14 ゲームと現実
結論から言うと、クレハは、リ・リーを無事に見つけ出すことが出来た。
家出したとはいっても、本来はプレーヤーである。しかも、見かけ通りの年齢らしいから、中学校が始まった、と予想して、帰宅後最速でログイン出来る時間帯に、ゲートを見張る事にした。一度行った所で無ければ、旅人はゲートを利用できない。リ・リーが使えるゲートは自国エクタシアンの首都と、オアシスのゲートがいくつか、他国ではこのシデリアン国のヴァルゴのゲートだけ、と言う行動範囲の狭さが幸いした。
家出と言うからにはエクタシアンのゲートは使わないだろうと予想し、噴水広場で待っていれば、案の定、何か大きな荷物を抱えた見覚えのある少女が現れた。
「リ・リーちゃん。」
呼びかけに弾かれたように顔を上げ、向こうもクレハに気が付いた。咄嗟に左右を見回し、逃げ道を探したようだが、
「ル・ルー様はいないわ。私だけ。ちょっと話をしましょうか。」と声をかけると素直に頷いた。
商人ギルド長に見つかると流石に大事になるので、網の目の様に入り組んだ横道に促す。
季節は冬だと言うのに、砂漠の国から来たリ・リーは、露出度の高い服に素足にサンダル、と言う薄着だ。
一方、この世界の気温設定にも拘わったクレハは、この時期らしく、しっかり防寒着を着用している。持参した冬用コートを着せると、足元近くまですっぽりとリ・リーを覆い、フードも被ってしまえば、それこそ、誰かはわからない。
クレハがリ・リーを連れて行ったのは、1メートルほどの間口の小さな甘酒屋で、この時期だけ開いている地元民しか知らない店だった。
「本店は王都にあって、各地の領都に支店もある結構大きな酒屋なんだけど、引退したご隠居さん夫婦が趣味で作ってるんだって。リ・リーちゃんは飲んだ事無いかな。寒い時の飲み物のイメージだもんね。」
子供向けにアルコールを含まない甘酒を注文し、カウンター横のベンチに並んで座る。カップを渡そうとしたところで、彼女が抱える荷物に困惑する。
「えっと?」
「きゅっ」
がさごそと動いた荷物から、巨大な蚕の幼虫が顔を出した時、クレハはあまりの衝撃に甘酒を取り落とした。
間一髪、アンがキャッチししたものの、クレハはそのまま、2,3歩後ずさる。
「黄金丸です。」
その名の通り、ほんのりと黄金色のボディのどう見ても芋虫は、リ・リーの紹介に、きゅっ、と再び鳴き声を上げて、頭を下げた。
クレハは一瞬、気が遠くなりかけた。『蚕って人差し指サイズだよね。』
黄金丸は猫のアレクより大きかった。デザートモスは魔物である。この世界の常識を改めて実感した。
ポツリポツリとリ・リーが語るに、学校が始まって、現実の自分とこの世界の自分との違いに絶望を感じた、と言う。
「向こうの僕は、凄く臆病で、みんなと同じことをしていないと不安で。だから、このエターナル・エデン・クロニクルも、みんなと話が合うように、って気持ちで申し込んだんです。でも、サイトでル・ルー姉を知って。あんなすごく男らしい容貌なのに、心は乙女、って。自分の本心を偽らない、って言うのが、すごく、すごく、カッコイイ、って思って。どうしても、会いたくて、何度も何度もエクタシアンに転送されるまでやり直して。
そうしたら、みんなと話していた時みたいな、すっげーカッコイイ戦士になるんじゃなくて、本当になりたい自分になっても良いんじゃないかな、って思って。チュートリアル期間中に、キャラを全部作り変えたんです。
だけど、学校が始まって、みんなとEEC16でどこまで行った、とか話をした時に、本当の事を言えなくて。最初は、ル・ルー姉と知り合ったから、ギャグでネカマ作ったって、笑い話にするつもりだったのに。この、リ・リーってキャラはギャグじゃない。本当にこんな風になれたら、って思う僕だから、否定できなくて。」
「こっちの世界が現実なら、良かったのに。」
そう言って泣くリ・リーに、クレハは途方にくれた。
現実とゲームの区別がつかない。
言葉だけを見ると、そんな馬鹿な、と思うかもしれない。
だが、実際問題として、対話型AI開発初期に、AIに恋して心中を選んだ若者もいたぐらいだ。冬休み期間中、どっぷりとつかった仮想現実から抜け出すのは、まだ、心の幼い子供達には厳しかったのだろう。
『対象年齢の引き上げとか、アクセス時間の制限とか、必要じゃない?』
ガイド猫アレクも難しい顔をしている。現在、ガイド猫を通じてこの会話は直接運営に流れている。場合によってはリ・リーにも接触があると事前に説明を受けていた。
『これは、私の手には負えないよ。』
と、どかどかと騒音を立てて、何かがやって来る音がする。ぎょっとするクレハだったが、アンが警戒を見せない事から、どうやら、待ち人が来たようだ。
「リ・リー!」
暴風の様にかけて来た大男は、スライディング突進して、巨大芋虫ごと、幼い子供を抱き締めた。「心配したのよぉ~。」
危うく弾き飛ばされる所だったクレハと全身の毛を逆立たせたアレクを無視して、ル・ルーは、びしょびしょに泣いている。
「ル・ルー姉、どうして」「どうしてもこうしても無いわよぉ。リ・リーはアタシの妹よ。誰が何と言ってもアタシがそう決めたんだから、そうなの!お願いだから、もう、家出なんてしないで頂戴。」
「でも、それは、黄金丸が必要だからでしょ。」
「リ・リー!」
「僕、知ってるんだよ。黄金丸がいないと、他の幼虫たちが言う事を聞かないから、困るんでしょ。だから、ル・ルー姉も僕に戻って欲しいんだよね。」
「リ・リーっ!
