだなあ、って、思ったら、もうどうでもいいや、ってなって。でも、現実じゃあ、流石に暴れたり出来ないから、ここで、うっぷんを晴らしてた。そしたら、この学園クエストに強制参加させられて、最初はふざけるな、って思ったけど、なんか、皆、それなりに訳アリでここに集められてるから、自分だけじゃない、って言うのが、実感できた、と言うか・・・。うん、今は、学園に通うの楽しいよ」
「バロネス、ビッグ・Mは、あ、この子ね、凄い風魔法を使うんですよ」
ぽっちゃりめのビッグ・Mは金髪碧眼の少女だ。リ・リーは尊敬のまなざしで、彼女を紹介する。
「私のこの風船みたいな体は、本当に風・空気を取り込んで膨れてるの。肉じゃ無くて空気デブ。だから、風魔法を発動して、体から空気を噴き出すと、」
とビッグ・Mは、ふうぅーと細く長く息を吸うと、窓を開け、誰もいない外に向かって、思い切り息を吐いた。
「空気砲!」
次の瞬間、激しい風が渦を巻いて窓から外に飛び出した。それは、学園の植栽の木々をなぎ倒し、一部地面を抉りながら、一本の道を作った。




