13 NPCの妹
「この子は、リ・リー。アタシの妹でテイマー。」
そう言って紹介された10代前半の少女は、確かに見かけの色合いだけは西の国エクタシアンの服飾ギルド所属のエンチャンター、ル・ルーによく似ている。
褐色の肌、黄金の瞳、新雪色の髪。
けれど、一方が、2メートルを超える筋骨隆々の大男なのに対し、もう一方は、まだ幼い子供の域をでない小さく細い少女だった。
しかも、その頭上には、プレーヤーを示す魔力の赤い炎。
血のつながった妹の筈はないのに、ル・ルーは、堂々とそう紹介した。
「今日来たのは、今度、商人ギルドで販売する事になった貴女監修の衣装の生地についての相談なの。」
クレハの困惑、アンの警戒に拘わらず、ぐいっとル・ルーは身を乗り出した。
「それって、本来はエルフの国にしかいないカイコガから作ったキヌでしょ。流石にそれじゃあ量産は不可能だから、うちの部族の縄張りに住む砂漠の魔物デザートモス・エリサンから取れる糸を加工してみたのよ。本物を知るバロネスの目から見て、どう?これ、使える?」
目の前に白絹が広げられる。
光沢、肌触りとも、カイコガ産正絹にはやや劣るが、生産コストを考えると、このエリサン産のキヌは、十分な商品価値を持つ、と思われた。ル・ルーの説明によると、染色やエンチャント加工のしやすさは、エリサンのキヌの方が容易らしい。用途によっては、生絹よりも使い勝手が良いだろう。
「でしょー、でしょー。」
ル・ルーは、クレハの評価に乙女のように組んだ両手をくねらせた。
「デザートモスは、オアシスの貴重な緑を食べる害虫だったのよ。いくつものオアシスがその被害にあって枯れたわ。だけどね、リ・リーがそのエリサンのティムに成功したの。それだけじゃ無くて、餌を変える事で、こんな素晴らしいキヌを作る益虫に変えたのよ。素晴らしいでしょう!」
大絶賛する大男の隣で、実際より小さく見える少女は真っ赤になっている。
商人ギルド長のリコは、それを微笑ましそうに見ているが、クレハは更に警戒度を上げた。
EEC16は12歳からプレーヤーとして登録が可能なゲームだ。
そして、キャラクリエイトにおいて、実年齢以下のアバターを作る事は、禁止されてはいない。けれど、プレーヤーはアバターである以上、ステータスは成長しても、アバターの体・年齢は不変なのだ。
つまり、目の前のリ・リーの様に、幼い少女として登録した場合、ずっとこのまま、永遠の12歳なのである。
勿論、それを良しとするから、そんなキャラクリをしたのだろう。
長期に渡ってEECを遊ぶつもりが無いなら、それはそれで問題は無いのだろう。けれど、NPCに混じって暮らすならば、成長しない幼子は異様だ。
一体、どういうつもりで、リ・リーと言うキャラを作ったのか。クレハは理解に苦しむ。
そして、ル・ルーがリ・リーを妹、と認識していること。
これは何を意味するのだろう。
今日、商人ギルド長リコのお誘いにクレハはガイド猫を自宅に置いて来てしまった。連れて来るべきだった、と反省する。こういうトラブルに遭遇した時、ガイド猫アレクの助言が心の底から欲しかった。
ル・ルーは、リ・リーがプレーヤーと知っているのだろうか?
