006 魔力量のランクと熟練度
勇者と楽し気に話す騎士団の人に案内されたのは、王城と第一隊棟の間にある来賓用の新築棟だった。
道中見かけた第一隊の寄宿舎はかなり大きかったが、対して目の前にある建物は俺の認識だと別荘くらいの表現が出てくる。
なんでも、隊の寄宿舎とは違い少人数用の棟のため警護もしやすいようあえてこの仕様にしているらしい。
周りを木々が囲っているからか閉塞感も見張られている感じもなかった。
「こちらはちょうど建て直しが終わったばかりなんですよ。他には誰も入居していないので、気兼ねせず使ってくださいね」
中に入って廊下を右手に進み、行き止まり左側にある扉を開けば広めの共用スペースがあった。
一階には談話室と厨房と物置倉庫があり、二階にはトイレや水場などが、三階と四階には寝泊りのできる部屋が四部屋ずつある。
こんなに広い寄宿舎に俺だけで住むなんて落ち着かないな。王城よりはマシだけど気が引ける。かといって解決策もないし、これ以上とやかくいうのはワガママだよな。
黙っておこうと決めた俺をよそに、部屋を見回るたびに瞳の輝きを増していった勇者が手を挙げながら飛び跳ねた。
「エマさんっ、あたしもここに住みたいです!」
「ふふ、大丈夫ですよ。アニカさんならそう言うんじゃないかってさっき副団長が予見していましたから」
それから少し話をし、生活に必要な物を買うためにと銀貨銅貨をもらった。昼飯用の食材は既に厨房に用意してくれていたらしく、夕飯は余った材料を使うもよし、屋台へ行くもよし、本部の食堂で食べるもよし。自由に過ごしてくださいと言われた。
去っていく騎士団員を見送り、一息ついたところで俺と勇者のお腹が同時に鳴った。
朝はしっかり食べると気持ち悪くなってしまうから少ししか食べていない。紅茶は飲んだがクッキーも緊張でほとんど手つかずだったことを思い出して途端に空腹を感じる。
いつもと違う状況でも腹は減るもんだな。
「……何か作るか」
二人で顔を見合わせ、お腹の音に急かされながら厨房に向かう。用意されていた食材は見知った物から多分野菜だよなと思われるものなど様々で、勇者が包丁を手に勢いよくザックザックと切っていく。
なんというか……大雑把な切り方だな。豪快と表現すればいい感じに聞こえるが、正直、見ていて怪我をしないか不安になる。
包丁係は代わりに俺が買って出ることにして、勇者には火を起こしてもらうことになった。
「賢者さん上手ですねっ。お料理、よくするんですか?」
「多少はする、程度かな。バイト先でたまに厨房に入るし、家でも結構自炊してるから」
「えっ! 料理人さんなんですか!?」
「違う違う。基本的にはレストランのホールで接客してるんだけど、料理はヘルプでたまにやるくらい。って言っても簡単なことしかできないけどさ」
「それでも凄いですよ! あたしが料理すると、あわあわしてる間に真っ黒になっちゃうんですよね。なんででしょう?」
勇者が起こした火が轟々と燃え、勢いよく火柱が立っている。かまどの火ってこんなに燃えるものなのか……?
立ち上る煙がかまどの真上にある天井へ吸い込まれていく。換気扇があるような音は聞こえないが、それに類する装置でもあるのだろう。
ともかく、このまま野菜を炒めたらすぐに焼け焦げることは明白だ。けれど、火加減の調節を頼むと勇者は首を傾げた。
何をするにも勢いがよく、火加減すらもまっすぐなんだな……。
料理が真っ黒になる光景が想像できてしまう。俺は苦笑しながら一緒に調節できないかと挑戦し――ふと、気になった。
「……こういうの、魔法でパッとできるもんじゃないんだな」
魔法っていうと万能なイメージがあるけれど、どうやらそういうわけではないらしい。勇者は言葉を選びながら魔法について教えてくれた。
この世界における魔法とは、身体や武器武具に纏わせて強化するモノが基本かつ基礎なようだ。
人によってそれぞれ魔力量が違い、その量でランクが変わり、ランクによって基本以外の魔法も使えるようになる。
この国の大半の人がCランク。
Bランク以上になると炎や水を出すこともできるが、熟練度が低いとすぐに消えてしまう。
Aランクにもなるとほとんど人がいない代わりに、治癒魔法という高等術が使える。
……ん? 治癒って、賢者ができるようなことを言ってたような……。
ってことは、俺の魔力量はA相当、って認識でいいのか?
ちなみに、勇者も女神の加護のおかげで魔力量自体はAランクに及ぶらしい。
「でも、あたしはまだ勇者になって半年くらいで、全然使いこなせてないんですけどね……あはは」
元々Cランクだったから、基本的な強化魔法の熟練度しかないようだ。
炎を出したりするのはこれから覚えるんだと勇者は意気込む。
ランクについてはぼんやりと理解したが、熟練度ってのはなんだろう。
「賢者さんの世界とは本当に違うんですね……! 魔法についてももっとちゃんと教えてあげたいんですけど……」
感覚で覚えているため言葉にするのが難しいと唸る勇者に、なら仕方ないなと話題を変えた。
「それは今度またあの人にでも聞いてみるか」
「うぅ、ごめんなさい……でもでも、賢者さんがここでも楽しく過ごせるよう、あたしにもできることがあれば言ってくださいねっ」
ぐっと距離を詰める勇者の視線を遮るために、ローブのフードを少し深く被る。そんな俺の挙動を気にすることなく、勇者は楽しそうに火加減を調節したかまどにフライパンを置いた。
「……じゃあさ、『賢者さん』っての、やめない? 一応、これから一緒に頑張っていくわけだし」
「いいんですか!? じゃあ、えっと……ヤクシジカズミさんっ!」
「薬師寺が苗字で、和巳が名前だよ」
「じゃあカズミさんで! えへへっ、あたしのこともアニカって呼んでください!」
熱くなったフライパンを振り回す勇者を……いや、アニカを諫めつつ穏やかに調理を再開した。
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出来上がった野菜炒めを食べながら、俺はずっと喋ってくれるアニカに投げかける話題を探していた。
知識的な分野は今度副団長に聞くとして……まずは彼女の人となりを知っておきたい。
これから共に過ごしていくんだ。知ろうとしなければ何も始まらない。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「ふぁい? なんれふは?」
「アニカは急に勇者に選ばれた、ってことだよな? その時……どう思ったんだ?」
俺には、アニカは勇者であることを誇りに思っているように見えた。
突然異世界に召喚されて運命が捻じ曲げられた賢者と、突然勇者になって人生が一変した勇者。
状況的にいえば似通っている。
それでも戦う気でいられるのは、勇者になる以前は騎士団に属していたからなのかもしれない。
それとも、ただの少女でも『勇者の加護』を得ることで敵に立ち向かえるような心持ちを得られるのか。
俺はただ、深い意味もなく疑問を口にする。
口いっぱいに頬張っていたアニカは一瞬動きを止め、もぐもぐと咀嚼して改まった様子で俺に向き合った。
「実は、この力は……お兄ちゃんから受け継いだモノなんです」