061 白煙の正体
グラオペルさんは怒られた子犬のようにしおらしく、自分より小さな身体に抱き着いて視線を落とした。
「……あーちゃん」
「ごめんねぐらちゃん、無茶をしたのはあたしなの。子供達を守ることしか考えてなくて死にそうになってたあたしを助けてくれたのは、他でもないカズミさんなんだよ」
「……この人が?」
「うん、気絶しちゃうくらいの魔力をぜーんぶ使って治癒してくれたの! カズミさんがいたからまたこうしてぐらちゃんと会えたんだっ」
アニカは安心させるようにぎゅっと抱き締め返してから、不安に揺れる瞳を真っ向から覗き込む。
当時の状況を事細かに質問されても厭うことなくしっかりと返事をしきって、最後にグラオペルさんの両手を優しく包み込んだ。
「ぐらちゃんにはいつも心配ばっかりかけちゃうね。もっといっぱい考えてから動かなきゃ……」
「ううん、あーちゃんはそれでいいの。まっすぐに突き進むあなたにみんな救われてきたんだから」
「やっと笑ってくれた! えへへっ、やっぱりぐらちゃんには笑顔が似合うよっ」
すっかり二人の世界に没入している。
幼馴染みの重過ぎる愛情は前回も感じていたけれど、アニカの方も幼馴染みの扱いに長けているようだ。
久しぶりに会ったとしても親友同士のやり取りは色褪せないのだろう。
俺の人生に友人はいても親友はいない。
特別深い交流はしてこなかったし、せいぜい顔も本名も知らない人と通話をするくらいで。
だからだろうか。二人のような関係にちょっとだけ憧れる。
黙ってことの成り行きを見守っていると、背中を丸めて肩を落とすグラオペルさんがおずおずとこちらを向いた。
「……すみませんでした。あーちゃんに治癒魔法を施してくれたのはあなただったんですね」
初めて会った時の彼女と第三副隊長の会話を考えるに、きっとアニカの危機を聞いてすぐに飛び出してしまったのだろう。
故に俺が先行くアニカを追いかけたことも、シスターに助けられながら治癒魔法を使ったことも知らなかったんだ。
「いや……大怪我を負わせたのは事実だし……」
「それなら私も同罪です。未熟な勇者様を矢面に晒してしまったこと、騎士としてとても恥じています」
「でもグラオペルさんは城下町にすらいなかったんですよね……?」
「そんなの関係ありません。守りたいモノを守れずして騎士を称するだなんて先人達に申し訳が立ちません。何より私が私を許せないんです」
ああ、彼女も「まっすぐ」な人なんだ。
アニカと同じで自分の信念に揺らぎがない。
太陽のようなアニカと氷のようなグラオペルさんがどうしてこんなに仲がいいのか不思議だったけど、抱いていた疑念は今までのやり取りで解消されていた。
そして、俺の中にひとつの案が浮かび上がる。
「グラオペルさん、よかったら俺達の仲間になりませんか?」
選抜会には騎士団員も参加していた。
なら、俺達のパーティに騎士団員を招いてもいいんじゃないか?
そうすれば彼女も今よりもっとアニカと一緒にいられるだろうし……うん、我ながら名案だ。
「私が……あーちゃんの仲間に……?」
「部屋もまだあるのでここに住んでもらっても大丈夫ですよ」
第三隊が戦闘に特化した部隊ならこの人だって戦えるはずだ。
戦力が増えるのは正直言ってかなりありがたい。
「カズミさん、それは……すっごくいいと思いますっ!!」
アニカも乗り気だ。
隣の部屋がまだ空室だったことを伝え、毎日会えるなんて子供の頃に戻ったみたいだとはしゃいでいる。
一方で即答すると思われたグラオペルさんは──
「…………」
──困ったような、我慢しているような絶妙な顔をしていた。
「……すいません、嫌でしたか?」
「嫌なわけじゃありません!! 私だってあーちゃんと一緒に暮らして一緒に戦いたい!! だけど……」
ぐっと眉間にシワを寄せたかと思えば、直前まで見せていた弱さを振り払って背筋をピンと伸ばして言った。
「……私にはまだ騎士団で学ばなきゃならないことがたくさんあるんです。第三隊には拾ってもらった恩義もありますし、託されている任務を完全放棄することはできません」
嫌悪感のない眼差しと初めて向かい合った。
その瞳の奥にある色は副団長やアニカの師匠達と似ていて、個ではなく全体を見通しているように据わっている。
「そっか、ぐらちゃんらしいね」
「ごめんねあーちゃん。せっかく誘ってくれたのに」
「謝らないでっ。あたしがあたしでいいって言ってくれたみたいに、ぐらちゃんもぐらちゃんでいいんだよ! それにあたし、一生懸命最後までやり通すぐらちゃんのことがだーいすきだからっ!」
「あーちゃん……!! 私も大好きだよ……!!」
空気が和やかになった頃、グラオペルさんは仲間にはなれないが今日は一泊していくことに決まった。
今夜は一緒に寝ようときゃっきゃしている二人から静かに離れた俺は厨房を覗く。
夕食が一人分増えても大丈夫かと尋ねると二つ返事で了承の言葉が戻ってきた。流石はクララだ。
後は何をしよう?