少なくとも、リコやアンは、リ・リーの正体を知らない。
リコはクレハの警戒に戸惑っているし、アンは理由を理解していなくても、クレハの警戒を受けた対応をしている。
”EEC16 注目のネームドNPC” の一人に上げられている実力派エンチャンターとは言え、ル・ルーが、洗脳系の状態異常を受けている可能性もゼロではない。
リ・リーを視界から外さず、クレハはル・ルーとリコに頷いた。
「エリサン産のキヌは、十分な商品価値を持つと思います。」
「よっしゃー!」
一時、乙女を忘れて、野太い声でガッツポーズのル・ルー。
こまごまとした契約等は、ギルド長のリコに任せて、クレハは席を立った。
「あの、」
リ・リーが追いかけて来る事は予想済みだ。
クレハは帰還陣を準備し振り返る。いざとなれば、見た目の幼さに騙されずに、攻撃するようアンにも伝えてある。「何か?」
「あ、いえ、あの、その、・・・バロネスは転生者ですか?」「は?」
クレハの表情から、全く見当違いな質問をした事に気が付いたのだろう。
真っ赤になってリ・リーは、走り去った。
紅葉の息子・龍樹は、正月休みを食事と入浴以外は、しっかりECC16に費やし、満足して帰って行った。
旅人から、「転生者か?」と聞かれた件は、息子にも相談してみた。
どうやら、ゲーム内転生物のラノベに嵌った一部のプレーヤーが、優れたAI搭載型のNPCに対し、転生した元日本人疑惑を持っているらしい。
確かに、NPCとして優秀過ぎるAI搭載型に、ヒトとしての感情を抱くのは、理解できた。クレハもアンやバトラーに自我が無い、とは否定しきれない。
「でも、私が転生者って。」
これも、現地人役の弊害なのだろうか。
短い冬休みが終われば、EEC16の世界も少しずつ落ち着きを見せ始めた。
配信直後は様子を見ていたが、評判を聞いて参加する人数が一定数はおり、相変わらず、シデリアン国ヴァルゴの街には、連日、新しい旅人が訪れている。当初ほどは、NPCとのトラブルは起きておらず、運営からの派遣職員は殆ど街から撤収した。レベル上げを手伝ってくれる現地人役は減ったが、代わりにNPCのサポート体制が出来つつあった。
様々な攻略情報が出回り、配信直後よりは、はるかにプレーヤーはスムーズにレベルを上げられるようになっている。更に、初期のプレーヤーとの接触で、旅人たちとのコミュニケーション方法を学んだNPCが、彼らがこの地に何を望んで訪れているのかを理解し、接するようになったことも大きい。
ゲート解放反対派の動きも見かけ上は沈静化し、クレハは商人ギルドと提携した料理メニューや衣装の特許で予想外の収入を得ていた。
注目のネームドNPC、ル・ルーとは、意図せず、時々連絡を取り合う仲になっている。
そんなある日、クレハの元に半泣きのル・ルーから連絡が入った。
「リ・リーが家出?」
「そうなのよぉ、この間まで、とても楽しそうにしていたのに、ここ2、3日は落ち込んでいて。心配はしていたのだけれど、まさか、家出するなんて思いもしなくって。あの子、あんまりこっちの世界で知り合いもいないから、貴女の所へ行ったかもしれないと思って・・・。あの子、アタシとは別の意味で、貴女に憧れてるみたいだし。もし、貴女を頼って行ったのなら、保護してもらえないかしら。勿論、きちんとお礼はするし、直ぐに、迎えにも行くわ。あの子ったら、ティムしたデザートモス・エリサンの黄金丸も連れて出て行っちゃったから、他のデザートモスたちの制御が緩くなっちゃって、暴走しかけているの。このままじゃ、折角、軌道に乗りつつある養蚕業もオアシスごと破綻するわ。そんな事にでもなったら、あの子、益々、委縮しちゃうじゃない?それは、絶対、避けたいのよ。お願い、バロネス。」
商人ギルド長リコを介して、テレビ電話の様な機能の転送陣を使っての会話だ。
クレハにしても、まだまだ幼さの残るリ・リーの身の安全が一番だが、先程のル・ルーのセリフには、聞き流すにはちょっと問題のある個所が幾つかあった。
「貴女はもう知っていると思うけれど、リ・リーはアタシの本当の妹じゃ無いわ。
あの子、旅人なの。
あの子の世界ではあの子の体は男で。アタシに会いたい、アタシみたいに成りたいって、何度も何度も登録?をやり直したって言ってたわ。それに、ここでは女の子になれるって、すごく喜んでいたのよ。なのに家出だなんて」
よよよ、と泣き崩れるル・ルーだったが、更に聞き捨てならない言葉が出てきた。
「ちょっと落ち着いて、ル・ルーさま。『アレク、プレーヤーがどの国のどの町に、飛ばされるかって、完全ランダムなんだよね。狙ってル・ルーの街に行けるなんてあるの?』」
『ありませんよ。それこそ、天文学的確率になるでしょう。それに、同じ街に飛ばされたとしても、妹として受け入れられるなんて、余程、好感度が高くないと無理です。』
『だよねー。』
そんなに頑張って、憧れのル・ルーの妹になり、念願の女の子のアバターを手に入れ、自分のスキル・ティムで、ル・ルーの役に立つようになってきたのに、どうして今、姿を消すのか?
冬休みが終わり、これまでの様に、自由にEEC16の世界に潜れなくなったことが、影響しているのではないか、とクレハは、自分の周囲を見回して、そう、思った。『あの子は私を転生者、と疑った。』
「リ・リーちゃんが、現実でも見かけ通り、12、3歳の子供なら。」
クレハの表情が厳しくなる。
「こっちの世界と向こうの世界の区別がつかなくて、苦しんでいるんじゃないかな。」
『これは、エターナル・エデン・クロニクルの根幹にかかわる問題だよ。』
アレクをぎゅっと抱きしめて、クレハは、リ・リーを探し出す事を約束するのだった。




