10 飯テロ
『あんまり、飯テロって好きじゃないんだよねー。』
そうは思うものの、かなり高度なVRMMOの世界。味覚も忠実に再現されており、美味しい物を食べたい。しかも、どれだけ食べても現実で太らない、と言うのは多大なメリットだ。であるなら、好きなものを好きなだけ食べたいでは無いか!
そうして、アンと開発と言う名の、現実世界の料理を色々提案しては、これはある、あれは無い、と再現し、その一部を時々こうして、商人ギルドにレシピを売りに来ているのだった。
「ありがとうございます!冬の新製品ですね。」
今回持参したのは、栗の和菓子の詰め合わせ、栗きんとん、栗蒸し羊羹、栗入りのどら焼きなど。アンが旅人少女に投げつけたいがぐりは、プレゼン用に準備していた物だ。
「ちょっと地味かな、と思うんですけど。」
EECの世界は剣と魔法のファンタジーなだけあって、基本は中世ヨーロッパだ。食べ物も洋食メインで米料理はあっても、嗜好品は洋物が多くなる。大福よりはケーキだし、日本酒よりはワインだ。NPCも西洋系の顔立ちの人が多い(獣人とかも、人化すれば洋顔だ)から、そっち系が似合うのだから仕方ない。
だがしかし、現地の人として暮らす60代のおばあちゃんには、和食と和菓子が恋しいのだ。
と言う訳で、クレハは現実世界でせっせと料理サイトを漁っては、手軽な和菓子レシピをこの世界に持ち込んでいた。
冒頭の飯テロ云々は忘れよう。
商人ギルド長リコの目の前に並べられたお菓子はクレハの目には、とても美味しそうに見えるが、茶色やベージュ系統の地味な色合いで、洋菓子に比べると華やかさが無いのも事実。
無言でじーっと睨んでいるので、期待外れだったかな、と思う。
「味見しても?」
「勿論、どうぞ。アンちゃん、ほうじ茶、お願い。」
栗の繊細な甘みを引き立て、後味をすっきりとさせる香ばしいほうじ茶は、クレハのお勧めだ。
クレハが持ち込んだ栗の和菓子を真剣な顔で一口食べては、ほうじ茶を飲む。
「ほんのりとした甘みと素朴な印象の菓子ですね。ただ、」
言葉を濁す商人ギルド長に、クレハはわかっている、と頷く。
「やっぱり、地味、ですよね。」
「これまで無かった、と言う意味では、珍しいですし、美味なのは間違いないのですが。」
「まあ、確かに、特別感は無いですもの、仕方ないです。
ただ、今後、旅人さんたちが増えてきたら、こういった感じのお菓子も人気が出るかな、と。
一応、私が食べたくて作ったので、商標登録はしておこう、と思っただけなので、販売は考えていないので。手続きのみお願いします。」
お力になれず申し訳ありません、と頭を下げながらも、完食するのだから、本当に味は気に入ったのだろう。商売として成り立つかどうかが不明なだけで。
そんな当初の目的も達して、商談を終えたクレハ達を迎えたのは、いや、正確にはバトラーを待っていたのは、傭兵ギルド長のバーンだった。
「参謀、後処理終わりました。」
『熊でも嬉しいと尻尾ふるのかなあ。』そんな失礼な事を考えているのが、顔に出たのか、ギロリとクレハは睨まれる。
「冒険者ギルド長のロットさんとこ連れてって、貴族に無礼を働いた事きっちり説明してきました。後はあっちで相応の罰を与えるでしょう。これに懲りたら、街中に来る時には目立たない格好をするんですね。」
ジロジロとクレハを頭のてっぺんから足元まで見て、バーンが言う。
これにはさすがにクレハもムッとしたが、それ以上に商人ギルド長のリコが噛みついた。
「バロネスの民族衣装に対して、なんてことを言うの!それなら、あなたも街中でその毛皮は止めなさいよ!」
「毛皮ぁ⁉」
「ええ、そうよ、毛皮よ、毛皮。街中で獣人族が半人化せずに暮らせるのは、この国が各種族に寛容だからよ。他の国では、獣人族の素の容姿は戦闘態勢とみなされる。その爪と牙、抜き身の剣を振って歩いてるのと同じでしょう!」