とりあえず掃除でもしておこうかな。
俺がやらずともピカピカなのだが、廊下は綺麗であるほどいいよな。
そうだ、お客さん用のタオルや寝間着を用意しないと。
これは男の俺がやるよりアニカに準備してもらった方がグラオペルさんも安心だろう。
四階の物置へ向かう前に階下で立ち止まって振り返ると──
「…………ッ!?」
──グラオペルさんが驚愕の眼差しで俺を見ていた。
あ、あれ? 俺、何か気に障るようなことでもしたっけ?
……いやまさか、そんな。
存在感を消して動いていただけ……だよな?
ワケも解らず首を捻っていると背後から音もなく肩を叩かれる。
ビクッと反応してしまったが、俺の後ろに立っていたのは予想通りアレクサンダーだった。
「おやおや、小生のいぬ間に来客とは。愉快なことは目の前で起きてほしいのだが」
自然と混ざってくる男を俺もアニカもいつも通り受け入れようとしていたけれど、来客だけが警戒態勢で幼馴染みを背中に庇う。
一連の動きでやっと気が付いた。
グラオペルさんが見ていたのは俺じゃなくて、階段から下りてくるアレクサンダーだったんだ。
「どうしてこの人がここにいるんですか……?」
「え? アレクサンダーのこと知ってるんですか?」
「ええ……ええ、知ってます。白い頭に奇妙な角、そしてそのサングラス……忘れるはずがありません」
アレクサンダーが城下町にやって来たのは一ヶ月ほど前だ。
任務で近くにいなかったはずの彼女がどうしてアレクサンダーのことを知っているんだろう。
違う都市で出会った可能性もある……が、それにしては重苦しい緊張感を放っていた。
「? アレクサンダーは知ってるのか?」
「はて、誰だったかな」
「数年前に本部で会いましたよね。窓のない真っ暗な部屋だったのにこの人の周りだけ異常に白光してて……その不気味さを、さらにこの人の言葉が上塗りしました」
誰が口を挟む隙もなく、言葉を被せるようにまくし立てる。
「『何度急かしても無意味だ。鍛造はやりたいようにやる』『炸裂弾の構想は既にあるが、君達が再現するのは現状不可能だよ』『この国がどうなろうと知らないし興味もない』……私を見てそう言ったあなたの姿が今でも夢に出てきて魘される」
指摘された当人は口元に指を添えて思考を巡らせていた。
確かにこんな見た目の人間がいたら俺も忘れないだろうけど……なんだろう、この違和感は。
苦虫を噛み潰したように放たれた言葉を本当にアレクサンダーが言ったのか?
彼らしいかと聞かれれば「らしくはある」と思う。
出会ってからずっと見てきたこの男はやりたいことだけに注力しているから。
そういう人間なんだと受け入れている俺とは裏腹に、グラオペルさんの視線は警戒対象の一挙手一投足を見逃さない。
彼女が本気で警戒していることは誰の目から見ても明らかだった。
いや待て、そもそもどうしてアレクサンダーが本部にいたんだ?
一般市民が入れるのはせいぜい図書館くらいのはずだ。
年単位で昔の話なら大戦中だった可能性もあるし、騎士団員以外が部屋を占拠するなんて有り得るのか?
『……王都に来たのは最近なんじゃなかったのかよ』
『「初めて来た」と発言した記憶はないが』
不意に脳裏に浮かんできたのは熊の居酒屋でのやり取りだ。
あの言葉を信じるのなら……俺と会う以前にも王都に来た、もしくは住んでいたと考えられる。
あの日の勉強会は心底ためになったが、俺はこうも思ったはずだ。
──魔力、熟練度、調薬、鍛造、エトセトラ。今までの話はあまりにも詳し過ぎる。
誰でも知れることじゃない。しかも実際に調薬・鍛造ができるのだ。
どうしてそんな人が国に重宝されるでもなく城下町にいたのだろう──と。
「……アレクサンダーは……俺達の仲間で」
「仲間!? 正気ですか!?」
俺はアニカと顔を見合わせる。
今は、隣にいる男の顔を見るのが怖い。
「……なるほど、あなた達はこの人の正体を知らないんですね」
団服の内ポケットから取り出された手帳のページが突きつけられる。
綴られた文字は読めないけれど、至るところに描かれたイラストからは楽しい雰囲気を見いだせない。
こういう時の嫌な予感は往々にして当たるものだ。
「大戦で使われた武器もシュロットが悪用していた炸裂弾も全部、この人が開発した魔導具なんです」
待て、待ってくれよ。
シュロットが使ってた炸裂弾って……アニカが大怪我を負ったアレじゃないのか?
そんな物をアレクサンダーが開発しただなんて、まさか、そんなことあるわけ……。
「あなたは現在失踪中で行方が知られていないはずの魔導具開発室室長……そうですよね?」
「くふふ、開発室室長で呼ばれたのは久しぶりだとも。ふむ、随分と懐かしく感じる響きだ」
張り詰めた空気の中で一切の動揺もなく肯定したアレクサンダーはどうしてか口端を緩めている。
最近は頼もしく感じていたはずの笑みが最初の頃のように怪しく見えて、急激に高鳴った鼓動が胃の痛みを加速させた。
どういうことだよ、アレクサンダー。
聞きたいことがあり過ぎて埋め尽くされた思考はごちゃごちゃになる。
俺はいっそのことパンクさせてしまいたいほど現実逃避の思考に陥り、庇うことも疑問を口にすることもできなかった。




