12 ネームドNPC
どうやら、馬車の中で思いがけず、熟睡してしまったらしく、自宅についても目を覚まさないクレハをバトラーが抱きかかえて、寝室へ運び、寝かせたものの、そのまま丸一日(ゲーム内時間)目を覚まさなかったらしい。食事もとらず眠り続けるので、最初のうちは、久しぶりの外出と旅人絡みのいざこざのせいだろう、と心配しながらもゆっくり休んでもらおうとしていたらしいが、声をかけても揺すっても目を覚まさない。流石にただ眠っているだけではないのは明らかで、呪いか何かかとまで考えていた時に、ぱかりと開いた目に、アンだけでなくバトラーも安堵の息を吐いた。
「えっと、ごめんなさい。ちょっと寝すぎちゃった、かな?」
おおーっとこの言い訳はあまりにも無いわ。言ってしまった後で、失敗した、と頭を抱える。
現実では、それなりに社会経験を積んでいるクレハは、会話の途中でもある程度、方向転換できるよう、考えながら話をする癖を身に付けている。けれど、どうも、このEECの世界では、見かけの年齢に引っ張られるのか、社会の柵から解放されているからか、あまり、考えないうちに言葉を発してしまう事が多い。
どうしたものかとあわあわしていると、アレクが「なー」とやってきた。
『ハイエルフの種族特性にしてしまいましょう。』
ガイド猫が仕事をした。
『ハイエルフは、この世界にクレハ様お一人なので、設定変え放題、盛り放題、ですよ。寿命の関係で、時々、不足する睡眠時間を補う必要がある、と言う事にしましょう。』
半信半疑ながらそう説明すると、二人は納得した。
ご都合主義な展開に、AI搭載型とは言え二人をNPCと感じた瞬間だった。
クレハが寝落ちした後は、特に何も変わりなく帰宅した、と報告は受けたものの、この二人の安全に関する話は、ちょっと信じる事が出来ない。例え、自宅の敷地の外で旅人が暴れていても、クレハが気が付かなければ、「何もない」なのだ。
子猫と猫じゃらしで遊びつつ、本当に何も無かったのか、尋ねる。
『んー、ちょーっと冒険者ギルド所属の旅人が道を塞ごうとしたけど、軽く跳ね飛ばしたぐらいですかね。』
ぴた、っと止まったクレハの腕に、アクレが勢いよく飛びついた。
『すぐに、ギルド長のロットがやって来て、鉄拳制裁してましたから、問題ないですよ。』
『どこへ行った、私のスローライフ!』
クレハはアレクの可愛さと上手くいかないゲームライフに悶えたのだった。
元旦。現実にて、紅葉は息子とゲーム談義をしていた。
配信開始から一週間。流石に参加者が多いゲーム。色々な情報が集まって来ている。
EEC16では、ユーザーは7つあるサーバーに任意に振り分けられる。開始時は地上の4つの国のみ、ゲートが解放されるが、どの国のどの街に飛ばされるか、こちらも選ぶことは出来ない。
クレハは比較的只人族の多い、ゲート解放に最も賛成した東の国シデリアンにいるが、息子の龍樹は、南のエディアカランに転送された。この南の地は、南国情緒あふれるおおらかな獣人たちの多く暮らす国で、エディアカランの更に南には海の中の国・竜宮がある。
北が辺境で前作で最も魔神王の被害を受けたオルドビス。ドワーフの王が治める峻嶮な山々に囲まれた国で、地下の根の国と唯一国交を結んでいる国でもある。
西がエクタシアン。砂漠を抱えてはいるが、四か国の中で最も広い国土と人口を持ち、多種多様な民族が暮らす、共同体、と言うのが一番近いだろうか。現在は、只人族の女王が代表を務めている。
ペルム大陸の中央に星王が住む宮殿があり、その真上に天空島が浮いている。星王の宮殿は、どの国にも属さず、星王の為だけに存在する。
地下にある根の国、空に浮かぶ天空島、海の中の竜宮。
この3つの国のゲートはまだ解放されておらず、旅人たちが訪れる事は出来ない。
旅人たちがもつパスポートは、ゲート間移動に必要なアイテムで、訪れた街や村が自動で登録され、移動が可能になる。時期が来れば、この3国に接続可能なワールドクエストが用意されていると予告されているが、それがいつなのかなどは全く不明だ。
「これって、飛ばされた場所によっては、全然別のゲームをやってる、ってならない?」
公式サイトを見ながら、自分の今いる場所と息子の進捗を突き合わせ、とても、同じゲームとは思えない紅葉だった。