唇がめくれ、歯肉が牙が剥き出しになっているバーンの顔は、凶暴の一言に尽きる。一瞬にしてアンとバトラーがクレハを守る体制を取った。にも拘わらずリコは、見上げる巨体の熊獣人に人差し指を突きつけて、怒鳴る。
「それに、たった今、私はバロネスと契約を結んだの。今後、このバロネスの民族衣装を大々的に売り出すわ。さっきの旅人みたいに、興味を持ってくれる人たちが沢山いる筈よ。」
「確かに、あの旅人の女の子は非常識だったけど、それでも、可愛い服を着たい、って言う気持ちはわかるわ。誰が何を着ようと構わない、とまでは言わないけど、あなた達傭兵だって、ビキニアーマーとか言って、下着みたいな装備をつけてる女がいるじゃない。それに比べて、バロネスの民族衣装の何がいけないのよ。」
バトラーを取られた八つ当たりの自覚はあるバーンは、リコの剣幕に熊耳がしゅんとなっていく。
「用も済みましたし、行きましょうか、ご主人様。」
そう促したバトラーの声は、クレハへの配慮に溢れている。バーンの怒気が、先日の建国祭の襲撃を思い起こさせたのか、クレハの顔色が悪くなっている事に気が付いたのだ。
では失礼します、と軽く会釈をして、歩き出す三人。
「あ、参謀、」
声をかけたバーンにバトラーは振り返ることなく、冷たく告げた。
「傭兵ギルド長のバーン様、私は夢幻傭兵団を退団しております。参謀とはどなたのことですか?それにあなたも、今では傭兵ギルドのトップを預かる身。いつまで、道端で震えていた小熊のつもりですか?」
伸ばした腕はそのまま宙で固まり、バーンは恩人の後ろ姿が消えるのを呆然と見ているしかなかった。
「馬鹿ね、あなた。何故、そんなにもバロネスを敵視するの?」
呆れた様に告げる商人ギルド長のリコに、半人化したバーンは、わかりやすい困った表情を見せた。
「それがわかれば、苦労しねーよ。悪い人じゃないってのはわかってるんだ。けどよ、」
半人化によって鋭い爪の無い手のひらを見つめる。
「なんか、旅人みてぇな胡散臭さが消えねぇんだよ、あん人。」
はああー、と盛大な溜息がリコの口から漏れた。
「バトラーさんじゃ無いけど、本当に小熊なの?ゲートが解放されたからは、傭兵ギルドにも旅人が加入しているのでしょう?胡散臭いとか言って拒絶していたら、成り立たないわよ。」
「わかってらい。」
でもよぉ、と続きたくなる漠然とした不安をバーンは飲み込んだ。
実際に旅人たちと接してみて、ゲート解放反対派の気持ちが理解できたバーンだった。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
傭兵ギルド長のバーンの怒気に当てられて、気分を悪くしたクレハを労わって、三人は手近なカフェに入った。ギルドの建物は噴水広場に面しているため、先日の建国祭でのテロ行為の跡が未だ修復中だった。
なるべく、その様子がクレハの目に触れないように配慮してくれているが、クレハ自身は、襲撃自体が特にトラウマになっている訳ではない。
遠くから、職人たちの働く様子を認め、クレハはこっそりアレクに囁いた。
『壊れてもすぐに直るんじゃ無かったの?』
『今回の事件は、突発イベント扱いになっていますから、現場保全が必要で、検証後に修理が入ったので、普通に時間がかかっていますね。これが、旅人同士の戦闘なら、翌日には直っていますよ。』
『ふーん。』
なんか、今日はもうログアウトしようかなあ、とコーヒーを飲みながらぼーっとしていると、窓の外に影が落ちた。
「オーランさん?」
月の光を集めたようなストレートな銀髪、新緑の緑の瞳、白磁の肌、尖った耳。
人外の美貌を持つエルフが、立っていた。




