059 夕陽に染まる閉幕
「ありふれた言葉しか言えませんが……あなたの気持ち、俺にも少し解ります」
頭を抱えた大男がゆっくりとこちらを見上げる。
瞳は相変わらず前髪に隠れて見えないけれど、なんだか子犬のような顔をしていた。
「実は俺も今までと違う場所でお世話になってて……だけど正直、あんまり役に立ててないんですよね。周りが凄すぎるっていうのもあるんですけど」
重い使命を持っていても楽しそうに頑張れる人。
風体は怪しいけれど自分のやりたいことに注力できている人。
趣味と仕事どちらにも本気で挑み理想を体現している人。
みんな俺にはない強みを持っている。
強みを活かす術も、大なり小なり彼らの中にあった。
この世界で俺が持っている利は賢者であること。
でも「持っている」だけじゃダメだ。
俺が俺自身を肯定するために。何より、仲間と共に胸を張って肩を並べられるように。
「家族のためにやりたいことがあって、実際に騎士団に入るまで成し遂げたあなたは凄いと思います」
「だけんど、騎士団におってもでくの坊じゃあ……なんの意味もないですだよ」
「俺も『完璧にできなきゃ意味がない』思ってました。だけど、違ったみたいです」
「違う……? 何が違うんですだか?」
ちゃんと言葉にできるだろうか。
……いや、まずは伝えよう。俺が言い出したのに黙っていちゃ何も進まないんだ。
焦らなくていい。後ろを向いている彼の気持ちを少しでも別の方向へ向けられるよう、意識を逸らすだけでも充分だ。
「あなたは間違いなく行動を始めたじゃないですか。そのおかげで何かがいい方向に変わったり、誰かの助けになったり……今はなくても、いつかはあるんじゃないかって思います。なんて、俺も最近気付かされたばかりなんですけど」
「おぉお……! そげん風に考えたことなかったです! おらがここにいることで……いつか、誰かのためになるかもしんねえ……」
しゃがみこんでいた男はもう足元を見ていない。
前髪の隙間から初めて見えた瞳には俺を通して青空が広がっている。
俺の気持ちが少しでも伝わってたらいいな。
なんて思いで彼を見守っていると、今度は俊敏な動きでバッと立ち上がった。
「少しだけんど、頑張れる気がしてきました! ありがとう! ……あ、えっと、自己紹介、まだでしたね。おら、マルスです。マルス・フォン・ボルヒカルト」
「俺は和巳です。苗字は薬師寺」
「はぁあ……! カズミ・ヤクシジさま……!」
……ん? 今、なんて言った?
友達になれるかもと浮かれてしまったせいで思考の処理が遅れてしまった。
「い、いや! 待ってくださいマルスさん! 俺のことはカズミでいいですから!!」
「なんと慈悲深いんだ……! カズミさま、カズミさまと呼ばせてください!!」
両の手のひらを組み合わせて祈るように迫ってくる姿に、今の今まで忘れていた大聖堂のシスターのことを思い出した。
「おらが今日ここに来たのはカズミさまに会うためだったんだ……! 行動することで未来が変わる……! ああっ、感動に胸が震えるってこういうことだったんだな……ッ!!」
目の前にいるマルスさんからも彼女と似たような熱量を感じる。
女神を心酔するシスターと同じ眼差しを初対面の人から向けられることになるなんて、一体誰が想像したよ?
「決めました! お、思い切って、勇者さまとお話してきます……! 副団長の命令もせなならんし……何より『行動せんとなんにも始まらん』ですしね!!」
想像以上に俺の気持ちが届いてしまったらしい。
こんなに過大評価されてされるなんて……でも、再び立ち上がった彼を応援せずにはいられない。
願わくば、マルスさんのこれからにひとつでも多くの幸福がありますように──
「おっとと……その前に、カズミさま!」
「は、はい?」
「おらに聞きたいこととかやってほしいこととかあっだらなんでも言ってくだせえ!!」
──意気込んだマルスさんが少し上から詰め寄ってきた。
距離感が一か十なのにはビックリしたけれど、頼ってほしさ全開でアピールされてしまえば俺にはスルーすることも出来なくて。
といっても初めて会った人を楽しませられるようなユーモアさが俺にあるはずもなく、思いつくのは普通の質問ばかりだ。
「事務職の上司は副団長って聞いたけど……どこかの隊に所属してるわけじゃないんですね」
「そうですだね。副団長はお忙しい方だけんど、おらみたいに戦う勇気がない団員のことをちゃんと覚えてくれとります」
あの人がたまに言う「うちの子」とは、騎士団員のことじゃなくて直属の部下である事務員のことだったのかな。
「貴族のお偉方との交渉や魔導具開発室の面倒までみとるそうで、先代団長がご健在だった頃から信頼に厚いお方でして! へ、へへ、おらが事務でもここにいられるのはあの人んおかげです!」
貴族のお偉方ってのは賢者のお披露目にも来ていた人達のことだろう。
賢者を召喚した五賢星の話題が騎士団で出ていないところを見るに所属は違いそうだ。
もしかして五賢星側にとって賢者が騎士団にいることは面白くないことなのか?
最初は王城に部屋を用意されてたくらいだし、何かしらの衝突はあってもおかしくない。
それを副団長が抑えて説得していたのなら……下がった頭がどんどん地面に近付いていく。
俺達の平穏は彼なくしては存在しないのだ。
魔導具といえば試作品の調薬鍋だったり病室の大きな装置だったりが印象的だけど、開発室が直属の部下なら彼が短時間で用意出来た理由にも納得がいった。
俺達のために力を貸してくれると宣言していたがまさかここまでやってくれているなんて。
寄宿舎に来てくれた時は過密スケジュールの合間を縫ってわざわざ会う機会を作ってくれたんだ。
イベント事に乗り気なくせして当日姿が見えない理由も似たようなものだろう。
改めて副団長に日頃の感謝を伝えるべきか。
いや、あまり頻繁にお礼を言うのって変かな。
あの人ならなんでもないように流してくれる気もするし、逆に心配されそうな気もするし……。
「で、ではカズミさま! またお会い出来たら光栄ですだ!!」
「……はい、また会いましょう」
マルスさんが人垣に向かうと他の参加者が身体を引いて避けていく。
急に大男が現れたらそうなるよなと頷きつつ、彼がアニカとの物理的な距離を詰められていることに安堵した。
古書店主も彼も、俺が最後まで面倒を見ようだなんて勝手に重圧を背負わなくてもいいんだ。
ちょっとした言葉で人の背中を押せる。
その先に幸福が待っていると信じて、俺も突き進もう。
その後もさまざまな参加者と話して前向きに本日の役割を全うする。
広場の噴水がオレンジ色を映す頃、パーティメンバー選抜会は無事に幕を閉じた。