「まあ、そうだよね。俺もソロだから、特にそう思うのかも。あとやっぱり、NPCとプレーヤーの区別がつきにくいって言うのもさ。」
「何でそれで困るの?」
紅葉の問いに息子は、うーんと少し考えて答えた。
「NPCは復活出来ないよね。そうなると、やっぱり、一緒に戦闘するの戸惑うじゃん。相手もプレーヤーなら、多少怪我してても、ま、いっか、ってなるけど、NPCだと、逃げてくれー、死ぬなーって気を使うって言うか。俺、まだ、そこまで強くないからさ。」
我が息子ながら、良い子である。
「黄サバに、物凄く強いNPCがいて、そいつとパーティ組んでレベル上げ出来るって噂あるんだよね。」
これこれ、と見せてもらった画面には、バトラーによく似た狐獣人が映っていた。
『って言うか、バトラー!?』
「夢幻傭兵団の元団長で、前の魔神王との戦いで、仲間を庇って重症を負って退団して、傭兵ギルドの裏方やってる、って設定なんだけど、同じ人が俺の赤サバでは最初の街の門番でさ。設定は一緒なのに、今の職業が全然違うんだよー。だけど、戦闘スキルは高いから、色々教えてもらえたら強くなれる、って。俺もう2つ先の街まで行っちゃったのにさぁ。まあ、ゲートで戻る事は出来るけど、今更戻るのもなあ、って思っててさー。母さん、どう思う?」
『ごめん、その凄い人、田舎の領地管理して、引っ込んでるから、うちのサーバーでは、教わるの無理かも。』
「そんなに有名な人なら、戻っても教えてもらえるかわからないんじゃない?他にも似たようなNPCもいるんじゃないの?」
紅葉はそう言って誤魔化すと、”EEC16 注目のネームドNPC” なる一覧を流し見する。いずれも、シデリアン国旧王都ヴァルゴに引きこもっているクレハには、見覚えのないキャラで。多分、今後も、会う事は無いんだろうなあ、
と思っていました。ログインするまでは。
何で、その中の一人が、今ここで、いちご大福を食べているのかな?
その人は名前をル・ルーと言った。西の国エクタシアンの服飾ギルド所属のエンチャンター。
褐色の肌、黄金の瞳、新雪色の髪をした2メートルを超える筋骨隆々の大男だ。
そして。
「お初にお目にかかりますぅ、バロネス。」
立ち上がって、正式な一礼の後、くねっと頭を下げた。
お約束のオネエ様、だった。
エンチャンター。
一般には、特に目立つ職業では無いが、バフとデバフなど主に支援系魔法を使う職業だ。
「えっと?」
どうして彼がここにいるのか、その答えは、クレハを呼び出した商人ギルド長のリコから説明があった。
クレハの衣装:着物、の製作打ち合わせ段階で、着物の柄には意味がある事をル・ルーに伝えた結果、折角、意味があるのならば、効果も持たせよう、丁度、旅人たちが大量に訪れ、防具の需要が上がっている。どうせなら、エンチャントされた衣装を高く売ろう、と言うのである。
クレハがよく着ている桜の流水模様は、流水に厄除け、桜に新たな始まりと豊穣、繁栄を象徴する。この意味が込められた着物を身に付ける事によって、クレハの回避率アップ、経験値獲得率アップ効果が付与される。その他に七宝模様ならドロップ率アップ、亀甲紋なら幸運値アップ、青海波なら隠密、紗綾型なら魔法効果の効果延長、菊花は回復等々。
着物の柄に意味がある事は知っていた。けれど、それが、この世界では、実際の効果を伴うようになるとは思ってもいなかったクレハだった。
なので、この世界でNo1の実力者エンチャンター、ル・ルーが、ここに呼ばれていても、驚きはすれ、不思議では無い。
けれど。
『何が目的?』
室内に入った途端、クレハの緊張が高まった事に、同伴していたアンは気が付いた。持参した新製品のスイーツを商人ギルド長に渡した後、彼女は、手を後ろで組んだが、その手の中には既に暗器が握られている。
「あー、うん、気持ちはわかるんだけどぉ、そう露骨に警戒しなくてもいいンじゃない?」
中身は一般市民のクレハだが、今このEEC16の世界では女男爵の地位を持つ下位とは言え、貴族である。その彼女とため口をきくル・ルーは、実は、連合国家エクタシアンを構成する有力部族の部族長だ。
「この子は、リ・リー。アタシの妹でテイマー。」
「は、はじめまして。」
ル・ルーとよく似た褐色の肌で白髪赤目の、10代前半の少女が、おどおどと挨拶をする。
その子の頭の上に、赤い炎が、クレハには視えている。
『プレーヤーが妹?』




