11 強制ログアウト
『ホント、このイケメンエルフ。顔面偏差値半端ないんだけど。』
映画「指輪の物語」のエルフの戦士をそのまま移植したかのような出で立ちで、こちらを見つめる偉丈夫を実はクレハはバトラーと同じ理由で苦手なのだ。
『美形が過ぎる。』のである。
そして、表面上は丁重に接しても、オーランが、実はクレハを疎んじていると感じるのも苦手な理由だ。
彼はエルフだ。そしてエルフは血統を重んじる。そして、クレハはエルフと人の混血である。それだけなら、クレハは忌避される存在なのだが、どうした訳か、オーランはクレハを敬う。クレハは自分の種族を明らかにしてはいないが、片親がハイエルフであると、彼には、知られているようなのだ。
ハイエルフはエルフの上位種で、貴ぶべき存在、しかも、その数は非常に少なく希少、とあっては、他種族との混血もやむなし。しかし、その相手が何故エルフでは無く、人間、とでもオーランは思っているのだろう。
と言うのが、クレハの推測するオーランの設定で、彼は冒険者ギルドのNo.2、限りなくSに近いAランク冒険者である。
クレハに呼ばれ、オーランは暫く考えてから、店内に入って来た。けれど、同席を断り、徐に頭を下げる。
「この度は当ギルド所属の者が御身を害そうとした事、誠に申し訳なく、謝罪に参りました。」
比較的すいているとは言え、有名Aランク冒険者美形エルフの謝罪に、店内の注目が集まる。場の空気を読まないと言うか、無自覚の嫌がらせなのか、非常に、クレハたちの居心地は悪い。
「はぁ。頭を上げてください、オーランさん。同じギルドに所属するからと言って、旅人のやらかしを貴方が謝る必要はありません。あくまで本人たちの問題です。今後、自分のギルドに加入した旅人の教育をきちんとして下されば、それで良いです。」
「それは当然のことです。あの二人には、外堀の掃除を命じました。きついが実入りの良い仕事ですから、彼女の欲しい武器もじきに手に入るでしょう。」
口元をちょっと緩めて告げる美形エルフは目が笑っていない。そこはかとなく怒りを感じ、もう関りになりたくない、と伝わる事を願いつつ、クレハは旅人たちの平穏を祈った。
「私の事は本当に気にしないでください。むしろ、忘れて下さい。他の街の人たちに迷惑が掛からないようにしてくれたら良いですから。」
オーランが立ち去った後も、何とはなしに、居づらくなり、カフェを出る。後半は折角のデザートの味も分からなかった。
「帰ろっか。」
取り敢えず、襲撃後の街の様子もわかったし、あまり嬉しくは無いが旅人たちと接触も出来た。街のNPCとの関係もぼんやりと見えてきた。運営にレポートを提出するのは、ログインしたままでもログアウトしてからでも、どちらでも良いのが、こんな時は嬉しい。
現地の人をしているクレハは基本、自宅でログアウトする必要がある。バルーシュに乗り込むと、ガタゴトとした揺れが、眠りを誘う。膝の上の子猫の体温が心地良い。クレハはそのまま、眠ってしまった。
目を覚ますと現実だった。
「あれ、強制ログアウト?」
「あー、お帰り~。で、ただいま~。」
正月休みで帰省してきた息子の龍樹が、向かいのテーブルで、ポテトチップスを食べていた。
「あ、たっくん、お帰り。あれ、もうそんな時間だった?」
「なんか早い新幹線に空きがあったから、振り替えた。って言うか、母さん、そんな体勢でゲームしてて体痛くなんないの?」
食卓の椅子の上でEECに接続している紅葉は、傍から見ているとひどく窮屈そうに見えるらしい。
確かに、お尻が痛くなってはいる。
んー、と腕を伸ばして、立ち上がる。そろそろ、夕食の支度を始める時間だ。
「晩御飯、普通で良い?」
大晦日と正月の夕食のメニューは、お寿司とすき焼き、と決めている紅葉は、それ以外の年末年始の料理は手を抜きたい派だった。