誰があなたにそんな馬鹿な考えを植え付けたの。八つ裂きにしてやるわ。確かに、あなたと黄金丸がいないと、蚕たちは暴走するけど、アタシがそんな程度抑えられないと思ってるの?馬鹿にすんじゃ無いわよ。そりゃあ、養蚕業は大切だけど、そんな事よりもアタシにとってはリ・リーの方がずっと大事なの。あなたが来てくれてから、アタシはとても楽しかった。だから、ずっとじゃ無くていいの。アタシの事忘れないで、時々、来てくれるだけで良いのよ。リ・リーがリ・リーらしくあれる場所はアタシが守るから。だから、しっかり、勉強してきなさい。」
『通知が来ています。リ・リーには旅人として、クエストが発生しました。』
ガイド猫アレクの声が無機質な機械音に変わった。
EEC16の世界に依存の見られる旅人たちに強制発生したクエストは、大きな波紋を呼んだ。
予想されたゲーム依存症に事前に何の対策も取られていなかった、と運営への非難・中傷。きちんと?遊んでいたプレーヤーたちからは、不公平だとのブーイング。けれど、運営は、と言うより、資金提供者は、全くぶれなかった。
「俺が遊びたかったゲームを解放してやってるんだ、文句を言うなら、辞めろ。」
意訳するとそういう声明が出され、どんなにマスコミで叩かれ、ネットが炎上してもどこ吹く風で、EEC16は歴代一位のコンテンツの地位を維持している。
但し、未成年のプレーヤーには、一日のアクセス時間の制限がついた。累計で一定時間以上、EECにいると強制ログアウトされるシステムの導入である。
「バロネス!」
手を振るリ・リーに、引きつった笑顔で手を振り返すクレハ。
リ・リーは、今、星都に留学している。
ゲーム依存傾向の未成年プレーヤーに課せられた強制クエストは、星都にある学園で、各国から集めた学生たちが、友情を育んだり、トラブルを解決したりする学園もの仕立てになっていた。
そして、何故か、クレハは星都にいた。
考古学者クレハ・デ・ノースヴィラの特別講演が、この後、学園で開かれるからだった。
「私ののんびりEEC生活は何処に行った!?」
『報酬の天空島の遺跡調査につられたからですよ。』
アレクが眠たそうに腕の中で鳴いた。
「と、言う訳で、第8代の魔神王の居城は、クライオジェニアン島と共に海の底に沈みました。その近郊を流れる海流に乗って、時折、南のエディアカラン国に、その時代の遺物が流れ着く事があります。私が復元したものの中で、最大の物は、」
何やかやと文句を言っていた割には、ノリノリで、講演するクレハ。
今回、ゲーム依存となったリ・リーのサポートとして、クレハも手伝いに狩り出されている。元はと言えば、着物の製作・販売から、エクタシアン国のル・ルーと知り合い、その流れで妹を紹介されただけなのに、シデリアン国ヴァルゴの端に住む引きこもりの現地人として受けたはずの役割が、どんどん膨らんでいくのは、何とも不思議だ。
けれど、天空島の遺跡調査は、何物にも代えがたい報酬だった。
現地人枠のクレハは、旅人たちのように自由にゲートを使えない。それでも、普通に旅をすれば、殆どの場所は行くことが出来る。だが、天空島だけは、どうにもならない。
たどり着く手段が無いのだ。
旅人たちで、鳥の獣人を選択した者でさえ、天空島には届かないシステムになっている。天空島自体に結界が張られているからだ。唯一の手段がゲートを使っての転移だが、直通ゲートは、ここ、星都にしか存在しないのである。
ゲーム依存未成年の強制クエストが、一部のプレーヤーに ”贔屓” と言われる理由がここにある。
基本、この大陸の象徴たる星王が住むのが、ここ星都であり、星王が許可した者しか、ゲートを通れないからだ。星王に接触する機会を虎視眈々と狙っていたプレーヤーたちにとっては、この強制クエストは、ご褒美以外の何物でもない。どうにかして、受注しようとしたプレーヤーもいたらしい。
因みに、星都の学園に留学したからと言って、星王に会える訳ではない。
大体、誰も星王の顔はおろか、種族も、性別も、年齢も、何も知らないのだから。
故に、自称星王詐欺事件は、この星都では、日常茶飯事である。
そして、クレハの目の前で、ニヤニヤ講義を聞いているガキンチョも、自称星王だった。