鮭でも焼こう、と思いながら、息子に尋ねると、良いよー、と軽く答えが返って来る。
「でー、母さんは何処まで進んだの?」
タブレット端末から目を離さず、聞かれ、「まだ、最初の街」と答える。
配信開始から、まだ、3日程しかたっていないのだから、それは普通だろうと思う。
「俺は、次の街に移動中。」「え?早っ。」
「NPCの旅芸人一座に加えてもらったんだ。」「何ですと⁉」
それから、夕食の支度をしながら、EEC16の話をする。
やはり、初期装備のしょぼさはプレーヤーの反感を買っているが、その中で、どう工夫してレベルを上げるか、が醍醐味だと言う声も多いらしい。
「俺は、NPC協力プレーだけど、プレーヤーだけで、パーティ組んで、最初に配られた旅費で良い武器買って、集団で移動した連中もいたみたいだよ。」
ソロで木の棒を振り回してチマチマ、スライムを倒した所で、得られる経験値は微々たるもの。それならば、何人かで旅費を持ち寄って鉄の剣を買って、より経験値の高い魔物を狩りながら、次の街を目指す。パーティの経験値は均等割りされるので、戦闘が得意なプレーヤーが攻撃し、他のプレーヤーは魔石やドロップアイテムを回収、ついでに採取、など並行しながら進めよう、と言うのだ。
「でも、中には悪い奴がいてさー、盾や囮に使われて、復活してる間に先に行かれて見捨てられる、なんて事件も起こってるらしいよ。運営は自己責任って事で、救済処置は取らないらしいけど。組む相手って重要だよねー。」
魔物がリポップするとは言え、同じ狩場に何十人といれば、魔物の遭遇率が低下するのは当たり前。出来れば、誰にも荒らされていない新しい所に行きたいと先に進む気持ちはわかる。
「NPCを囮にすると垢バンされるらしいから、NPCとプレーヤーのどっちが大切なんだ、って方面でも盛り上がってる。」
ほら、と見せてもらったサイトでは、結構キツイ言葉が飛び交っていて、紅葉は、やっぱり、そう言うサイトは心が折れるから見ないようにしようと誓った。
「でもさー、前にも言ったけど、こういうゲームでNPCを大切にしないと積むって、鉄板だと思うんだよね。ラノベ読んでてもそうだし、実際の俺もそう。」
と副食の肉じゃがをつつきながら息子は言う。
「たまたま、旅芸人の一座が小屋を畳んでる所を見かけてさ、次の街に行くって言うから、一緒につれてってくれ、って頼んだんだ。旅人ってことで最初はめっちゃ警戒されたけど、簡単な手品見せたり、こっちの昔話を芝居のアイデアに提供したり、雑用手伝ったりしてさ。」
と龍樹はとても楽しそうだ。
「今、ナイフ無げのおっちゃんに弟子入りしてるんだ。ダーツより難しいけど、似た所あるだろ?だから、ダーツのルール教えたら、すっげー変な的作ってさ、今、うちの一座で大流行。」
「楽しそうで良かったね。」
にこにこ笑って同意する。
『うん、その旅芸人一座の中に、運営の助っ人がいるね。』
ゲーム配信直後の混乱を軽減するために、NPCに紛れてトラブルを解決する運営の職員が導入されると、紅葉は聞いている。
みんながみんな、その恩恵を受ける訳ではないが、どうやら息子は上手く助けてもらえたようだ。
あまり、コミュニケーションを取るのが得意ではないと思っていたけれど、VRならやりたいように出来るのか。好きな事も言えず、周囲の顔色を窺うような子に育ててしまったのだろうか、と、今更、後悔の念が浮かぶ。
「ごちそーさま。風呂入ったら、すぐECCに行くから。おやすみー。」
「明日は8時に起こすで良いの?」「任せた。」「任された。」
そんな軽い会話を交わして、紅葉も家事を片付けて、今日2回目のギアを被った。ゲーム内時間ではほぼ丸一日経っている筈だ。
『強制ログアウトの後って、どうなってるんだろう。』
ちょっぴり、緊張しながら目を開けると泣きそうな顔のアンがいて、滅茶苦茶、心配をかけてしまっていたようで、深く反省した。




